第26話 狼、温泉宿をつくる(20)


 マクガイア邸。

 暖炉の薄暗い明かり。自分の席に着くなり、マクガイアは無言のまま長テーブルに両足を乗せ、天井を見上げた。


 俺はキッチンに廻り、ケトルに水を入れて薪コンロに【火】を入れる。


 リビングにはドワーフ三兄妹とトビザルだけだ。他のドワーフたちは、マクガイアが持っている店やこの自宅の警備に就いていた。新家政長になってすぐの重職者・騎士団長殺しである。厳戒態勢がとられた。


「狼。お嬢はどうしてる」


 マクガイアがぼそりと言った。


「ニフリート様と、サラ夫人のお屋敷の防衛をお願いしました。俺の知ってる限りで、次に狙われるとしたら、ここか向こうですから。寝ずの番をお願いしたら、怪しいヤツは片っ端からぶっ飛ばしてくれるそうです」


「ふふっ。わかった。上出来だ」

 沈黙が降りる。暖炉とコンロで薪が爆ぜる音が、耳に心地いい。だが部屋がちっとも温もらない。


「なあ、ガイ兄ちゃん」

 オルテナが疲れた声を長兄に投げる。


「確認なんだけどさ。あいつ、口封じされたんだよな?」

「……ああ、おそらくな」


「おそらく? なんで確定だって言わねえ?」


「コンシュートは自殺を偽装されていた。首にかかってた縄は絞首刑結びハングズマンノットだった。だが、あご下に残ってた圧迫痕は、二重巻き。あと、騎士でも傭兵でも、今から自殺しようって人間が甲冑なんか着て首はくくらねえ。コンシュートに限っていえば、殺害後、池底まで沈めるために甲冑を着させたんだ」


「でも、浮き上がったんだよな」


「ああ。川からの雪解け水があの池に入った。そのせいで泥が浮き上がった拍子に、底に沈んだばかりのコンシュートも水面に浮上することができた。水を飲んでない状態で、腹にガスも溜まる前だったにもかかわらずだ。水の精霊か、幸運か、あいつの無念がそうさせたんだろうよ」


「兄貴。首縄の縊り木はわかったのかよ」


 となりでマシューは目をしぱしぱさせながら、唸った。


「池の周りは低木ばぁで、首縊りに手ごろな樹は一本もありゃあせんかったで。ほいじゃけえ、首縄の残り切れっぱしも発見できとらん。現場は別じゃろうのぉ」


「よし、わかった。犯人はあの五人の騎士どもだ。あたいがぶっ殺してくる!」

 二人の兄は、長い疲労のため息をついた。


「のぉ、兄貴。こりゃあ、コンシュートの口封じついでに、兄貴に罪かぶせちゃろうっちゅう食わせモンの仕業かのぉ」


「オレか……どうだかな」


 ケトルから噴き上げる湯気を確認して、五つのコーヒーカップに注ぎ、ミルクと砂糖をたっぷりと入れる。トレイに載せて一人ずつ配る。


「あまっ。おい、狼っ!? なんだよっ、これ」

 さっそく口をつけた甘くない女子が抗議してくる。


「深夜の頭脳労働には糖分が必要ですからね」

「違いねえ。……狼は、この件。どう思う」


 マクガイアがテーブルに足を載せたままコーヒーを飲む。現場を見て回り、足が棒になっているのだろう。


「稚拙すぎますね」

「ちせつ?」


「隠し慣れていないと言うべきでしょうか。本人たちなりの計画で殺したはいいが、その場の思いつきで自殺に見せかけようとして、二度の失敗をした。今なら、犯人は相当あせっているでしょうね」


「どういうことだよっ」

 オルテナがカップの中を覗きこみながら不満を洩らした。


「なあ、オルテナ」

 マクガイアがテーブルから足をおろした。


「あん?」

「マルスコット・ウラのツラ。まだ憶えてるか」

「ったりめぇだろ。殺すまで忘れられるかよ」


「なら、オレの馬車貸してやる。今から他の連中の馬車も集めて、あいつの家を取り囲んでこい。表玄関、裏口。全部だ。声は出さなくていい」


「囲むだけでいいのかよ」

「ああ。それだけでいい。監視の圧迫を加えるんだ。やしきを出ようとしたら、その馬車にマルスコットの顔があることを確認して、追いかけて取り囲め。町から出すな」


「囲んでて、ヤツが剣を抜いたら?」

「鉄球をしこたま投げつけて、オレの前にしょっぴいてこい。公務執行妨害だと言ってな」


「にっししし。ガッテンだ」


「ただし、親父のヴィサリオの護衛隊〝ウラカン〟が出てきたら逃げろ。ヤツらはドワーフを人だと思っちゃいねえゲシュタポだ。相手にするだけこっちにケガ人が増える。オレが行くまで目を離すな」


 あいよ。オルテナは飛び上がるように席を立つと、外へ飛び出していった。


「おーい野郎ども。仕事だ。ファッ◯ン貴族のケツを蹴り上げに行くぜぇ!」


 ドアを閉めてもオルテナの怒声がここまで聞こえた。

 俺は家政長をいさめる目で見た。


「マクガイアさん……いいんですか?」

「悪いな。オレも最近雑務が多くて疲れてるみたいでな。ここらで〝強い者イジメ〟がしたくなったんだよ」


 俺は目をすがめた。


「それ、違いますよね。シマの帳簿整理で何を見つけたんです? 目的は、息子のほうじゃなくて、父親のほうでは?」


「なぜそう思う?」


「競売物件の中に、採算のとれてなかった美術館が五軒もあったのがずっと気に掛かったんです。しかも五軒とも展示物が彫刻です。その無名の彫刻家は、本名まで無名ですか?」


「ぐっふふふっ。お前さんがオレの味方でよかったよ。敵に回してたら、今ごろ帳簿も灰。この騎士団長殺しも暗い池の底だったかもな」


「兄貴。どういうことなら?」

 マシューがテーブルに肘を突いたまま行儀悪くコーヒーをすする。

 マクガイアはあごひげをざりざりと撫でて言った。


「シマはな。郡侯ヴィサリオ・ウラと癒着していた」


「癒着? 家政長が政治的にですか」


「ああ、ズブズブだったのさ。ホリア・シマは所詮、民衆煽動家でしかなかった。政治の外で喚いているだけの器だった。政治の中に入って、ヤツは徹頭徹尾、無能。死に体状態だったのさ。そこを海千山千の大貴族で議員のヴィサリオ・ウラに飲み込まれた」


「ほいじゃあ、兄貴。さっき言うとった美術館もか?」

「ああ。あそこの美術品は全て、ヴィサリオの三男ヴィスタチオ・ウラの作品だ。しかもその全てのモデルが、スヴェトラーナ・サラなんだとよ」


「ええっ、サラ夫人ですか!?」俺は思わず身を引いた。


 マクガイアは、テーブルを指でコツコツと叩きながら唇をゆがめた。


「これはサラ夫人から聞いた話だが、一時期、コンシュートは騎士団長という役職もあって、夫婦同伴でウラ家との晩餐会に呼ばれる事が多かったそうだ。そこを、サラ夫人がヴィスタチオに言い寄られた。義理でダンスまでは相手したらしいが、ヤツは何を勘違いしたか、図に乗ってきたらしい。かなり屈辱的な窮地を、夫コンシュートに助けられたこともあったそうだ」


「それで偽装離婚ですか?」


「ああ。不貞を理由にな。オラデアでは不貞を理由に離縁されたクリシュナ人の女性は、再婚ができない社会的制裁を受ける。オレに言わせりゃ、なんだそりゃだが、彼らはその悪習を利用し、家政長の愛妾ということにして、ウラ家の手からサラ夫人を護ったわけだ」


「ホリア・シマが、ヴィサリオ・ウラに頼り切りだったのなら、サラ夫人を献上してもよさそうなものですが?」

「狼。エグい線を突いてくるじゃあねえか。だが生憎、ヴィサリオは長身の女が好みじゃなかったらしい」

「あ、なるほど」


 好みの問題か。しかし家政長の愛妾なら、無名の彫刻家に美女をあてがう義理もなくなるわけだ。


「すると今度は、マルスコット・ウラが赤鎧騎士団に送り込まれたわけですね」


「ふんっ。そこも気づいてたのかよ。だがそういうことらしい。親父の威を借るドラ息子は掃いて捨てるほどいるが、この五男坊は兄貴と父親の意向を受けて入団したようだ」


「コンシュート・シマへの嫌がらせと、赤鎧騎士団の掌握ですね」


 マクガイアはニヤリと笑った。


「ああ。だが、コンシュートは管理官として優秀な男だった。職務中、ウラ家の末ガキごときに隙を見せなかった。そのガキの癇癪かんしゃくがドワーフに向かったのなら、業腹だがな」


 十五回に及ぶドワーフへの殺傷事件。結果、ウラ家は新市街すべてのドワーフを敵に回した。


「そうか。コンシュート・シマはホリア・シマの統制下では、ドワーフをかばう職務方針が持てなかった。でも今は違う。家政長がドワーフに変わった。それでようやく彼はマルスコットたちに処断する道理を得た。コンシュート騎士長は反撃に転じたわけですか」


「その勇気をくれたのが、従兄弟のホリア・シマの死だったと、オレは思ってる」

「えっ。彼が?」


 てっきりマクガイアの説教が効いたのだと思っていた。俺は意外な感じがした。


「ホリア・シマは執政長としては落第だったが、ヴィサリオに振り回された末に背任罪の囚人で終わられるより、〝魔狼の王〟で戦死した〝名誉〟が与えられた。これが職務に忠節を尽くすため、コンシュートにウラ家への負い目を抱かせず、ヴィサリオ・ウラと正面から向き合う決心を生んだと俺は思ってる。もちろん、我慢の限界だったとも受け取れるがな」


「でもその処断の結果、マルスコット達がキレたわけですね」


「オレがシマを議会で告発したことで、ヴィサリオのほうは癒着の証拠が出てこないか気が気じゃなかっんだろう。その期に及んでも、空気が読めない息子のドワーフ虐待だ。おまけに、怪しげな魔法使いに町中で返り討ちに遭ったことも厳しく叱責されたはずだ。

 息子は今回も守ってもらえると高をくくっていた父親の変心に、大慌てだったろうな。このまま騎士団をクビになったら家に居場所がない。泡食って、コンシュートの邸に向かった。室内で五対一にならなけりゃあ、あの騎士長が若造相手に負けるはずがなかったろうよ」


 マクガイアも悔しそうに故人をいたんだ。


「兄貴。ほいなら、コンシュートは五人がかりでやられたんかのぉ?」


「そうとしか他に考えらねぇな。騎士長相手に三下の騎士が一対一で、打撲痕一つ与えずに首へ縄をかけるのは至難だぜ。

 三、四人で手足を押さえ込み、五人目が首に縄をかけて絞めた。だがそれだと首に対して垂直の圧迫痕ができる。あの首の二重痕は、犯人が途中から他殺に見えてしまうことに気づいて、殺しのやり直しをしたってところだろう。そうか、狼。お前さん首の引っ掻き傷に気づいたな」


 俺は肩をすくめた。 

「ええ。死体安置所で確認させてもらった時、首が絞まったことへの窒息から、爪で首を引っ掻く反射が起きたはずなんですが、首がきれいだったんです。薬や酒などの匂いもありませんでしたから、おそらく犯人は複数犯だと思いました。サラ夫人にもそのことを伝えました」


「はぁ~。殺しのやり直しとか……ヘタクソかのぉ」


「マシュー。ヤツらは親父の目が怖くて、自分たちが罪をかぶらねえようコンシュートに罪を着せるのに必死だったのさ。それでわざわざ絞首刑結びの縄をかけて絞めた。だが殺した後で、縄の痕がおかしいことに気づいて、慌てて絞殺方法を切り替えた。今度はしっかり首に痕をつけようと思って甲冑を着せて吊り下げたが、今度は甲冑の重さに耐えかねて紐が切れた。どこで吊ったかは今、人をやってコンシュート邸に向かわせてる」


「コンシュートのやしき?」


「自殺に見せかけんだから、被害者の自宅がもっともらしいだろ。ヤツらは処罰撤回を訴えて、半分、上官殺しも選択肢にいれて家に乗りこんだはずだ。

 コンシュートは相手が剣を帯びてないことを確認して、真っ当な話あいだと油断したかもしれん。さーて、ここまでの推測で、どこまで真実に近づけたかねえ」


 少しして、外から衛兵長らしい人物が、部下を連れて入ってきた。

 ドワーフ族の家政長に、人族の衛兵長が踵を鳴らして、敬礼する。


「アシモフ家政長っ。ご指示の通り、コンシュート・シマ騎士団長邸の家宅捜索を行いました。その結果、地下蔵のはりから被害者の首にかけられていた縄と同質のちぎれた縄を発見しました。また死体発見現場の遺留品と照合しましたところ、同一と認められると判断いたしました」


「うん。それで。コンシュート邸の使用人からの証言はとれたかい?」


「はっ。執事の話では、本日七ツ鐘にマルスコット・ウラ以下五名の夜間来訪が確認されておりました」


「よしっ。法務局に逮捕状を請求。夜明けを待って、マルスコット・ウラの身柄拘束に向かう。装備はしっかりもっていけ。向こうは本気で抵抗してくる可能性が高い」


「はっ、了解しました!」

 衛兵達が立ち去ると、マシューはどっとテーブルに突っ伏した。


「やれやれ。これで一件落着じゃのぉ」

「なぁに言ってやがる。マシュー。ヴィサリオ・ウラとの喧嘩は、ここからが始まりだぜ」


「ええ、マジかぁ!?」

「当たり前だ。テメェの息子をパクられりゃ、やっこさんはオレのことを恨んでくるだろう。ドワーフごときがってな。お前やオルテナにも護衛をつけなきゃいけなくなるだろうな」


「うへぇ。面倒じゃのぉ。いっそ家政長権限で、家ごと潰してしもうたほうがええで?」


「まあ、そう言うな。うみは出せる時に出しちまった方が、後で回復も早くなる。だが慎重にやらないと出し切れなくなる。力加減は必要だ」


 マクガイアとマシューはテーブルにコーヒーカップを残したまま外へ出て行った。

 俺とマクガイアは無言ですれ違いざま、手紙を交換した。


「さて。それじゃあ、俺も行こうか」

 俺は暖炉の火に灰をかぶせ、キッチンの火の元を確認して家を出た。後についてくる青年に振り返る。


「どうだった。トビザル」

「いや、どうだったって。どうもこうも。わけがわからねえよ」


「だろうな。でも、あのレベルが上肢と家政長がやり取りする会話だと思うぞ」

「あれが、上肢……狼は話についていけたのか」


「まあね。だから俺は三人の家政長から可愛がってもらってるよ」サナダはまだよくわからん。

「す、すげぇ……っ」


「サルトビも、そうなろうか」

「うえぇえ? いやぁ。それはさすがに無理だぞ」

 ビビりまくっている青年の背中を叩いて、励ました。

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