2-4
魔女の集会所は菜園にあるという。
菜園のフロアは壁がガラス張りになっており、廊下の左右に緑豊かな風景を望みながら歩けるようになっていた。
「いたいた」
クララはリンゴ畑の前で足を止めた。ドアを開き中に入る。室内には中等部の学生が二人いた。
「髪が短い方がウルスラ、短い方がテレジアね」クララは言った。「じゃ、わたしちょっと話をつけてくるから、探偵さんはここで待ってて」
「話? 口裏を合わせるつもりじゃないだろうな」
「そんなことするくらいなら最初から案内しないよ」クララは邪気のない笑みを浮かべた。疑惑を晴らすにはそれで十分だと思ったらしい。次の瞬間には室内に向かって駆け出していた。
「やっほー。ウルスラ」
クララはショートヘアの学生――ウルスラに向かって駆け寄った。相手の少女はそれに気付くと、クララの手を取り、その場でくるくると回りはじめた。もう一方の少女――テレジアと目が合う。次の瞬間、テレジアは樹の陰に姿を隠してしまった。
独楽のように回っていた少女たちだが、次第にウルスラの足がふらつきはじめ、近くの樹に手をついた。一方のクララはまるで堪えていない。ウルスラにまで、まっすぐな足取りで近づき、何やら耳打ちしはじめた。ウルスラは驚いた様子でこちらを一瞥し、テレジアを手招きした。三つの頭が寄り集まり、会議がはじまった。
わたしは探偵だ。探偵には忍耐が必要だ。
二分、三分と待っただろうか。クララがわたしを手招きした。
「やあやあ、探偵さん。よくお越しになられました」ウルスラはそう言って、手を差し出した。中等部ではこの挨拶が流行らしい。
「それが本心からの言葉であることを願うよ」
「手厳しいですね。しかし、真理の探究者とはかくあれかしだ」ウルスラは苦笑した。「アグネスのことを訊きに来られたのだとか」
「ああ。何か知っているという話だが」
ウルスラはうなずいた。「アグネスはたしかにわれわれの仲間でした」
「仲間? 友達ではなく?」
「耳ざといですね、探偵さん。そう、仲間です」
「君たちは魔女と聞いたが、アグネスさんもそうだったのか?」
ウルスラはため息をついた。それからクララを肘でつつく。
「おいおい、クララ。また妙な触れ込みをしてくれたようだね。われわれは魔女ではないと何度言ったらわかるんだ」
「でも似たようなものでしょ」
「全然違う」
わたしは割り込んだ。「魔女じゃなかったら何なんだい」
「錬金術師」ウルスラは胸を張った。「われわれはそう名乗っています」
「錬金術師だって?」
「そう、錬金術。読んで字の如し。卑金属から黄金を生成することを至上の命題とする学問です」ウルスラが説明した。「近代科学が登場するまでは最先端の学問だったんですよ」
「黄金か」わたしは言い、頭上のリンゴを見やった。「リンゴではなく?」
「黄金というのは単なる象徴であって本質ではありません。われわれが真に目指すのは完全なるもの。完全なる知識に到達すること。森羅万象を読み解き、自然を思いのままに改変する力を得ること」
「それはあらゆる学問に通じる姿勢じゃないかな」
「あらゆる学問。たしかにね」ウルスラが嘲笑するように言った。「本来ならそうでしょう。しかし、この島の『学問』はあてにできたものじゃない」
「なぜそんなことを思う?」
「そうですね、では探偵さんに一つ質問しましょう」
「あまり難問でないといいが」
「何、簡単な問題です」ウルスラは深刻な口調で言った。「リンゴがなぜ実をつけるかわかりますか」
拍子抜けした。
「決まってるだろう」わたしは言った。「神のお恵みだよ。リンゴがなかったらジャムもアップルパイも作れない」
沈黙。
「これだ」ウルスラが大げさな身振りをまじえて言った。
「おかしなことを言った覚えはないが」
「そうでしょうね。この島では模範的な解答です。天使様に訊いたときも同じ答えが返ってきましたよ」
「君がリンゴの何を知っているかは知らないが」わたしは言った。「それがどうした?」
「言ったでしょう。われわれはこの世のすべてを知り尽くしたいんです。きれいごとやおためごかしはお呼びじゃない。欲しいのはたしかな根拠に基づく事実。それだけです。われわれの疑問に満足に答えられないような『学問』などくそくらえだ。この島の学問が欺瞞ならば、われわれは時計の針を戻してやり直しましょう。ゆえにわれらは名乗る。錬金術師と。旧弊な肩書? 大いに結構。異端と呼ばれたって構いはしない。それが真実につながる道ならば」
「ウルスラかっこいい」テレジアがつぶやいた。
戯言だ。頭が痛くなってくる。
「君たちの思想信条はよくわかったよ」わたしは言った。「それで? アグネスさんもその仲間だったと。錬金術師の?」
「ええ」
「君たちはどんな話をしていたんだね。リンゴが実をつける理由の他に」
「長い話になります。何せ真理の探究に終わりなどありませんからね」ウルスラは肩をすくめた。「どうです。探偵さん。今日のところはこのくらいにしてまた改めて話す時間を作りませんか」
「わたしは一刻も早く子羊を見つけ出すよう仰せつかっているのだが」
「急がば回れという言葉くらいは知っているでしょう?」ウルスラは笑った。「探偵さんに紹介したい人物がいます。おそらくは明日会える段取りになるでしょう。彼女からはきっと有益な情報を聞き出せるはずですよ」
「もったいぶるのもいい加減にしないか」わたしはすごんだ。「わたしはそこのクララさんから君たちがアグネスについて何か知っていると聞いてきたんだ。それがここに来てみればなんだ。君たちはわたしを差し置いて何やら相談しはじめ、それで話すのが錬金術だのリンゴだのくだらないことばかりじゃないか。戯言はもうたくさんだ。君たちはいったい何を隠している? わたしを警戒しているなら理由くらい話してもらおうじゃないか。それとも何か? わたしを担いで遊んでいるのか?」
「心外ですね。われわれから言わせてもらえば、こうして話す機会を作っているだけでも感謝していただきたいものなのですよ」ウルスラは咳ばらいをした。「いいですか。探偵さん。これは遊びでもなんでもない。われわれは危ない橋を渡っているんです。ゆえに慎重にならざるを得ない。そのくらいのことは理解願いたいものですね。もしもわれわれから話を聞きたいと言うのであれば、われわれのことは決してママに報告しないと誓っていただかなくてはならない」
「ママ? どうしてここでママの名前が出てくる。君たちはいったいなんだってママを恐れているんだ?」
「答えてください。探偵さん。誓うのか、どうか」
「君たちが何に怯えているのかは知らないが、わたしの目的はアグネス君を見つけることだけだ」
「誓っていただけるんですね」
「ああ」
「オーケー。それならわれわれが警戒する理由くらいはここで話しておきましょう」ウルスラは言った。「アガタを見つけたのは探偵さんでしたよね」
「そうだが……」
「ウルスラ」テレジアが不安げに言った。
「大丈夫だ、テレジア。彼女はどうやら何も知らない。それならニュートラルな立場のうちにこちら側に引っ張り込んでおいた方がいい」
「何の話だ? 君たちはアガタ君とも何かかかわりがあるのか?」
「ええ。アガタもわれわれの仲間でした。尤も、彼女はそれも覚えていないでしょうが」ウルスラは一瞬迷うように間を置いた。「われわれは彼女が記憶を失ってしまった理由に心当たりがあります」
「なんだと」
「いいですか、探偵さん。たしかにわれわれは怯えている。なぜだかわかりますか? われわれはこう考えているんです。アガタはわれわれとともに行っていたことのためにあのような目に遭ったのだと。そして、今度はいつ自分たちの身に同じことが起こるかわかったものじゃないと」
クララとテレジアがうなずいた。
戯言だ。戯言だ。戯言だ。
「君たちはママがアガタ君に何かをしたと考えているのか。記憶を失ってしまうような何かを」
「そういうことです」ウルスラはうなずいた。「これでわかったでしょう。探偵さん。われわれが慎重にならざるを得ない理由が」
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