第12話 カラヤン隊、町を掃除する


「なんであたしまで駆り出されなきゃいけないわけぇ!?」


 ノエミがブーブー不平を言いながら閑散とした工場通りに声を反響させる。


「あたし、カタギに戻ったんだから、陶磁器焼いてリエカまで売りさばきに行くんだから」

「その焼入れをあの兄弟に任せて町をぶらついているところを、雇い主の俺に捕まったんだから、今さら文句言わないのっ」


 ゴーダとマルガリータの長女にしてロカルダの姉であるノエミは、相変わらず気まぐれ屋で、好き嫌いの振り幅が大きい二十歳の女性だった。


 造船街。

 全盛期は一五〇棟あった造船工房は、今や六人の船大工を残して閉鎖された。けれど、個人の所有者が売りに出しても、そこに住み着いた不法占有者が徒党を組んでギャング化。悪と暴力の巣窟になっているため解体作業さえも数年にわたり遅延。町全体の腫れ物になっていた。


 そこで今回、俺たちがボランティアとして〝掃除〟することにした。


 カラヤン隊有志六〇名。あんど、ヴィヴァーチェとノエミ。ラリサは今回の「ボランティア」の事後処理をするために裏方を志願した。むしろその気配りは助かる。


 掃除なので、得物はもちろんデッキブラシだ。


 守衛庁からギャングたちのリストをもらっている。全二七チーム。把握されている総数は二六〇余名。これを三班に分けて掃除する。


 俺はヴィヴァーチェとノエミの監視役なので、三人だけで行動する。


「おい、なんだてめぇらは。ここは〝バラクーダ〟の──」


 門番が言い終わるのを待たず、ノエミのデッキブラシがヒュンッと弧を描いた。ヘッドが相手のこめかみにジャストミート。門番は白目を剥いて反対のこめかみを壁にたたきつけた。


「どこだっていいわよ。どうせ今日から、ここはあんた達の過去になるんだから」


 ひとり大鉄鎚を持ったヴィヴァーチェが軽快な口笛を吹く。俺は盛大なため息だ。


「ヴィヴァーチェ。行こうか」

「ほいきたぁ。──ほれ!」


 ヴィヴァーチェが大鉄鎚を振り上げて、扉をぶち破る。


「な、なんだてめぇらは! どこのカチコミだあ!」


 中で一斉に尖ったヤツらが立ち上がる。ミーアキャットみたいに。


「ったくもう。今日はその定番なセリフを何回聞かされるハメになんのかなあ。──狼、あんたもしっかり働きなさいよ」


「わかってるよ」


 俺の知ってるセニの女性は、職業選択を間違っている。


 無法者に法律を適用して安全穏便に事を進めようとするからうまくいかない。

 無法には無法を。こっちだって日頃の訓練を試したくてウズウズしていた者たちがいるのだ。無報酬だと言ったが、後で守衛長の報奨金だと言って、焼き肉代くらいは弾むつもりだ。


 俺は【水】マナを手に集めて、それを複数人の顔面に次々と投げる。水が顔面にはりつき、彼らは呼吸できずに次々と地面にのたうち回った。


「うわぁ、えげつない殺し方するわねえ。さすが狼頭の悪魔」

「殺してないって」失礼な。あと、悪魔ぢゃねえから。


 戦闘不能になった旧工房内のゴミを外へ掃き出して、俺は魔法を唱える。


「 たけ疾風かぜ

  わがこえに応え、ここにけんぜよ

  汝、旋律風刃 硬鎌こうけん白月はくげつしゅう

  立ち塞がるすべての物を引き裂け 」


 ──〝月鎌旋風サイズブラスト


 直径六〇センチほどの孤月で、はりごと壁をタテに斬り裂く。老朽化した建物は自重で中央に向かって崩れた。


「ほえ~、なんか面白そう。それ、あたしにもやらしてよ」

「子供か。ほらほら、次行くよ」

「けーち」こやつ、本当に子供かもしれん。


 二時間ほどして、地図に描かれた旧工房の粗方を解体して回った。もちろん、六人の船大工の工房はそのままにしてある。地図で一つずつ潰していって、やがて一つの大きな工房に行き当たった。その前でスコール班とウルダ班が立ち往生していた。


「スコール。ウルダ。どした?」


「ああ、狼。めぼしい所は片づけたんだけど……。ここだけ、守りが堅くてさ」

「近づこうもんなら、ボウガンで威嚇して来るっちゃ」


 ギャングが武装しているらしい。建物の周りの地面にボウガンの箭が数十本単位で突き刺さっている。武器数もひと通り揃えているようだ。


「スコール。ここの数と、ボスは?」

「数は三五人。一番大きなチームだって。ボスは、シュコーリカって女」 


「ねえ、狼」ノエミが背中にのしかかってくる。じゃれつくお子様。「ちょっと、中に入って話してきていい?」


「知り合いか?」

「うん。シュコーリカとね。あいつ、ロソス親方の孫でさあ」


 え、名工ロソスの孫。俺は肩ごしに振り返った。


「ロソスって誰だよ」

 スコールが眉をひそめた。俺が説明する。


「俺が石けんの薬を作ってる工房の、元の工房主だよ。だいぶ前に亡くなった人らしいけど、今でもこの辺の人達は敬意を払ってる人物のようだ。ここのボスはその孫らしい」


「ふうん。だったらこんな所で何やってんのかねえ」

「ガキにはわからないことだよ」


「あっそ」スコールは面倒くさそうにあしらった。「狼。第1班休憩入っていいか」

「了解。十五分休憩」


「狼しゃん。第2班も休憩入るっちゃ」

「了解。十五分休憩」


 察しのいい班長たちで助かる。


「ノエミ。行ってきて。五分間だけだ」

「わかった」


 すぐにも飛び出していこうとするノエミの手首を掴む。


「あと伝言頼めないか」

「なによ」


「ロソスの工房は、近々に商家として蘇る。六人の爺ばかりの商家だけど。ハドリアヌス海最速の船を造ることを目指すって」


「覚えきれない。一緒に来て」

 俺の手を掴んで、ノエミが敵アジトに突き進んでいく。俺は慌てて引き留めた。


「いやいや、この顔が行ったら驚かせちゃうからっ」

「大丈夫。あんたの顔なんて、コワいのは最初だけなんだからさ」


 俺の顔をパーティグッズみたいに言うな。ノエミはここぞとばかりに腕力で引きずって行った。スコールもウルダもヴィヴァーチェも助けてくれない。そこも察して。


「おい、近づくな。それ以上近づくと──」

「シュコーリカぁ。あたしー!」


 警告を無視して、ノエミが声を張りあげる。

 旧交の友情が試されているようなもどかしい時間が経った。俺の耳が、扉ごしに言い争う男女の声をかすかに捉えていた。

 やがて扉が開いた。中からむっとした体臭と煙のニオイが俺の鼻をついた。


「何しに来たのよ、ノエミ」

「あれ。顔出した幼なじみに出迎えのハグもなしとは寂しいじゃーん」


 奥で木箱に座って、片膝を立てている少女。灰色のフードをかぶり、そこから値踏みするような視線が刃物のようだ。


「ケガしたくなけりゃ、帰んな」

 かつての友情もすり減って地金まで錆びたよそよそしい声だった。


「でも断る」ノエミは笑顔で即答する。


「はっ。〝海猫のノエミ〟は男に入れあげて船を下りた挙げ句に捨てられたって聞いたが、今じゃは獣人に乗り換えたのか?」


 灰色フードの少女のとなりで、クセの強い茶髪の男が挑発を吐いた。


「狼。あいつ黙らせてくんない?」


 俺は仕方なく、みずからの口で災いを招いた男の顔面に【水】を叩きつけた。彼はまさか自分が魔法攻撃されると思ってなかったのか、きれいにもんどり打った。


「何しに来たのよ、ノエミ」

 いきり立つ部下たちを片手で制すると、シュコーリカは昏い声で友の名を呼んだ。

「町の衛兵に金で雇われたの?」


「あははっ。さっき仕事さぼって町ぶらついてたら、オーナーに捕まってここまで連れてこられてさあっ。ウwケwるwっ」


 敵前で堂々と親指でそのオーナーを差す、この剛胆さよ。俺、なんでこいつクビにできないんだっけ。本気で悩むわ。


「オーナー? ……ああ、狼頭。町であちこち首突っこんで、町の城壁ぶっ壊したり、王国の大貴族相手に派手なケンカしたり……。あれ、与太話じゃなかったんだ」


「あんた。ここでずっと引き籠もってたんか? 情報遅すぎでしょっ」

「……」 


 すると、地面でエラ呼吸していた男がむくりと起き上がって、二足歩行を始めた。


「てめぇ~らぁ。オレをコケにして、ここから生きて還れると思ってねえだろうなっ!?」


 剣を抜いた若者たちに取り囲まれた。妙だ。武器がナイフとか鉄パイプとか小物じゃない。ギャングにしては武器が揃いすぎている。


「ノエミ。あのチリチリ頭、誰なんだ」一応、俺は訊いてみた。


「顔も名前も知んないなあ。この町に昔からいるヤツじゃないよ」


 はっきり言われて、男の表情が一瞬ひるんだ。


「町の有力者のバカ息子でもない?」俺がさらに念を押す。


「だから知んないって。そういうヤツらはさっきぶっ飛ばしてきたし」

「そういうことは……先に言っておいてよぉ」


 俺は思わず両膝に手をついてうなだれた。もう逃げてるだろうなあ。捕まえおけば後々の手札にできたのに。


「あんた、名前は? シュコーリカの何?」

 ノエミがちりちりに訊ねた。


「おれは〝ドバルダン〟の副首領ピラーニャだ」


 沈黙。剣の切っ先が迫る中で、ギャグみたいな間ができた。


「知らね~っ! セニでそんな名前聞いたことがない。あんた、生まれドコよ?」

「生まれなんか関係あるか!」


「大アリだ、バーカ。シュコーリカはね。人見知りが激しいの。自分の傍に置く人間は男女関係なく、知り合いじゃなきゃダメ。たとえば、──トゥーリャン。あんた、なんでシュコーリカのとなりやってないわけ?」


 突然指名された青年は目に見えて狼狽した。トゥーリャンは聞いたことあるぞ。


「もしかして、彼。残ってる六人の船大工の知り合い?」


「そう。〝学者〟って言われてる船大工ヨハネ=トゥーリャンの孫。ミシェル=トゥーリャン。こいつ頭すげーいいはずなのに、金がないから外の学校行けなくてさ。何してんのお前」


 青年は剣先を地面に降ろして、うなだれた。

「そいつ、金持ってるんだ。ここの武器は全部ピラーニャが揃えた。シュコーリカに黙って」

「トゥーリャンっ。余計なこと言うなっ!」ピラーニャが吠える。


 俺は下あごをもふった。


「ふぅん。ここまでチームを大きくしたけど余所者だったから周りからいまいち信頼されてなかった。だから、かつぐ御輿が欲しくてシュコーリカに目をつけたわけか」


「う、うん……。ロソスはやっぱりこの町の英雄だから」


 ノエミはわけ知り顔でうんうん頷くと、

「トゥーリャン。あんたずっと前、祖父ちゃん見習って船大工やりたいって言ってたよな? 朗報だよ。うちのオーナーが今度、造船の商家を起こすらしいよ。ロソスの工房で」


「えっ。本当か!?」

「あんたの祖父ちゃんはとっくにそっちへ引っこ抜かれてるよ。だよね?」


 オーナーにタメ口かよ。俺は無言で頷いた。


「ハドリアヌス海最速の船を作ってもらいたくてね。この界隈に残ってた六人の船大工の知恵と腕を借りることにしたんだ」


「ハドリアヌス海……最速っ」


 トゥーリャンは頬を上気させて、おもむろに剣を捨てた。


「オレ、今からここ抜ける。祖父ちゃんの弟子になる。──シュコーリカ、いいか?」

「好きにしなよ」


 少女はボソリと言った。表情はなかったが、即答だった。


「いいわけねぇだろうが!」叫んだのはチリチリ頭。「誰の許しを得て、勝手に抜けるとかほざいてんだテメェ! 敵の口車に乗って寝返ってんじゃねえよ!」


「だから、さっきシュコーリカに許可取ったじゃーん」

 ノエミが陽気にツッコミを入れた。デッキブラシをチリチリ頭に向ける。

「それとも──テメーがロソスの七光りを借りて王様きどりか?」

 

「こ、殺せっ。こいつら今すぐぶっ殺せぇ!」

 ピラーニャが吠えた。その直後だった。


 結局こうなるのか。俺たちを囲んでいた構成員らの顔面に【水】が一斉にはりついた。


 さらにそこをノエミがデッキブラシでガシガシと容赦なく擦っていく。顔を真っ赤に擦られたギャング達が地面でのたうち回った。


 狭い船工房の中に三〇人超はさすがに手狭だったな。剣を振り回せば同士討ちになる。それを嘲笑うように、ノエミのデッキブラシは周りのギャング達を叩きのめした。


「なあ、シュコーリカ。またあたしを組もうぜ」

「仕事を途中で投げ出して、町をぶらぶらしてたヤツとは仕事しない」


「うっ!?」

 くひひ。振られおったわ。俺は内心でほくそ笑んだ。

 シュコーリカは木箱から降りると、倒れた部下の間を跳びながら出入り口にむかった。


「狼で、いいのかな」傍で、俺を見あげてくる。

「あ、うん」


「ビゴール兄弟の密偵を探してるんだったら、ピラーニャよ。あの男が資金をもらって、ここの連中に武器を買い与えていたの」


「なんで、俺がビゴール兄弟の情報を探してるってわかったの?」


 少女はニコリともせず俺の目を見て言った。


「うちのお祖父ちゃんがそう言ってる」

「えっ?」何それ怖い。


「あんたの造船商家に、わたしも入りたい。試験とか、ある?」

 新規採用。その発想はまだなかった。

「いやぁ。とくには決めてなかったけど。あのお爺ちゃん達を満足させられればいいんじゃないかな」


「そう……わかった」

 シュコーリカはフードを取った。銀髪の長髪。


「わたしは、マリア=シュコーリカ。よろしく。オーナー」


 のちに、彼女はヤドカリニヤ商会船団の全船を設計し、〝ロソス2世〟と謳われる女性船大工になるのだが、それはまた、別のお話。


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