2-5
「それで、一日待つことにしたんだ」
「ああ」わたしはソフィーに答えた。
「しかし、面白い子たちじゃないか。リンゴはなぜ実をつけるのか? か」
「戯言だよ。いったい、なんだってリンゴが実をつけるのにそんな深遠な理由が必要なんだ」
「深遠ねえ。彼らだって何もリンゴに哲学を求めてるわけじゃないだろうさ」
「じゃあ、なんだっていうんだ」わたしは言った。「リンゴは実をつける。これは一つの事実だ。わたしや君の心臓が動いていること、地球が回っていることと同じぐらい確実なことだ。しかし、そこにどんな理由がある? メカニズムはあるだろう。心臓が動くのも、地球が回るのも、卵が生成されるのも、すべては科学的な原因があって成り立つ現象だ。しかし、連中が求めてるのは理由であってメカニズムじゃない。心臓が動くのはなぜか? 地球が回るのは? リンゴが実をつけるのは? まったく、ばかばかしいじゃないか」
「まあ、君はそう言うだろうね」
「君には。リンゴが実をつける理由がわかるのか?」
「そうだね」
「ぜひともご教授願いたいものだな」
「いいとも」ソフィーはわざとらしく咳をした。「リンゴには種がある。いや、あった。この島の作物ときたらどれも種なしだからね」
「種というのはいったい何だ?」
「それはいまから説明する。いいかい。実が地面に落ちるだろ。するとその中の種が地面に根を張り、やがて芽が出るんだ。芽というのはまあ、草や木の赤ん坊だと考えてもらっていい。そして、芽が成長して一本の木になり、それがまた実をつける。そういうシステムなんだよ」
「聞いたことがない話だ」わたしは言った。「地上の花壇に花を植えたことがあるが、そのときは苗木を土に植えただけだった。あの花も最初は種だったのか?」
「まあ、中には球根というものから芽吹く花もあるんだが、おおざっぱに言えばそうなるね」ソフィーは言った。「これでわかったろ。リンゴの実は決して人の味覚を喜ばせるためだけにあるんじゃない。実は種を運ぶ船なんだ。だからは実をつける。簡単な話だろ。鶏の卵にしたってまあ似たようなものだよ」
「卵にも種が入っているのか?」
「少なくとも食卓に出される卵に入ってはいないよ。心配しなくても、君のお腹からひよこが生えてきたりはしない」
「なら一安心だ」わたしは言った。「ひよこなら工場で見たことがあるが、それはうるさいものだったからな」
「君は工場がない時代のことを考えたことがないのかい」
「あまり馬鹿にされても困るな。工場ができる以前はもっと非効率的な方法でひよこが生産されていたんだろう」そこで、わたしは気づいた。「それが卵だったのか?」
「なんだ、わかってるじゃないか」
「でも、どうして島で採取される卵にはひよこが入っていないんだ」
「それを教えるには、君はまだうぶすぎる。それこそひよっこみたいにね」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だよ」
わたしはため息をついた。
「君はなぜそこまで知っている」
「知恵の木の実を食べたからね」
ソフィーは蛇のように長い舌を出して笑った。
「この罪人め」
「違いない」
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