第23話 奇襲


 馬車とティボルをオラデアの〝静寂荘〟に預けると、俺とスコールでダンジョン山をかけ戻った。

 中央軍斥候部隊の隠密討伐に成功したが、トビザルの疲労が重いとサラ夫人からドクターストップがかかった。

 俺はトビザルにねぎらいの言葉をかけ、用意しておいた成功報酬を置き、四時間半以上の休息を言いつけた。むしろ、たった二週間の付け焼き刃訓練で実戦をよくがんばり抜いたと思う。


「狼。せつは……ここで、用済みなのか?」

 物寂しそうに見つめてくるので、俺はつよく顔を振った。


「中央軍がこの町に入ってくる可能性がある。それまでしっかり休んで、ティボルとここの守備を頼む。もし敵がここに気づいて襲撃してきたら、狙いはティボルだ。手練れ揃いだろう。気を抜くなよ」


「あっ。うん、了解」

 若者は嬉しそうに破顔した。

「心配しなくても、春節祭の用意ができたら呼びに来るからな」

 日暮れた黄昏たそがれ時を狙って、オラデアの町を飛び出した。


「狼、ついてるぜ。この辺の風が弱まってるっ!」

「油断するな。山の天気は変わりやすい。この間に急いでダンジョンに入るんだ!」


〝混沌の魔女〟が既に艦内部へ潜入してた可能性。それを採掘艦の隅々まで熟知しているはずのマクガイアが考えている可能性は残念ながら、ない。それでも侵入者に気づいていれば、とっくの前に警戒態勢が取られていたはずだ。


(だとすれば、魔女が侵入経路とする場所は、あそこしかない……っ)


 三万食の食糧が廃棄してあった再処理工場だ。積み上げられていた廃棄食糧は俺たちが持ち出した。その空いたスペースに身を隠していたのなら、防犯装置から逃れられる死角はいくらでもあった。

 ディスコルディア。一度だけすれ違った気がするが、どこで会ったのかもう思い出せなくなっていた。

 なぜ思い出せないのだろう。

 どうして思い出そうとしているのだろう。

 あの甘い獣の臭いは、強く記憶に残っているのに。


(違う。あの甘い臭い。甘い……くそっ、思い出せない。脳の裏にはりつく記憶が痒い)


 また、前回の時もあの魔女──実際はニフリートの侍女を操っていたが、どういう意図でダンジョンのカテドラルターミナルに侵入してきたのか、その動機は推測の域を出ていなかった。


 わからない。〝混沌の魔女〟が何を考えているのか、さっぱりわからない。

 だから、本人に訊いてみたかった。

 それだけなんだ。


  §  §  §


 再処理工場に入る直前、艦内で警報アラームが金切り声を上げていた。


「スコールっ。戦闘態勢。敵だ」

「っ!?」


 スコールが抜剣したのを確認し、俺は格納庫搬出用の気密ドアのチャンバーロックを上げた。

 排気音とともにドアが開くと、中にいた人影が三人、振り返った。


 顔の体裁を成していない冒涜的な肉塊生物だった。


(徨魔っ!?)


 なぜここに。驚きと同時に身体が動いていた。一番手近にいた醜怪な頭部に戦斧を振り下ろす。ついで、その鳩尾に手を突っこんだ。


「狼っ!?」


 手応え、アリだ。


 俺はそれを掴んでぶちぶちと引っこ抜く。手の中に収まったのは、ゴルフボールほどの黒いアーモンド。


「ふぅん……〝門の種〟の正体は、これかな」


 酸火傷で手首から先が赤くなったが、それよりも予測が的を射貫いて満足だった。

 俺はその黒い結晶を床に落とすや、ひと息に踏み砕いた。それに呼応して、目の前の肉塊がどろりと溶けて汚臭を放ちながら消滅した。他二体の徨魔が、なぜかおののき後退る。


「正体見たり枯れ尾花……生きるために捕食してんなら、被食側からでも殺せるよな」


 生殺与奪は、宇宙の真理。その中で生きてるなら、死んでくれなきゃ不公平だ。 


「狼っ、今のどうやったんだ?」

「スコール。鳩尾だ。どこでもいい。致命傷を与えてから、身体の中心を突くんだ。敵の体液は強酸だから、直接触れるなよ。剣が壊れたらまた新しいのを作ってあげるよ」


 少年は嬉しそうに破顔して、


「だったら、カラヤンおっさんみたいなヤツがいいんだけど」

「また片刃でいいのか。うん、わかった。属性に何がつくかはお楽しみだね」


「魔法剣っ!? やった。マジか」

 年齢相応に笑みを浮かべて、スコールは剣を構えた。瞬間、瞳から人間性を散らした。


「ここは掃除しとくよ。リンクス婆さんのところ、いってやれよ」

 俺はうなずく。今はピッチピチの十七歳。爽やか中性美人ノンバイナリーだけどな。


「うん。よろしく。あっ、あとコレ、見つけたら壊しといてくれるかな」

「これ? これって……なにそれ」 


 スコールが振り返ると、俺は黒い物体を指さした。楕円形の姿見鏡に似ていた。ただ鏡にしては何も映さず、奥に引き込まれるような闇をたゆたわせていた。


「たぶん、徨魔が使ってる亜空間転送装置ディメンションポータル。ヤツらの出入り口だと思う」

「そ、そんなモン。どうやったら壊せるんだよ?」


 俺は、彼にあわせて【火】マナを鏡に放射した。鏡はすぐにヒビが走り、ガラスのような音をたてて木っ端微塵に崩れた。

 徨魔二体が罵声なんだろうか、やたら騒ぎ出す。


「やっぱり、こんなもんか。時空の出入口なんて不安定因子だもんな。──スコール、おっけー?」

「お、おっけー……」自信なさげだが、初見だからだろう。


 俺も見るのは初めてだが、宇宙装置なんてラノベの知識で基礎は把握している。

 創ったのなら壊せる。それが宇宙の大原則だから。


  §  §  §


 艦内に響き渡る警報アラームが、久しぶりにマクガイアの心臓を跳ね上がらせた。


「兄貴っ。徨魔じゃ!」

「マシュー。艦内ソナー。現れた個体数とポータル数の確認急げっ」

「了解」


「オルテナっ。今どこだ」

 こめかみの〝カレント〟で末妹を呼び出す。


『第4階層。ウルダと魔女二人連れて避難ルームっ。けどここの備品はなんもねーんだけどっ』


 スピーカーから末妹の悲鳴に、マクガイアも苦虫を噛みつぶす。


〝ナーガルジュナⅩⅢ〟は永らく飛び立つ気力を失ってきた。そのため艦内のエネルギー消費を最小限に抑えている。

 避難ルームの出番なんざ金輪際ないだろう。そう思って、あの部屋の消費財をすべて処分し、数百年が経っていた。マクガイアもこれから地上の内戦に意識を向けようとしたタイミングで、尻ポケットから火がつくとは思ってもみなかった。


「オルテナ。しばらく、魔法でしのげ」

『ガイ兄ちゃん、ドワーフの女に無茶ふっかけたって屁すら出ねぇよっ!?』


「お前じゃなくても、そこに高名な魔女さんが二人もいるんだろ。たまにはお前にお姫さん役をやらせてやるって言ってんだ。サナダの若大将に武器と備品を運んでもらう。それまでドアにかんぬきでも掛けて待ってろ」


『く~ぅ。情けねーけど、了解っ』

「……と、いうわけだ。お前たちの相手は中央軍から徨魔に変更だ。いけるな」


 マクガイアは三人の少女を見る。


「ま、徨魔なら相手にとって不足はありませんわね」

 扇子をぱちりと閉じて、エリダは目を細めた。


「野戦が艦内戦になっただけや。秘密兵器らしゅうなってきたでぇっ」

 カプリルも手のひらに拳を打ち付けて不敵な笑みを浮かべる。


「せやけど、メカ長。なんかきな臭いわぁ」

 セレブローネが流し目を向けると、マクガイアもうなずいた。


「試合終了間際になってこの場所をフーリガンに目をつけられるとは随分遅ればせだ。誰かが手引きしやがったかな」


「それやったら、狼とかどないです?」

「セレ姉。何言うてんのっ?」カプリルが目を剥く。


「例えばの話やおへんの。他のタイミングいうたら、中央軍が正面玄関の障壁壊しはって、一枚割っただけでお帰りどしたやろ? その隙に別の潜入口から許したとも考えられますわなあ」


 マクガイアはうなずく。問題はその時に艦内の侵入者探知がまったく作動しなかった事実をどう考えればいいかだ。


「兄貴っ。艦内ソナーの結果でたでぇ」

「メイン画面に映せ」


 正面の大画面に投影されたのは〝ナーガルジュナⅩⅢ〟の立体透過図。そこにぽつぽつと赤い点が貼り付く。その数の多さに見あげる彼らの口からとっさの言葉が出なかった。


「マシュー、数は……っ」

「個体七八。ポータル十四ですわね。ここはダーレス星域かしら」

 エリダが広げた扇子の向こうでツイートする。


「あら?」

 正面の大画面を見ていたセレブローネが怪訝な声をあげた。


「どしたん、セレ姉」カプリルが同じように大画面を見あげる。


「リルちゃん。今、船倉の敵影が一つ、消えへんかった?」

「え、ほんまっ?」


 そこへマクガイアのテーブルで電話が鳴った。


「オレだ。……おお、どうした。今どこだ。……再処理工場? ……ああ。上が塞がっちまったからな。……うん、うん」


「ほら、また。明かりが消えましたえ」

「ほんまや……あかんやん、セレ姉っ。ウチらの獲物、誰かに先越されてんやんっ」


「エリー。どないしますぅ?」

 セレブローネが黒髪の長姉を見る。


 エリダは電話対応するマクガイアの表情をじっと見据えていた。


「ちょっと待て。狼。オレ達だってヤツらを散々解剖して調べたんだぜ。だがそんなモンが見つかって……致命傷? 分離集成。うん、うん……わかった。龍公主たちには一応、そう伝えておく。……リンクスたちは第4階層だ。ああ、頼んだぜ」受話器が降りた。


「メカ長。狼がなにか面白いことを言ったのかしら?」

「うん。[SAC-002/バグ]の効果策を確認したと言ってた」


「そのようですわね。さっき、艦内ソナーで船倉の個体数が二体、ポータル一基が消えましたわよ」

「──っ!?」

 マクガイアがメイン画面を仰ぎ見た。


「マジかよ。だとしたら、あいつはこの世界の〝やりたい放題チーター〟だぜ」


「狼は、何を言ったのです? どうすれば、バグを粉々にしなくても早急に殺せると?」


 マクガイアは言った。

「徨魔は白痴だが、人間体にこだわってる。肉体が破壊された時、ヤツらは人間と同じ感情を擬似的に作り出し、死を疑似体験する。ヤツらにも死を逃れようとする精神があるんだとよ。

 そこで、頭部などの致命傷を負わせると体内中央にコアが数秒、結石したらしい。狼は頭部を斧でかち割り、その直後に鳩尾に手をつっこんで体内から黒い石を掴みだして、そいつを引っこ抜いて、踏み砕いたんだとよ」


「徨魔が生命の危険を感じると、生存本能としてみずからの心臓をそこへ移動させた。隠していたものを結石させる。頭部からの鳩尾の二段構え……。ふん、その発想はなかったですわね」


 エリダは神妙にうなずくと、扇子を広げ、妹たちに続くよう指揮旗よろしく振った。


「エリダ。言っても聞かねぇのはわかってるが、無茶をするなよ」


「いいえ。ここが久方ぶりの無茶のし所ですわ。メカ長、艦長の席がよく似合ってますわよ」

「オレは、ドッグでお前らの還りを待ってた方が、性に合ってるよ」

 三人はニッコリ微笑むと、戦闘指揮所のドアの前で敬礼をとった。


「カプリル[パールヴァティー]──出るで!」

「セレブローネ[ハーリティー]──行きますえ!」

「エリダ[ヒラニヤガルバ]──参ります!」


 マクガイアはイスから立ち上がり、敬礼を返した。

「我らが戦乙女に、武運長久を……っ!」

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