ヤンデレ男の娘の取り扱い方1

プロローグ 喪失

 体が熱を失っていく。

 倒れ伏した僕の体から、熱が液体となって流れ出て行く。

 ひんやりとしたコンクリートに、水たまりのように広がっていく。

 それは命そのものだ。 


「……ーちゃん!」


 声が聞こえる。

 彼の声。耳慣れた、温かい声。

 尽きかける命の灯火の中で、その呼びかけが、肉体の器から抜け出そうとする魂を引きとめようとする。


「しっかり……て! ……ーちゃん!」


 体が力を失っていく。

 腕が、足が、鉛のように重い。意思に反して動かない。

 痛みの感覚すら、ゆっくりと薄れていく。

 常世が、現世の生きる自由を奪ってゆく。


「……ーちゃん! 目を覚まして!」


 目が光を失っていく。

 コンクリートの地面。真っ赤な水面。その中に沈む砂利。

 暗くなっていく視界。濃い赤みがかった黒に深まる。

 瞼を開けているのも辛くなってきた。


「……ーちゃん!」


 彼が僕の頭を抱き抱える。

 頬に添えられる手は、柔らかく、細く、体温が低い。

 鉄錆の臭気が満ちる中、石鹸の清潔な匂いが鼻をくすぐった。とても親しく心が安らぐ。激痛と息苦しさの支配が弛む。


 意識が深い深い、底の底に堕ちていく。

 死を、意識した。

 すべてが暗闇に吸い込まれる刹那、彼の顔が僕の目に映る。瞳に焼き付く。


 涙でぐしゃぐしゃの顔。

 愛しさと後悔と憎しみが入り混じっている。

 だが、どんな女神より美しかった。そして残酷だった。

 

 それを最後に、意識が、どこまでも暗い深部へと沈んでいった。

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