第13話 ムラヴとハイブリット魔法


 ──守衛庁・取調室でのピラーニャの証言調書より抜粋──

『オレは、ビゴール商会に言われて、〝ムラヴ〟の手足となって動いてた。オレはこの町で金を使う難民街のヤツらを監視する役目だった。他のヤツらは難民街の中でヤツらを震え上がらせることだった」


『〝ムラヴ〟とはなんだ?」


『知るかっ。本当に知らないんだ。顔さえ見たこともねえ。伝令には毎回、子供を使って手紙で指示が来る。えらく上等な服を身につけたガキだ。造船地区で武器を集めたのも、他のグループに根回ししてるのも全部そのガキどもを介してだ。目的も聞かされてない。ただ、指定期日の夜に暴れろと……』


『指定期日はいつだ』

『わからない。カラヤン・ゼレズニーという男が町を離れた頃にまた来るといっていた』


  §  §  §


 ヤドカリニヤ商会・総務部。

 今日の仕事を終えて、ラリサはひと息ついた。


 昨日の造船地区の奇襲作戦もとい、清掃活動が成功裏に終わり、本日付でタマチッチ長官から解体業と廃材回収認可状が送られてきたそうだ。


 これにより、行政庁から報酬をもらって造船地区の家屋を解体し、その廃材の再利用処分を認めるという、ある意味、利益供与すれすれの便宜を公認されたらしい。

 ヤドカリニヤ商会は、解体業はやっていない。だが、反射炉がある。どれくらいの利益が出るのか、総務部の話に耳を澄ませていると、「他の地元有力者たちが悔しがる」程度には黒字になるようだ。


「喜んでいる場合ではありません。今後、造船地区の土地再開発競争は熾烈を極めるでしょう。廃材の回収権程度で他の有力者達が悔しがっているうちに、もっと悔しがらせる手を打つのです。いいですね、皆さん。ここが攻め時です」


 カラス専務が部下十二人を叱咤して、仕事に打ち込ませていた。

 その功績者は、今日も出社していない。 

 ある意味、カラヤンと同じだ。放任していた方が利益を生むタイプの……。


「狼って、ここの商会の手代じゃないんだよな」


 本人は〝食客〟という言葉を使った。ヤドカリニヤ商会に養われている身だと。アイディアを買ってもらったり、取ってきた契約を締結。流通路の確保を頼みに来ている。そんな感じ。

 でも、人脈はすごくて大商人から鎖国中のお姫様まで幅広い。


 今日も、難民街へ行っているはずだ。

 そのことを朝、カラス専務に伝えて欲しいと頼まれた。


「今度は、そっちにも奇襲をかけるのかい?」

 そうからかったら、肩をすくめられた。


「別に攻撃しに行くわけじゃないさ。人を集めに行くんだ」

「人集め? 造船地区の?」


「そう。人を雇うんだ。造船地区にいたギャング達だけじゃ手が足りない。セニの失業者や難民街の人達も集めてさっさとやってしまう。その金でノボメストまで帰ってもらう」


「なんでそんなに急ぐの?」

「その方が問題解決になるからさ。のんびりやってたら敵に考える時間を与えてしまうからね」

「敵? まだ敵がいるの?」


「うん。ラリサには悪いけど、しばらくは後方支援のデスクワークを頼みたいんだ」

「そりゃあ……いいけどさ」


 あの時はちょっとだけだった。胸に痛みがあった。

 その痛みが今は申し訳なさで、ふと胸が苦しくなる。

 ラリサはそっと席を立った。

 仕事は片付いたけど、まだ家に帰りたくない。


 人に知られぬよう、トイレでここ最近の変調を嘔吐する。 


 もう少し。もうしばらくだけ……お願い、狼。

 あたしを嘘つきのままでいさせて。 

 

  §  §  §


 ネヴェーラ共和国領・難民街。

 掘っ立て小屋が身を寄せ合うように集落をつくっている。

 馬車を降りるなり、早速の歓迎があった。強面が三人やってきた。


「おい、ここはノボメスト住民の──」

「拘束しろ」


 俺の命令で、スコール達五人がやって来た男三人に向かっていく。相手が危険を感じて剣を抜くより速く、彼らはその動きを素早く封じて取り押さえ、ロープで縛った。


「な、何をっ。おい、こりゃあどういうつもりだ!」

「お前たちは、ビゴール商会の手下だな?」


 俺が見下すと、相手は本性を現した。


「ぺっ。その狼頭はマンガリッツァんとこの客分だってなぁ。いいのか。ビゴール商会と事を構えて、無事で済むと思うなよ」


 俺は戦斧を構えた。男はひざまづかされて、頭を前に引き倒される。これから自分がどういう末路に遭うのか予想できたらしい。目を見開いて息を飲む。


「事を構えるというのは、こういうことでいいんだよな?」俺はギロリと男を見下す。

「ま、待てっ。待ってくれ! 殺さないで」


「待ったら何かいい話が聞けそうか?」

「お、おれはビゴール兄弟に金で雇われただけだ。手下じゃない。何も知らないんだ」


「そうか。残念だ。俺はいい話が聞けると思ってたのになあ」

「そ、そんな……っ」


 男が目に涙を溜め始めた。この状況で演技だとしたら大した物だ。


うたえ。今、難民街にお前のようなビゴール商会から来てるヤツは何人いる?」


「っ!? じゅっ十二、三人だっ。本当だっ」

「そのうち、ビゴール商会の本当の手下は」


「……っ」

 とっさに男は組み伏せられたまま仲間を見る。二人とも顔を振った。


「わからねえ。本当に酒場で雇われて、そのままここにきたから。もう十三日目だ」

「なら、ビゴール商会と連絡はどうやって取ってる?」

「もうじき、連絡の馬車が来る。そこに交代要員が七、八人載ってる」


「そいつらは朝までここにいるのか」

「そ、そうだ……っ」


「お前たちは」

「明後日で契約が切れる。そういう約束だ」


 引き算だな。十二、三人引く、交代要員、七、八人は五人。これが契約社員だ。


「お前。俺に嘘をついたな」

「はあっ!? なんでだよ?」


「お前たちもビゴール商会の手下に監視されているからだ。半日の交代要員が七人として、固定要員が半月交替で五人。ビゴール商会が信頼しているのは、交代要員七人その全員だ。それがビゴール商会の手下だ」


「あっ……ああっ」


 その時だった。ウルダが弓を引いて、難民街から飛び立ったばかりの鳩を射落とした。


「ほおら。ビゴール商会の手下にお前がしゃべったことを気づかれたぞ。どうする?」

「どう、どうするって……」


 俺は振り上げた戦斧をおろし、ロープをといてやった。


「お前たち、今からビゴール商会を裏切れるか?」

「っ……わかった」

「馬車に乗れ。……そうだ。もう一つ聞きたいことがあった」


 馬車にむかいかけた三人を男を呼び止める。


「〝ムラヴ〟という名前に心当たりは?」

「むらぶ? 蟻が、どうしたって?」


 あり?


「いや、わからないのなら、もういい。他を当たる。その馬車はセニ行きだ。ちょっと町で解体業をしていてな。給料は小銀貨三枚払うから仕事をしろ」


「ああ、わかった」

「あと、その馬車にノボメスト住民も十数人乗せるから、しばらく待て」

「えっ。ああ。わ、わかった……」


 馬車内で何かあっても、当局は一切関知しない。は、さすがにダメか。

 三人の男が馬車に消えると、それを見た男たち十数人が慌てて剣を抜いて現れた。


「犬コロ。舐めた真似してんじゃねえぞぉ!」

 文字通りに聞くと、なつかれてんじゃねえか。なにキレてんだ。


「狼」

「アイツら、生け捕りにしてもらえる?」


「了解。第1班。捕獲開始っ」

「第2班。捕獲開始っ」


 うおぉおおおっ! カラヤン隊六〇名がときの声をあげて、左右二方向から攻めかかる。五倍差の挟撃だから喧嘩にもならない。ビゴール商会は回れ右して逃げ出すも間に合わず、さざ波のごとく押し流された。

 わずか一〇分で、十三人がボッコボコにされて、オレの前に引き出された。


「質問はさっきの三人と同じだ。〝ムラヴ〟という名前に心当たりはあるか?」

「いいか、マンガリッツァ。ビゴール商会に手を出したこと、こうかい──」


 頭に戦斧を打ち下ろして殴り倒す。殺しちゃいないが、聞き出す代わりなら他にいる。


「他に、誰か知っている者はいないのか?」

「た、たぶん、子供だ」


 一人がボソリと言った。俺はその男のそばに歩み寄った。


「詳しく」

「会頭兄弟の話を少し聞いただけだ。リエカの高級宿に放蕩三昧している四人の兄弟がいるらしい。そいつらから金を絞れるだけしぼり尽くすって」


 俺の頭に、ロギが描いた絵『密談』がフラッシュバックした。


「その子供の親は」

「知らん。オレらはこの難民街で住民と物品の取引をして、その金を商会に送金すれば良かった」


「物品の取引……その現金輸送に交代要員の馬車が使われているのか」

「そうだ」


「一日の交代時の売上げは。粗利でいい」

「……八〇〇。全部銀貨と銅貨だ」


「この街の小売り相場は」

「リエカの……五〇倍」


「そういうカラクリか。それじゃあ住民もたまらずセニまで逃げてくるな」

「そうしないように監視するのがオレらの役目だった。そのガキ達はここを〝牧場〟と呼んでいいたそうだ」


 牧場。住民は搾取するための家畜か。


「なぜ、その子供たちは〝ムラヴ〟なんだ?」

「知らん。会頭たちはガキたちをそう読んでいた。オレは、その兄弟の名前だと思った」


「個別の名前は?」

「次に交替で来る連中の中に主計担当のヤツがいる。そいつがガキに直接金を渡してる。そいつにでも聞いて見ろ」


「わかった。ありがとう」

 俺は立ち上がると、言った。

「こいつらを縛ったまま難民街へ戻せ」


「お、おいっ。冗談だろっ!?」

 男は目を剥いて、恐怖に顔を引きつらせた。


「住民たちに解放を気づかせるには、お前たちの敗北を報せることが早道だ。お前たちが最初からこの街に恩情をかけていれば、彼らがその縄をといてくれるだろう」


「ひ、ひぃっ。頼む、助け──」

「連れて行け」

 カラヤン隊員に引きずられていきながら、男たちは悲鳴をあげた。


「ウルダ」

「んっ」

「第2班を街の西へ伏せろ。交代要員が馬車を降りた直後に全員捕縛。馬車も使うから無傷で手に入れてくれ」

「了解」


 ウルダは腕を振って、隊員を西へ走らせる。


「なあ、狼」となりでスコールが声をかけてきた。「守衛庁でピラーニャも言ってたけど、なんでそのムラヴが気になってるんだ?」


「わからない。俺も知りたい」

「は?」


「動物の勘っていうのかな。リエカでロギが描いたあの四人の子供の似顔絵。あれを見た時から、ずっと気になってた」


「ユミルの望遠鏡を壊したヤツらだっけか?」

「望遠鏡は俺のだけどな」


「あ、ははっ……そうだっけ」スコールも苦笑で誤魔化す。


「ロギがその兄弟を描いたのは二度目だ。今度は、ビゴール商会という連中とのつながりがわかり、ムラヴという名前までわかった。なんか、知れば知るほど気持ち悪くてさ」


「取り越し苦労にしとけない、って?」

「ああ。その上で、その子供たちが難民街を〝牧場〟と呼んでいた」

「それ、ムカツクよな。人をなんだと思ってやがるんだ」


「スコール。町を牧場と呼ぶ人種を、俺は知ってるよ」

「えっ、人種?」


「領主だ。その子供たちは領主のフリをして、この難民街を牛耳ってた」


「子供がここで領主の振り……そんなこと子供にできんのか?」


 スコールも顔をしかめて難民街を見る。

 俺は町のさらに北にある雪雲を眺めた。


「できるはずがない。けれどムラヴには、それができた。ここの問題の核心部分は、そこにある気がしてきた。もし真似られたとして、彼らはどこの領主を真似たのかってことだ」

「どこの領主って……えっ、まさかっ!?」


 俺は頷く代わりに沈黙した。


(ユミルの望遠鏡を壊した日、どうして領主を真似た子供らが、セニの町に現れた……?)


 そんな時だった。

 数人の中高年の男たちが数人、小走りで街から飛び出してきた。


「あ、あんた方は……っ!?」

「ヤドカリニヤ商会所属カラヤン隊です。少しご相談があります」

「お願いしますっ! お願いしますっ!」


 こちらの話を聞いていないかのように、すがってきた。


「お頼もうしますっ。働かせてください。金を稼がせてくださいっ。あんた方はあの石けんを作っておる町の人じゃろう。何でもするから、食べ物を買う金を稼がせてくださいっ」


 その瞬間、俺の頭に雷が落ちた。あまりの衝撃に思わず半歩あとずさってよろけた。


「狼……ッ!?」

「スコール。ここを任せていいか」

「えっ」


「セニに戻る。あの子供たちの〝悪事〟が、わかった。ちょっとマズいことになってるかも知れない」


 それだけ告げると、俺は難民街の住人にむかって言った。


「この町の全住民の数を教えてください。老人子供も入れてです」

「六〇〇……人、くらいだと」


「では、文字が書ける代表者を二〇名選んでください。その人達に、みなさんの名簿を作ってもらい、その名簿をもってあの馬車に乗り、セニの町に届出をしてもらいます。その名簿に基づいて仕事を割り振ります。給金は一人小銀貨三枚とします。ただし──」


 俺は釘を刺す。


「この労働で支払われる対価は、あなた方に定住を望む支払いではありません。ノボメストまでの帰還を促す路銀であることを、くれぐれも他の住民に周知徹底することをお願いしておきます。以上です」


 それだけ告げると、俺はきびすを返して足に〝移風道動レビテーション〟をかけ、町に駆け戻った。


 まずいっ。まずいぞっ。 俺の間違いであってくれ。


  §  §  §

 

 夜。

 意気消沈した俺は、商会からの帰りに〈ホヴォトニツェの金床〉の店先に灯った明かりに吸い込まれるようにして入った。


 突然、店内からの強い風に、俺は声をあげた。


「ふほぉ、なんだっ!?」

「あ、ごめん。狼いたんだ」


 ロギが嬉しそうな声で謝ってきた。シャラモン神父はイスに座って、お茶を飲んでいる。


「実験の進捗なんかを伺いに寄ってみたんですけど。どうですかね?」

「いい感じだよ」

「ロギの新発想は、あなたの影響のようです」


 親子で同時に言われて、なんだか俺まで嬉しかった。慰められる。

 ロギが持っている風の正体は、銅板の筒。


「あのぅ。俺は術式図の量産をお願いしたはず……ですよね?」

「ええ。今その印刷する原盤を造っています。ですが、それよりも面白い発想をロギが思いつきましてねえ」


「というと?」


「じゃーん!」

 ロギが銅板を見せる。それでまた俺のもふ毛が風にあおられた。銅板を筒状に丸めただけで風が起きたのだ。


「なになに? どうなってんの」

「術式図を【水】と【風】を交互に配置して模様にしてみたんだ。そしたらさ、こういうこともできるかなって思ってさ」


 そう言うと、銅板を筒状にしたまま、長細の、剣の焼き入れる水槽に沈めた。

 ぼふぉっ! 筒から水槽の水が噴射して俺の全身にかかった。


「あ、マジでゴメン……」

「もうっ! どういうことですかっ?」


 俺は頭の毛から水気を弾いて、シャラモン神父に尋ねた。


「たぶん、あなたがたまに回復方法としてやっている、マナのハイブリット効果だと思います」 

「ああ、あの螺旋になる?」


「そうです。【水】と【風】はもともと〝相生〟そうしょう関係にはあります。ですがマナそのものは混成しません。それは精霊の世界でも同様で、相生関係にある精霊の混成も立証されていませんでした。

 するとロギが試しにチェス盤状に両者を配置して水の中に沈めてみたところ、【風】が筒の中で水流をつくって流れを生み、【水】本来の水流が発生して風を生み、といった具合で相乗効果によって爆発的な力を生むことになりました」


 つまりプロペラのないスクリュージェットみたいな感じか。前世界、そんな扇風機もあったな。


「それじゃあ、これを細かく配置して、長く筒状にすればもっと水流が強くなる?」


「ええ。もちろん限界効用はあるでしょうが、不可能ではないでしょうね。問題は船を前に押し出すほどの推進力を得られるかどうかですが」


 いや、もう得られてるだろこれ。俺、ずぶ濡れ。


「神父。頼んでまだ一日なのに、どうしてこんなに早く?」


「ふふっ。実は術式図の原盤柱自体は昔、私が帝国時代に金属活版を作っておいたのを今になって思い出したのです。前にも言ったように、式図を一枚一枚描いて造るのは手間がかかるわけでオリハルコンで造って刷り、知り合いの騎士団に売りさばいて研究費を捻出したことがあります。今回のように銅板に刻印しても歪んだりしないのが昔の苦労の甲斐というものでしょうか」


 この元魔法使いのことだから、存在そのものを忘れるほど大昔なんだろうな。しかし精霊魔法の効果アイテム。意外とボロい商売だったのでは。


「なるほどです。でも現時点では、この筒には欠点もありますよね」


「はい。銅板では、常時マナを発生したままの状態が続きます。よって船に積んだ時、海を走りだしたら止まれなくなるかもしれません」


「原盤の方はどうやって効果を止めていたんですか?」


「えっ。止めてなどいませんよ。こうやって原盤は反転させたモノですから効果は発動しませんし、配る時に反転した物を印刷して貼り合わせると打ち消せるのです」


 シャラモン神父は天然かな?


「あ、そっか。もう一個銅板の筒を造って、裏返して差し込めばいいのか」

「ロギ。正解」


 俺が指摘すると、少年はグッと親指を立てた。

 シャラモン神父は今まで気づかなかったみたいにのんびりした感嘆の声を洩らした。

 この親子は、今の俺の癒やし! 



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