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6-1

 道を拓け。


「お入りなさい」


「失礼します」


 ママの居室。クリーム色の内装。ロココ調の家具。ママ本人はガウン姿で天蓋つきのベッドの上に、横たわっていた。


「急用とのことでしたね」


「体調が思わしくないところを申し訳ありません」


「かまいません」ママは鷹揚に微笑んだ。「話しなさい。サマンサ」


 道を拓け。


「ある学生が新たな命を授かりました。ママの寛大なお心でどうかその新たな命を赦し、祝福を与えていただきたいのです」


 ママは目を閉じたままうなずき、言った。「そうですか」


「驚かれないのですか」


「いつかこんな日が来ると思っていたのですよ」ママは自分の手元を見つめながら言った。「この島を作ったときからずっと。思えば長生きをしたものです」


「ママの本当の年齢をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「来年で一四〇歳になります」


「どうしてこんな島を」


「サマンサ。あなたが知らないのも無理はありません。しかし、外の世界とはそれは野蛮で残酷なものだったのです」ママは悲しげに首を振った。「わたしが幼いころにも大きな戦争がありました。あのとき、わたしは幼心に誓ったのです。この地上に愛と赦しに満ちた楽園を作ると」


 ママは手をさすりながら続けた。


「それ以降のことは話すまでもないでしょう。わたしは自分で期待した以上に多くの賛同者と楽園を築くための資金を得ました。その中には科学者や、生殖産業にかかわる技術者も少なからずいました。プロジェクトはとんとん拍子で進みました。そして、われわれは本土で生まれた子羊たちを引き連れてこの島に移り住みました」


 ママはため息をついた。


「あれからもう一世紀近くが経つのですね」ママは微笑んだ。「アグネスをここに連れてきなさい。まだわたしの腕が動くうちに、あの子を抱きしめてやらないと」


「承知いたしました」


「そこまでだ」


 わたしは振り返った。部屋の入り口に天使長が立っていた。


「くそっ、わたしはいつも間違えてばかりだ。どうしてあんな汚らわしい山羊に期待をかけてしまったのだ。くそっくそっくそっ」


「天使長なのですか?」


 ママが問いかけると、天使長はわれに返った。


「お騒がせします。ママ。しかし、しばらくの間我慢なさってください」それからわたしに向き直った。「子羊の居場所を吐いてもらおう」


「また殺すんですか」


「言っただろう。わたしはママの剣だ」


「あなたはママの記憶も消すつもりなんだ」


「わたしとてできればそれだけはしたくなかった」天使長は悔しそうに顔を歪めた。「全部貴様が悪い」


「そうですね。おそらくはその通りでしょう」わたしはうなずいた。「だからこそこれ以上間違うわけにはいかない」


「貴様に選べる道などたかが知れている」


「そうでしょうか」


 わたしはポケットに手を突っ込んだ。道を拓け。金属の冷たい感触。道を拓け。わたしはそれを構え、天使長に向かって突きつけた。道を拓け。黒光りするリボルバー。道を拓け。驚きに目を見開いた天使長をポイントする。


 道を拓け。道を拓け。道を拓け。


 引き金を絞った。

 

 切り拓け!


 バン!


 天使長はその場にひっくりかえった。悲鳴。喘ぎながら叫ぶ。


「なぜ、そんなものを持っている! なぜ、そんなものがこの島にある!」


「あなたはきっと堕天使を数え間違えたんでしょう」


 わたしは天使長に近づき、その頭にとどめの一撃を見舞った。


 バン!

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