2-2
探偵は足で稼ぐ。アンナというその学生は、迷い羊と同じ学年だった。カタリナに教えられた部屋を訪ねるが、不在だった。
「きっと幼少部ですよ。子供の面倒を見るのが好きで、よく天使様たちを手伝ってますから」
隣部屋の少女は言った。わたしは感謝の言葉を述べ、幼少部へ向かった。
探偵は足で稼ぐ。幼少部の玄関にはクリスマスツリーと馬小屋が飾られていた。教員室へ。手の空いている天使に、アンナの居場所を尋ねた。
「ああ、それなら体育館ですよ」
「何をしてるんです?」
「聖誕劇の練習中なんです」
天使は言った。わたしは天使に感謝の言葉を述べ、体育館へ向かった。
探偵は足で稼ぐ。幼少部の校舎から、渡り廊下でつながった小規模な体育館へ。中から、子供の声が聞こえてくる。ゆっくりと扉を開いた。体育館の中は照明が落してあった。視線が集まる。舞台には着飾った子供たち。学生と天使たちが見守っていた。舞台上のマリアと目が合う。わたしは微笑んだが、子供はわたしに注意をそがれ台詞を忘れてしまったらしかった。
「アンナなら、さっき破けた衣装の修繕中です。幼少部の部屋を借りると言ってましたが」
奉仕の学生が不機嫌そうに言った。わたしは感謝の言葉を述べ、校舎に引き返した。
探偵は足で稼ぐ。無駄足を踏んでも泣き言を言うべきではない。
探偵は足で稼ぐ。体育館から再び校舎へ。一階から順に中を見て回り、二階の部屋でそれらしき少女たちを発見した。ドアをノックしかけたところで、二人が口論するのが聞こえてきた。
「ちょっと、クララ。衣装に余計なものくっつけないで」
「えー、アップリケは余計なものじゃないよ」
「クララの思いつきが余計なの。ほら、それ貸して」
「やだよ、外すんでしょ」
不毛な議論になりそうだ。わたしはドアをノックして、少女たちの諍いを一時中断させることにした。
「はいはい。どちら様?」おかっぱ頭の少女が応対した。
「君がアンナさんかい?」
「わたしはクララ」そう言ってなぜか手を差し出してくる。わたしは一瞬だけ悩んでからそれを握った。
「アンナはあっちだよ」クララは部屋の奥を示した。髪の長い少女がアップリケを取り外しにかかっていた。
「あ、アンナずるい」
クララが駆け寄る。わたしもその後に続き、二人が議論を蒸し返す前に訊いた。
「君がアンナさんだね」
「ええ」少女は目線を手元に落としたまま答えた。なぜか部屋の外で立ち聞きしていた時よりも声が小さく聞こえる。
「わたしは高等部三年のサマンサ。アグネスさんが失踪した件について調べている」
「サマンサ? もしかして噂の探偵さんじゃない?」クララが興奮した様子で言った。
「そうですか」アンナがこわばった口調で言った。
「彼女が消えたことについて何か心当たりはないかな」
アンナが小声で何ごとかつぶやく。
「なんだって?」
「あいにくと」アンナは強調するように言った。「話すことは、ありません。何も。帰ってもらえますか」
最後はふたたびトーンダウンしていったが、確固とした拒絶の意思を感じる口調だった。
わたしは探偵だ。それがときに人の口を閉ざす。
「そんなことはないだろう。君たちは友達だったはずだ」
「いまも友達です」
「これは失敬」
「ごめんね、探偵さん。アンナってば人見知りなんだ」クララは言った。アップリケのことは諦めて、わたしに関心を移したようだった。「ねえ、アンナ。本当に何もないわけないでしょ」
「クララも知ってるでしょ。わたしはあの日、アグネスと一言も話してないの」アンナは言った。「そういうことですから、探偵さん」
「アンナってば、つっけんどんすぎるよ。探偵さんも困ってんじゃん」
「クララは黙ってて」
「でもさ、探偵さんはアグネスを探してくれようとしてるんだよ」
「だったらこんなところに来るのは見当違い。あの子のことだからきっと、森で迷子にでもなってるんでしょう。そのうち天使様が見つけられるわ」
「もちろん、そうなる可能性はある」わたしは言った。「だから、どうかな。これは雑談のようなものだと思って気軽に話してほしい。別に、失踪に直接つながるような話じゃなくていいんだ。君から見て、アグネスさんはどんな子だった?」
沈黙。
「アンナ」クララが呆れたように言った。
「わかってる。考えてただけ」アンナは言った。「アグネスは……年の割に子供っぽい子でした」
「というと?」
「わたしはよく幼少部の子供たちの世話を見ているんです。でも、なかなか子供がなついてくれなくて」
「アンナは子供相手だと仕切りたがるからねえ」
アンナは無視した。
「だけどあの子は違いました。いつも自然と子供たちが集まってくるんです。わたしと二人並んだらそれはもう一目瞭然。あの子自身が子供っぽいからでしょうね。子供とすぐ友達になれちゃうんです。子供と遊んでて膝をすりむいてしまったこともありました。そのときは子供たちが救急箱を取ってきてくれて、これじゃどっちが奉仕に来たんだかと思わされましたよ」
アンナはわたしがいることを忘れたように話し続けた。その間も針を止めない。
「アグネスは子供っぽい子でしたが、敬虔な子羊でもありました。平日でもよく礼拝堂で顔を合わせました。お祈りのため、ということもありますが、あの子、あそこのマリア像が一番神々しく見えると言って、とりわけお気に入りだったんです。上着もかけずに出てきて凍えながら祈ってる時もあるんですよ」
「いったい彼女は何を祈っていたのだろう」
「あの子、聖母様のようになりたいんだそうです」
「はあ、聖母様に?」
「ええ」アンナはため息をついた。「自分の世話も満足に見られないというのにね。あの子を見てるとこっちがママのような気分になります」
「なるほど。君にとっては妹のような存在だったんだな」
わたしは微笑んだ。アンナはそれを見てはっとしたように、
「すみません。しゃべりすぎました」
「いや。話を聞かせてくれて、ありがとう。アグネスさんはきっと見つかるだろう。わたしがその力になれるかはわからないが」
「どういたしまして」アンナはそっけなく言った。クララが「やれやれ」と肩をすくめる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます