第3話 おだやかな時間



 オルタの家 リビング


 キャロに叩き起こされた後、身だしなみを整えて、朝食を食べる。


 鏡に映った俺の顔は、予想にたがわずぬぼっとした顔だった。


 キャロに言わせてみると、平均よりやや上のクオリティらしい。(俺にはそういうのよく分かんないけどな)


 陽の光を浴びると赤味を宿す俺の髪は、服の襟らへんの長さ。その手入れはキャロがやっている。こまめに彼女が切ってくれているのだ。


 俺が身にまとうブラウン色でまとめた服一式なんかも全部キャロが見繕ってくれたものだった。


 どうやら俺は致命的にセンスがないらしく、幼馴染の手助けを受けないと超絶ダサい見た目になってしまうらしい。


 初めて会った時なんか、「どこの亡霊かと思った」との事だ。


 五分ほどで身支度を整えた後、ニンジンがささっている廊下を通り過ぎる。知り合いが遊びに来た時に、俺がニンジン嫌いなのを知って嫌がらせで埋めていったのだ。そしたら育った。つい数日前にやってきた連中はげらげら笑ってた。


 リビングに足を踏み入れると、香ばしい匂いが空腹を刺激した。


 ……キャロって、なんかこういう姿が絵になるんだよな。


 キッチンに立っているキャロは、鼻歌を歌いながら菜箸でフライパンの中身をかきまぜている。

 冷凍庫の中には、ハムと卵しかなかったから。いつも通り短く刻んでハム混ぜのスクランブルエッグでも作っているのだろう。


 ちょうど良くチンとなったのは、トースターだ。

 パンは置いてなかったから、キャロが持ってきてくれたのだろう。


「オルター、来たんならトースト並べといて、あとコーヒーも」

「いつも通りのな。分かったよ」


 置きっぱなしにされているキャロンのお皿とコップ(かわいい花柄模様の)を手に、トーストに彼女好みのジャムもつけて、テーブルに。

 俺のトーストはそのまま素だ。

 用意したコーヒーカップの上にトースターをのせるだけ。


「でーきた! さ、冷めないうちに食べちゃいましょ」


 同時にキャロンの方も出来上がったらしい、二つのお皿におさまったハム混ぜスクランブルエッグが登場した。


 席に着いたらどちらからともなく「「いただきます!」」


 無言で朝食を口にしていく。

 キャロはスクランブルエッグとトーストを別々に。

 俺はトーストの上にスクランブルエッグを乗せて、もぐもぐ。


 味はいつも通り。

 プロ級とまではいかないけど、十分に美味しい。


 俺は料理が上手じゃないから、こういう面はすごくありがたいと思う。


 しばらくの間、口だけを動かす。

 テーブル上にあるのがコーヒーだけになったところで、キャロが会話を始めた。


「そういえば、冷蔵庫の中身なかったわよね、帰りに買ってく?」

「ああ。今日買ってかないと、明日の分ないしな」

「商店街のナーサおばさん、オルタの事心配してたわよ。最近仕事忙しいからお買い物する暇ないのかしらねって」

「心配かけちゃってたか。あちゃー。今日謝っておかないとな」

「そうしときなさいよ。自治会長のゲンゴロウさんなんかも、アンタがいないと張り合いがないって言ってたし」

「麻雀の相手が欲しいだけだろ? あっちは俺がいなくても大丈夫だよ」


 朝の食卓で話題にするのは、どれも他愛のないものばかりだ。

 しごく新鮮味のないものかもしれないけど、こんな時間が俺は気に入っていた。


……何せ、数時間後にはいつ死んでもおかしくない環境に身を置いてるしな。


 この後は家をでて、この町の……フラクトール=エインの外周へ向かう。


 俺が、いや俺とキャロがやるのは見回りだ。


 今日は、町の中に蝕が入ってこないように、見て回らなくてはならない日だからだ。

 

 それは、俺が入っている自治組織の仕事の一部。

 数百名が所属する組織だけれど、町の外周をしっかり見回らなくちゃいけないから、いつでも人手不足なのが悩みどころだった。


 俺達の担当区域はずっと広いから、朝から昼までしっかり活動しなければならない。


 それが終わったら、昼からは商店街の手伝い。


 蝕の影響で人間が住める場所が限られてきてるから、どこもかしこも大変なのだ。


 頭の中のゲンゴロウさんに向けてあれこれ言っていたキャロが、俺の内心でも読んだみたいに話しかけてくる。


「今日、外周の見回りがあるけど、ちゃんと装備持ったわよね?」

「大丈夫だよ。そっちは今まで忘れた事ないだろ?」

「そうだけど。それにしても、蝕はなんで午前中しか活動しないのかしらね。深夜に活動されて困るのは私達だけど」

「うーん。何でだろうな」


 彼女が不思議に思っているのは、蝕の活動時間について。


 人類の敵である蝕は、何でか早朝に活動する事が多い。


 なので、俺達のような人間はこうして朝からたたき起こされるわけなんだけど。こうして時々無性に気になってしまうのだ。


 俺達は自分が戦っている相手の事を、よく知らない。


「まあ、私達が考えててもしょうがないわね。そろそろ出ましょか」

「そうだな」


 けれど、蝕の行動法則を割り出すのは俺達の仕事じゃない。

 考えても分からない事に時間を割くよりは、蝕退治に精を出した方が有意義だろう。


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