第24話 三姉妹(シスターズ)と艦内戦
カプリルは、敵を前にして機嫌がよかった。
Vマナーガの長期整備不良が重なり、待てと言いつけられて、はや半月。ようやく本物の戦場復帰だ。
戦闘スーツとの同調は申し分なく、新調された
艦内戦なのは少しだけ気詰まり。しかも風がホコリっぽい。
相手は徨魔、八体。
(これで文句いうたら、バチ当たるかな……っ)
床、天井、壁にはりつき、窮屈そうに四足疾走してくる。乱軌道からの多重接近。
──よしっ、
「WoRYYYYYAAAAAAAAAA!!」
わずか一二〇メートルの艦内通路を、カプリルは四秒で駆け抜けた。
通過後。醜悪な首が一斉に
「エリ姉っ、あと頼むでぇ!」
「まったく。斬り込み隊長という名の鉄砲玉娘は進歩がありませんわね。ま、これも懐かしき日常だった気がするけれど」
漆黒のゴーグルをつけたエリダが前方に手をかざす。
主の背後を守るように黒扇子──
「やっておしまいっ」
黒扇子の要から発射されたのは、重力弾。だが、その弾の大きさと形状は文字通り〝スイカの種〟だった。
それが首のない徨魔の鳩尾に着弾するや、バスケットボールが通過したほどの穴が音もなくあいた。
「少し艦内戦を意識しすぎたかしら。出力を絞りすぎましたわね」
それでも、徨魔八体が一斉に、廊下に汚物の溜まりをつくった。
「……当たりですわね。狼」再生してこない。
「エリー。こっちもよろしゅう」
「ええ、もちろん」
エリダは振り返ることなく鉄鴉騎士を旋回反転させ、首や半身を失って再生を始めている七体の徨魔に重力弾を発射する。
「一体、再生継続──。残りましたわね。なぜかしら」
「あの個体は一番最初に仕留めたやつですぅ」
「そう。それなら、再生時間で結石とやらが散ってしまったと見るべきですわね。セーレ。もう一回よ」
「はーい」
失った頭部の再生を続けながら徨魔がのっそり起き上がってきた。その頭にセレブローネは
紐のついたひとつ〇・八八㎏の重力発生球を二つ。初動は遠心力を使って槍のように交互に鋭く繰り出す。球体は飛びながら重力制御によって無重力の球面と、秒速八〇〇Gの重力加速度の球面を同時に発生。少女の腕力ではおよそ出せない打撃力を標的に叩き込む。
床から再起しかけた徨魔の顔面を、科学の鉄球が容赦なく破砕した。あまりの衝撃にのけ反る間もなく棒立ちになった体幹の中央に、重力弾が風穴を開ける。
「あらぁ、ほんまやわぁ。もう起き上がってこられしまへんなぁ」
はんなり感心しているセレブローネを後目に、部隊長でもあるエリダが自身のカレントに触れた。
「指揮所。こちら三姉妹。第5階層安全確保」
『確認した。そのまま第4階層に向え。個体数は6。避難ルームの人員に気づかれる前に叩け』
「了解ですわ。ところで、お兄ちゃんは今どこにいますの?」
『サナダは、第17階層だ。相手してる数は18。二分三〇秒後、下から36が合流予定だ』
「36っ!? わたくし達がそちらに行かなくてもよろしくて?」
『第4階層の避難ルームの中に、援軍になる魔女さんたちが入ってる。そっちの安全の優先を頼む。それに』
「それに。なんですの?」
『下から登ってきてる主力は、どっかの誰かさんがポータルを破壊しながら音をたてて、わざと誘導してるらしくてな』
「ポータルを破壊しながら……まさか狼が?」
『他にそんな無茶やれるのは考えられねぇ。そういうわけで、決戦場は第17階層だ。その大掃除に魔女さんたちの手も借りたい。みんなで袋叩きにしてやれ』
「まったく。名案ですわね。今までの苦労を倍返しさせて戴きますわ」
『ああ。よろしく頼む。──指揮所アウト』
「エリ姉。メカ長なんやて?」
カプリルがどろどろの床を、マナスラスターで飛び越えて戻ってくる。
「敵の半数が第17階層へ向かっていますわ。わたくし達はその増援をつくるために、第4階層の確保に向かいます」
「数は」
「6。今となっては恐るるに足らずですわ。ちゃっちゃと片しますわよ」
「はーい」
三人は、廊下を平時は禁じられているマナスラスターで走り抜けた。
§ § §
「ここは今、何階あたりかなー、と……」
突然、横に現れた〝鬼の手〟の
徨魔は視力がないので、当たっていないことに気づけた。だが、どうして当たらなかったのかの思考力がないらしく、次元の窓口で途方に暮れていた。
ここは、お化け屋敷だな。理不尽な驚かしは、俺には通じない。
なにせ、こっちは心臓が動いていない。あと靴音もさせていない。さらに反撃もしない。だから俺が鉄パイプで壁を叩かないとヤツらは俺の存在に気づく手段がない。
おかげで、自分たちにとってコイツは敵か獲物か、理解が進まない様子だった。けれど未確認のまま見過ごすこともできず、追っていくしかない感じだ。だから攻撃も散発でお試し感覚。ただ、ポータルを破壊しているのに敵だと認識されないのは、俺にも理解できない。
今では、たまに金属の壁を叩くたび、次元の窓から顔を出したり、通路の奥からドスドスと音をたててやってくるのが、ざっと三〇体強。
船倉の内線でマクガイアと話した時、数のことはあえて聞かなかった。
もちろん少なければそれに越したことはないが、一〇〇を超えていたらドン引きだ。さっさとスコールやウルダ、アルサリアとリンクスを連れてここを出るほかない。災害は専門家に任せよう。それが文明社会人の常識ある対応だ。
(ただなあ。頭を吹っ飛ばしても再生する怪物に、あの人たちも特効薬を持ってなかった感じだったよなあ)
急速再生する宇宙生物の研究はうんざりするほどしたはずだ。ここはそういうインテリ連中が乗っていた宇宙船なんだから。
宇宙生物が人間の真似事をしている。ひと目見てそう思わなかったのだろうか。見えないということは宇宙の闇空間で視覚を必要としなかった。なのに彼らは、後から頭をわざわざつくったのだ。人間という〝獲物〟を理解しようとしてに決まってる。
そういうSF小説はごまんとあったはずなのに、徨魔が擬人化した可能性について議論にすらなってなかった感じがした。
まあ、あの怪物と実際に戦っている現場でフィクションを例に持ってこられても、〝作り話〟として一笑に付されるのがオチかも知れないけどな。
「おっ、もう第18階層か。この上の第17階層に食堂あるんだったよな。てか、こいつら連れて食堂に行くの
キーンっ!
音に反応して、次元から手が一斉に飛び出してくる。
肩や背中や頭を掴もうと躍起になるのを俺は無言で躱し、廊下を歩いて行く。
§ § §
(げっ。いや、いいけど。俺と同じ事考えてたのが、またアイツってのは……ヤな感じ)
第17階層格納庫。
高い天井と広い空間。そして肌を刺すような冷風に心なし萎縮して肺を膨らませてみる。
徨魔が二〇前後。放射状に取り囲まれて、獲物の居場所をしきりに探られている。
〝龍〟の背中に腰掛けたヤツが、俺を見つけて手を挙げる。
ここまで来て無視するのもアレだから、軽く手を挙げて応じる。
〝悪いけどさ、こいつらそっちで片付けてくれね?〟
手話で話しかけてきた。サナダが。やっぱりこのサナダもできるのか。手話。
前世界。真田泰輔という同級生は、耳の聞こえない妹がいたことで手話ができた。
俺は養護施設で、親に殴られたことが原因で難聴になった子供が二人いたので日常の中で自然と覚えた。施設に預けられる幼い子供は大抵、虐待を受けていることが多い。読み書きできない場合もあるので、絵と手話が頼りだった。
そんなお互いの共通技能が、真田泰輔に気に入られた理由だ。のちに恨まれたのは、大好きすぎる妹が手話のできる俺に好意を持ったと誤解したからだが、それはこの際どうでもいい。
〝やだよ。自分の分は自分でやれよ。こっちは四〇超えて連れてきてるんだぞ〟
〝なんでここまでそんな数を引き連れてきたんですかねえ。人気者だとか言ったら張り倒すよ〟
〝ポータル壊すのに、音で引きつけないと壊す隙ができなかったんだ〟
〝全部壊した?〟
〝いや、
〝
〝ムカツクほどに、わかる……っ〟
〝むふふっ。この異世界でも、僕ら相性よくない?〟
〝お前からその言葉を聞くのが、この世界に来て一番嫌だったよ〟
サナダはくつくつと音をたてずに肩を揺する。
〝正直に言うと。刀を部屋に置いてきてさ。ここまで逃げてるところ〟
俺は腰に手を置いて、はぁっと盛大にため息をついてやった。徨魔の数体が反応する気配を見せたが、ため息では飛びかかってこないことはもう実験済みだ。気にしない。
〝お前、トンカツ。食いたいんだったよな〟
〝ちょっとちょっと。待ってよ。この状況で、こっちの不備を突くためにトンカツを持ち出すのはアンフェアでしょうが。ズルいって〟
〝別に食わせないとは言わねえよ。実は料理に人手が足りなくてな〟
〝おーっ、調理補助かい? やるやるっ。昔バイト先でクビになったけど、やりたい〟
〝マジか。剣道以外ほんっとダメダメじゃねえか〟
〝そんな僕でも家政長ですが、何か?〟
あの龍の背に乗るドヤ顔に拳を叩きこみたい。
〝ヤマガタ中佐に会ってきたよ。今頃、お前の命令通り、オラデアでカツ丼食ってるよ〟
〝うっ。はーがねぇ~。僕はお前のトンカツが食べたいんだよお〟
〝単語配列として気色悪いんだよ。ったく。仕方ねぇなあ。これ貸し一つだからな〟
〝いいともぉー〟
極楽鳥め。絶対に取り立てるからな。
俺は、上に手をかざした。それに合わせて、サナダも龍の背中から天井を見上げる。
「げっ」
思わず声にしたが、徨魔が気にする余裕はなかった。
俺は拳を握り、天井を掴み降ろすように肘を引き下げた。
天井から数多の
上から音もなく徨魔たちの頭部に氷柱が突き刺さる。予期せぬ襲撃に徨魔たちのゴリラのような体躯がびくびくっと痙攣を起こした。
そこへすかさず横から成人男性の腕ほどもある氷槍を両手で次々放つ。繰り返しになるが魔力コストがとにかく安いので、マシンガンのごとくばらまく。徨魔たちは一体残らず針鼠になって地面に崩れ落ちた。
四柱の〝龍〟がその場で地団駄を踏むように暴れた。マナ反応で驚いたのか、魔法効果に驚いたのかは俺にもわからなかった。
原形をとどめる宇宙生物がなくなると、俺はその場に膝を屈した。
「ふぅ。さすがに、バテたあ……」
「なんでだよ。はがね」〝龍〟を宥めながら、サナダが固い声を投げてきた。「氷を刺しただけで徨魔が死ぬなんておかしいって。わかるように説明してくれよ」
俺はまだその場から立ち上がれず、億劫ながら説明してやる。
「SF小説の発想だ。人間の身体を真似ようと変質した怪物が再生力を超えて致命傷を負うと、とっさに致命傷を避けようとして身体の中央へ自分の核となる物を結集させる。そういう古典を昔読んだことがあった。
再処理工場からここへ入った時に偶然、徨魔に出くわした。とっさにその小説のネタを実行してみたら、まんまと的を射たって寸法だ。ただの幸運だよ」
「いやいやいや。幸運ってレベルの稀少確率じゃないでしょ。僕らが何百年かけてヤツらの弱点を探してたかライカン・フェニアから少しは聞いてるんだろ? それがSF小説だなんて……ふざけんなよ。こっちの立つ瀬がないっての」
さっきまで極楽鳥なみに余裕だった男が、悔しそうに口の端を歪めて天を仰ぐ。そこへ唐突にこめかみを指で押さえた。
「……ああ、メカ長。ええ、事実です。狼がお得意の魔法で全滅させました。数は数えてませんが残骸ナシ。……そうですか。ええ、龍にも損害ナシです。……ポータル? いえ、まだ確認してません。確認次第、狼に破壊してもらいますよ。ええ、彼女たちには残党狩りを、ええ。それじゃ」
「マクガイアさん。なんだって?」
「全体数七八のうち五二の発信源をここで一瞬で消失したから、その確認」
「残りは」
「船倉に一。あと休眠中の動力室とかに散らばってるのが五。そっちはシスターズが向かったから、あとはポータルの破壊だね。この
「了解。それ壊したら、船倉のスコールの様子を見てくるよ」
そう言って、俺は鉄パイプを杖にして立ち上がった。
「なあ、サナダ」
「うん?」
「そのポータルってさ。徨魔にとって、なんのためにあるんだ?」
「帰りのバスだよ」
「帰りの、バス?」俺はおうむ返しした。
サナダは龍の鼻面を撫でてやりながら半信半疑という顔を作った。
「徨魔は次元の出入りはできるけど、それは長距離間を移動できるわけじゃないらしくてさ。巣に戻るため用に、そのポータルは存在してる。たまにそこから徨魔の増援が出てきたりするけど、それは本当にたまにだ。だから巣へ戻るための直通ワームホールだと推測されてるんだ」
「お前は信じてないのか?」
「徨魔がその装置を出入りしているところを見たことがないからね。出てきたという少数の報告から話を広げてるだけだ。ヤツらがいつ、どんな時にそこへ入るのか。誰も見ていない。信憑性は薄いままだ」
「それじゃあ、ここに座標ビーコン放り込んだら、巣に到達するのか?」
「えっ?」
「いや、やったんだろ? そういう実験とかさ」
サナダは龍を撫でる手を止めて、記憶を探っているようだった。
「うん。やった。やったんじゃないかな。ずいぶん前に。でも統括評議会から結果報告は回ってこなかった気がする。だから失敗だったんだろうって……」
「サナダ。それ、変だろ」
「なんで?」
「おのれを知り、敵を知れば百戦危うからず。軍部は敵情報を集めるのが初動任務のはずだ。しかもわざわざ敵の輸送ユニットの可能性がある物体を目の前にしておきながら、結果を出せませんでしたなんて、妙な話だ。確定的なネタがあるのに試行錯誤もせずに見過ごしたのは、軍部の怠慢だろ」
「うん。確かにそうだけど。当時の統括評議会での軍部長官はロイスダールだったんだ」
ここで、またあのカミソリ男が尾を引いてくるのか。
「カプリル様たちに特攻を指示しようとして、マクガイアさんを怒らせたらしい男だってな」
「そう。だから僕もアイツが嫌いなんだ」子供か。
「なあ、ロイスダールは〝新アルマゲスト五次元座標星儀〟の存在を知っていたのか」
「なんだって? 新アルマゲドン?」
「新アルマゲスト五次元座標星儀だ。そういう話をリンクスから聞いていたから、てっきりポータルに座標ビーコン端末を投げ込んで、行き先を調べて造ったのかなって思ってな」
サナダは龍を撫でるのをやめると、俺の方へ歩いてきた。ちょっと殺気がこぼれていて怖い。
「なんだよ」
「ポータル探してて、メカ長に長距離漂流用の信号端末もらってくる」
「はあっ!? 今かよっ。けど、この
「だったら、造ればいいじゃないか。飛び立てるヤツをさ」
俺は呆気にとられた。今さらド正論を聞く羽目になるとは。これも大公死亡効果か。
「行く気なのかよ。敵の根城に」
「そのために、この
サナダは肩ごしに薄く笑うと格納庫を出て行った。
狂気もイケメンだと得だな。
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