第4話 迫りくる壁



 町の中心を通って、静かな住宅街を通り、外壁へと向かう。

 まだ時間帯が早朝だからか、どこも人影がない。


 静まりかえった家々を見ると、時々世界の終わりにでも立っているかのように錯覚してしまう。


 けれど全然そんな事はなくて、どこかの家の早起きが朝食の支度なんかしていると、ほっとするのだ。


 ちょうど通りかかった家から、スープの匂いが漂ってくる。


「この戦い、いつまで続くのかしらね」


 キャロがぽつりとつぶやいた。


「どうなんだろうな」

「私達が滅びるまでずっと続くんじゃないかなって思うのよ」

「キャロ……」


 人類の状況が芳しくない。


 専門家の見立てによると、数十年後には滅亡しているらしいとか。何とか。

 縁起でもって思うけど、それはきっと事実になるんだろう。


 みんな必死で目をそらしてるけれど、うすうす分かっているんだ。


 その予測を裏付けるように、各地の人口は減少の一途。

 小さな町や村など絶滅危惧種扱いだ、残っているのは自力で自分を守れる大きな都市だけ。


 気が付いたらキャロンはうつむいていた。

 そんな顔はしてほしくないから、俺はキャロンの頭に手を置いた。


「ごめん、朝からこんな話して」

「いいよ。キャロが何か吐き出したい事があるなら。それを受け止めるのが俺の役目なんだし」


 いつも世話かけちゃってるし、苦労もさせてる。

 だから、愚痴くらいなら、いつでも聞いてやる。

 それは俺にとっては、何の苦でもない事だ。





 俺達が住んでいる町には、結界が貼ってある。

 その壁によって危ないやつが入って来られないようにしているのだが、たまに強力な個体が現れるからそういう時は、大変だ。


 町を覆う、半透明のそれを見つめていると、キャロンがうんざりしたような口調で呟く。


「結界張ってても、最近は町の中に蝕が入って来る事が多くなったわよね」


 そう、一体どうやってか分からない。

 その現場を見たわけじゃないけれど、おそらく蝕は結界を無効化してしまうのだろう。

 今まではそんな事はなかったのに、相手も進化しているのだ。


「みたいだな」


 実際、今月に入ってから十数件も侵入されている。

 ちょっと前だったら月に一度か二度あるかぐらいだったのに、急激にふえたものだから皆ピリピリしているのだ。


 こんな時に寝坊しようものなら、どんな大目玉を喰らう事になるか。


「遅刻だって怒られるのはいいけどさ。他の皆に迷惑はかけたくないよな」

「ただでさえ、人手不足だものね」


 人間が減っていけば、最初に危なくなるのは戦える人間達だ。

 蝕が出るたびに危険な目に遭うから、当然だろう。


 だから、俺達のような存在は、いつでも人手に困っている。

 若い人材を育成できればいいんだけど、ノウハウを持った人間も少ないし。


「おう、おはようさん。二人とも、これから外か」

「はい。見回りに行きます」


 結界を出る前、町の門の所にいた見張りが声をかけてきた。

 元気に挨拶をするのはキャロだ。


 町を出る前に、見張りに人にメンバーの証であるカードをみせて、外出時間と帰還予定時間を伝えて置く。


 予定時間を過ぎても帰ってこれなかった時は、捜索隊を出さなければならないからだ。


 蝕と戦える人間はこの世界では貴重だ。

 一人も無駄にできないゆえの決まりだった。






 遠い昔は、世界の果てって言うのは比喩表現で使われていたらしい。

 でも、今は世界の果ては本当に存在している。


 俺は、俺達の世界を圧迫し続ける壁を見つめた。


「今日も壁、前進してるみたいだな」

「そうね。後どれくらいで町にくるのかしら」


 視線の先には、真っ黒な壁がある。

 あの壁の先には世界は存在しない。


 ただの無。虚空が広がっているだけらしい。


「いつか壁に押しつぶされて人間が滅亡するのが先か、それとも人間が狂うのが先か、どっちなのかしらね」

「怖い事いうなよ」


 遠くからでは分からないか、壁は日々少しずつ前進している。

 一体なんでそうなってるのか分からないけど、世界はあの壁に圧殺されようとしている。


 あの壁は、そう広くないこの世界の四方をぐるりと取り囲んでいて、じっくりと俺達を押しつぶそうとしていた。


 一年、二年でどうにかなるものではない。

 数十年はまだ、大丈夫だろう。


 けれど、やがていつかは訪れる確実な終わりは、人々の心に重たい絶望感を植え付けるには十分だった。


 無理だと分かっていても、俺はそれについて言及せずには言られない。


「あの壁なんとかならねぇのかな」

「無理よ。たとえ壊したって、あの先には何もないのよ。無が広がっているだけ。せめて進行を止める事ができれば、ってところよね」


 キャロンはやるせない表情で、壁から視線を話した。


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