第2話 オルタライズ・バンカーチェイス



 オルタの家 『オルタライズ』


 都市の片隅に自分の家を建てて、十年ちょっと。

 ガキだった頃、近所の連中に手伝ってもらいながら作ったこの家は、年月が経った今あちこち痛んで埃っぽくなっている。


 ……というのも、俺が掃除嫌いだからなんだろうな。


 お部屋というよりは、汚部屋というような現状だ。


 四隅には、何に使ったんだか分からない紙屑とか、いつのだか分からない商品券が散らばっていて、無残な姿をさらしている。


 しかし、そんな部屋だからこそ、リラックスできるというか。


 ……この時間を大切にしたい、的な?


 つまり、昨日は仕事で色々あって疲れてるから、この部屋で安眠できる時間を大切にさせてほしいという事だ。


 だが、あの少女キャロンはそうはさせてくれないのだろう。


 朝、気持ちのいい眠りから意識が浮上してくる所で、聞きなれた声が耳に飛び込んできた。


「オルタ! オルタ! オルタライズ・バンカーチェイス! ちょっと、早く起きなさいってば、時間よ!」


 これは、キャロンの声だ。

 キャロンディール・フローレシア。

 

 ……確か年は十六……だったかな?


 俺の名前をこれでもかというくらいに連呼する知り合いの女の子の声。

 出会ってから結構経つけど、いつも俺に向かって小言をはいてきて、色々やかましい。


 けれど良い奴で世話焼きみたいだから、こうして毎朝俺の家まできて起こしに来るのだ。


 面倒くさくないのだろうか。


 くぐもった声が、俺の起床をせかし続けている。


 部屋の扉の前にいるだろうキャロンの形相を想像してみた。もう噴火十秒前だな。


「起きなさいってば! もう見回りの時間でしょ! 他の人に迷惑がかかるわよ!!」


 そこで初めて今日の予定を思い出す。

 それはすこぶるまずい。

 俺がぐだぐだしてるせいで俺が困るのならともかく、他の人間に迷惑をかけるのはまずい。


 疲労が残る頭をうっとおしく思いつつも、自分の意識を切り替える。

 眠気の残る頭をふりながら、ベッドに横たえていた身を起こした。


 視界に入るのは衣服とかゴミが散らかしっぱなしになってる俺の部屋だ。

 壁際には、ちょっとした趣味スペースができていて鉄道模型なんかがずらっと並んでいるが、整理整頓が苦手だから。どこにどの車両が置いてあるのか俺でも分からない現状。


 部屋の電気をつけたついでに仕事しなかった小物の姿を探す。

 アラーム時計は……、あった。


「げっ。知らない間に蹴ったりしたかな」


 あるけどなんか止まっていた。怖い。


 寝ぼけて乱暴狼藉を働いてしまったのかもしれない。

 鳴ったのに気が付かなかったのならいいが、鳴ったところで反射的に壊してしまったのだとしたら……。


 ……帰ってきたら、時計の具合を見てみよう。


 出発する前から帰宅した時のことを考えていると、窓から差し込む光が目に入った。


 反射的に、瞼を降ろす。


 目を細めながら、窓の方を見つめる。

 と、早朝の時間に合わせて、調節された光が都市を照らしていた。

 薄明かりの中では、ぼんやりと浮かび上がる街並みが見えた


 道にある街灯がうっすらと光っているのは、この世界に太陽がないから。

 昼間、俺達人間が生活するにはこうしてあちこち照らさなくちゃいけないのだ。


 なんて物思いにふけっていたら、せかすような声。


「もう、早く起きないと、蹴破るわよ!」


 それはまずい。

 キャロンは治さないから、結局被害者である俺が治すはめになるんだ。


 我慢の限界らしく、物騒な事を言いだしている彼女を慌ててなだめる。


「もう起きてるよ!」


 部屋のドアを壊されたらたまらないので、慌てて声をはりあげた。


「そんなに叫ばなくたって聞こえてるから! 毎朝元気だなぁ」

「な、誰のせいよ!」


 そろそろこいつとの付き合いも長くなるから、怒らせないようにするツボも理解できてきてるんだが、つい言わなくても良い事を言ってしまう。


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