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2-1

 翌日の授業が終わった後、自分の寮には戻らずそのまま中等部の寮へと向かった。羊たちは今日も安穏と草を食んでいる。


 羊たちにはみな角がない。


 舌打ちしたい気持ちをこらえ、寮の玄関に回った。学生寮はどこも似たり寄ったりだ。明るい内装。大きな格子窓。光に満ち溢れた空間だ。入ることに気後れすることはないが、よそ者はすぐ目立つ。廊下を行き来する少女たちの目線が自分に集まるのを感じた。


 わたしは探偵だ。それはどこまでもついて回る。


「た、探偵さんですの?」


 迷い羊のルームメイトは素っ頓狂な声をあげた。癖のある髪。奉仕先へ出向く直前に捕まえたせいか、制服の袖をまくり上げ、エプロンをかけていた。


 わたしはため息をついた。一回だけこくりとうなずく。


「おほほほほ」少女は笑った。「少々お待ちになってくだる?」


 少女はドアをバタンと閉めた。部屋の中からオランウータンでも暴れているような音が聞こえる。何か隠しているのかもしれない。たとえば、迷える子羊を。しかし、強制的に立ち入るわけにもいかない。ママは事を荒げるのを好まれないはずだ。


 やがて、少女がまたひょっこりと顔を出した。


「申し訳ございません。ちらかっていたので。こんな部屋でよければお上がりになってください」


 片付けていたのは部屋だけではないらしい。袖が元に戻され、エプロンもどこへやらだ。


「では失礼するよ」


 室内は高等部のそれとほとんど変わらない。二段ベッドに勉強机。大きな格子窓。棺のような壁龕とそこに鎮座する聖母子像。祈り、学び、寝るための部屋。


「なんだ、きれいじゃないか」


「え、ええ。アギーはきれいに使ってましたから」迷い羊のルームメイトは意味もなく筆立てを置いたり持ち上げたりしながら言った。「そこ、おかけになってください」と部屋の中央近くにある丸い天板のテーブルを指さす。二人で使っていたのだろう。二脚の椅子がテーブルを挟んで配置してあった。


「それで君がカタリナさん」


「ええ」


「アグネスさんのルームメイト」


「ええ」


「アグネスさんがいないことに気づいたのも君だったね。まあ、ルームメイトなら当然か」


「ええ」


「緊張しないでいい」わたしは笑みを作った。


「申し訳ございません。でも、わたくし、探偵さんってずっと憧れでしたの」


「わたしが?」わたしは驚いた表情を作った。


「ええ。同級生にも多いんですのよ」少女は夢見る口調で言った。「神様みたいに凛々しいお方だって」


「それは恐れ多いな」


「でも、やっぱり素敵ですわ」


「ありがとう」


「アグネスさんがいなくなった夜のことを話してくれるかい?」


 少女はうなずいた。わたしはメモ帳を取り出した。


「といってもお話しすることはほとんどないんですの。夕食までは一緒でしたけれど、それからはずっとお会いしてなくて……」


 わたしは鉛筆を走らせた。


「その日のアグネスさんに何か変わったところは?」


「いえ。特にはありませんわ。珍しくご飯をおかわりしてたのが変わったところと言えば変わったところですけれど」


「アグネスさんは小食だったのかな?」


「そうですわね。いつもならむしろ、わたくしが代わりに……」少女は咳ばらいをした。「いえ、なんでもありませんわ」


「アグネスさんは普段どんな子だった?」


「よくお祈りしていました。この部屋でも、あと、礼拝堂にもよく出入りしていたみたいですわね」


「奉仕の時間はどう過ごしていたんだろう」


「幼少部のお手伝いをすることが多かったみたいですわね。子供好きでしたから。でも、最近は工場の方でも何か手伝っていたみたいですわ」


 わたしは鉛筆を走らせた。


「申し訳ありません。こんなことしか」


「無理に役立とうと努めなくていいんだ。こちらの質問に答えてくれさえすればいい」わたしは微笑んだ。


「アギーに何があったんでしょう。あの子が自分からいなくなる理由なんて考えられませんし、何かのトラブルに巻き込まれるような子でもありませんでした。それが急にいなくなるなんて……」カタリナはそこで急に目を輝かせた。「探偵さんならきっと見つけられますわよね」


「どうかな。今回は天使様も動いてるからね」わたしは過剰な期待をかわすように言った。「最後に、アギーさんと特に仲のいい子の名前を教えてくれないか」


「ええ」


 わたしは鉛筆を走らせた。少女があげた名前をしっかりメモした。

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