9.あ~ん……

「はい、あーちゃん。あ~ん……」


 箸で摘まれたソーセージが口先に突きつけられる。

 よくよく見ると、先端が5本に別れ外ハネしているタコ型に加工されていた。


 屋上の出入り口に目を向ける。

 幸い、まだ誰も入って来ていない。


「それ、外でもやるの?」


「当然だよ。ほら、あ~ん……」


 より近く、唇数ミリにタコウインナーが近づけられる。

 有無を言わさない。


 もう一度出入り口をチラリ。

 ぶっ壊された扉が安定を失っている。

 どうせ食べるなら、手っ取り早く済ませた方がリスクが少ない。


 パクッ。

 冷えたウインナーの味が口に広がる。

 塩のしょっぱさ。ほんのり香るゴマ油。ややコゲ。


「美味しい?」


「美味しいよ、いつも通り。でもちょっと塩が効き過ぎてるかも」


 結城が自分でも一口齧る。


「あぁ……やっぱりあーちゃんもそう思うんだ。岩塩、入れすぎちゃったかなって。色々作ってて注意回らなかったなぁ。焼きすぎてちょっと焦がしちゃったし」


 朝食と昼食の品目が違う。

 いつもなら出来合いの惣菜でもなければ、概ね朝食から流用した食品が昼食に入っているはずだ。

 結城はそれを、家事の手間を減らす知恵と言っていた。

 今日に限って、その理屈通りではないらしい。

 さぞ手間がかかったはずだ。


「いいよ、これくらいなら全然美味しい」


「……えへへ、あーちゃん優しいね」


「何か、無理してない?」


「無理なんかしてないもん! ただ、自分でもちょっと張り切りすぎてるかなって……思うけどさ」


「僕達の間柄で肩肘張らなくてもいいじゃないか。メンチカツもらうね」


 右隅に詰められたメンチカツを箸で摘んで齧る。

 時間経過で味落ちしているが、まだ衣の食感にサクサクが残っていた。


 狐色に揚げられた薄い衣の下に、肉がこれでもかと詰まっている。

 閉じ込められた肉汁が内から溢れてくる。


 食べなれた味。

 結城が好んで買い物する近所の肉屋の合いびき肉に違いない。

 地味だがしっかりした、ある種のノスタルジーさのある肉の味。

 

 見た目より脂っぽさがない。

 先々週リビングで結城が、カロリーを押さえた新製品のサラダ油のコマーシャルを興味深げに視聴し、翌日買ってきた。

 風味も普段と違うし、それで揚げたのだろうか。


 また千切りのタマネギが多めに入っているのも、脂の重さを抑えているかもしれない。


 なにより、珍しくウスターソースでなくマヨネーズがかけられている。

 サラダ以外で嫌う傾向のある結城にしては珍しい。

 曰く、マヨネーズは太ると。


「こっちは焼き加減ちょうどいいよ。味付けいつもと違うね」


「へへ、自信作。新商品のマヨネーズなんだ。まろやかでコクがあるでしょ? それに原材料で卵も使ってないとか。コレステロール予防なんだって。 サラダ油の方もつい先々週発売したんだっけかな」


 卵を使わずにどうやって作り出したマヨネーズなのだろうか……。


 新商品のマヨネーズ、新商品のサラダ油……。

 どちらも最近、よく耳にする企業の登録製品。

 確か県内のウナギ養殖事業に加担した製薬会社の傘下企業。


 工場の1つも学校から離れてない場所にある。

 ここからも屋根と煙突が見える。モクモクと白灰色の煙を吐き出し続けていた。


 その影響を目にする多さに比べて、あまりに噂が流れず実体も掴めない。

 ちょっと不気味な会社だ。

 そう考えるとメンチカツが妙に薬臭い気がする。


「どうかした?」


「いや、相変わらず美味しいなって」


「もぉ、今日はちょっとお世辞多くない? 褒めたって何にも出ないんだから。美味しいのは愛情がたっぷり入ってるからだよ。いつ、あーちゃんのお嫁さんになっても困らないように、嫁入り修行はバッチリなんだから」


 いてもたってもいられないと体を揺する結城。

 彼が楽しそうなだけで、こちらまで嬉しくなってくる。

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