第31話 やっと見つけた


〝魔狼の王〟討伐から、一夜明けた。

 俺たちがドッタンバッタン大騒ぎしている間に、ティミショアラでも事件が起きた。


 ヴァルラアム大聖堂司教にして尚書令しょうしょれいにあったタラヌ・カターリン枢機卿が自宅の書斎で死亡した。


 死因は、毒を飲んだことによる中毒死。自殺と見られた。


 残されたビンの残留物からニフリート暗殺に使用された毒物と同一である見られ、これまでの西方都督ニフリート暗殺の首謀者と見て、関連背景を調査する方針だそうな。


 知らせに来たロシュの説明によれば、七割が他殺。三割が自殺を示唆する物証が出たようだ。


「現場に入った衛兵達の間では、自殺に見せかけた口封じのセンが濃厚だが、口封じをした痕跡だけきれいに拭い去られて、自殺と処理できないこともない。ってことのようだ」


「犯人の目星は」

「具体的な人物はまだ。ただ、中央都と帝国が動いたのではないかと噂し合っていたな」


「中央都? どうして中央都が龍公主の暗殺を?」


「例の四肢再生だ。バトゥ都督補が他の三龍公主と差がついたニフリート様で都督補になった。次は大公の継承権を狙い始めるのではと警戒してるんじゃないかって話だった」


「四肢があるだけで、そういう野心の芽も出てくるのか。バトゥ都督補にその気配は?」


「ない。あっても、今は見せるつもりはないだろう。外からの進行を受け止めるので忙しいし、冬場に起こした兵三万の兵站負担で割を食ってるが、元々はティミショアラは交易で羽振りのいい都市だからな」


 俺はうなずいた。金持ち喧嘩せずの理論か。


「あれから、旧王国軍の動きは?」

「ティミショアラから西へ八キールほど行ったところに、キキンダって小集落に陣を張った。狼たちがよく立ち寄ってるズレニャニンの町から北に三キール。低い丘陵の上にある村だ。

 何百年も前のアスワン帝国からの侵攻から町を守ったことを今でも誇りにしてる住民性だな。それ以上の動きはまだない。ティミショアラと水面下で交渉に入ってるのかもな」


 俺はロシュに継続してティミショアラを見つめるように頼んだ。


  §  §  §


 午前。

 左足を失ったせいで熱はあったが、オラデアの町を出る。

 無茶だ。死ぬ気かと子供たちが懸命に阻んでくるので、その制止を振り切らずに連れて出る。 


 馬車に揺られて、俺は再びあの場所に戻った。


 わずか一夜で、ドワーフたちによって巨岩はどかされて、吹き溜まりのような場所に〝魔狼の王〟の痕跡はどこにもなかった。


 地下に産み付けられたはずの卵はすべて掘り出され、地下と地上の両方で石油をかけられて焼却した。穴は割った巨岩で埋め合わせして、残りの隙間に土がつめられ、巨石の周りは盛り土になっていた。


 そんな景色がどこか、墓標に見えなくもなかった。


「ドワーフは仕事が早いですね」

 盛り土の前に佇むふたつの小さな背中に声をかけた。

 シャセフィエル公子と太傳ヴォイクだ。


「狼。こたびの働き、大儀」

「ありがとうございます。それよりも、どうしてここに?」

「うむ。〝魔虹玉〟の回収にな。……ドワーフたちには世話になった」


「魔虹玉はありましたか」

 公子はうなずき、銀色の水筒のようなメタリックケースを見せてくれた。


「それは?」

「侍従庁の話では、〝解析用冷凍保存カプセル〟という物だそうだ。これに入れておけば、こちらから開けぬ限り、卵は孵化しないまま眠り続けるのだそうだ」

「へえ」


 一応、初耳の相づち。解析用だから冷凍保存状態で中身を確認するためのものか。

 中央都はよほど高度な技術を保有しているらしい。そのくせ他には反射炉すら許可しない。異世界干渉の回避はいいとしても、次の〝聖掃の儀〟にまた〝魔狼の王〟を復活させる気なのだとしたら、イカれてる。


「僕は何も労せず、務めを果たしてしまったな」

「それもまた天命でございましょう」


「ヴォイク。狼が足を失うことが、天命と申すかっ!?」


 覇気をはらむ眼光に、ヴォイクは押し黙った。わずか一〇歳の若様が本気でキレた。

 こいつは一本取られたな。爺さまよ。と笑いとばすには空気が重い。背後で俺を介添えてくれているスコールとウルダの視線も、爺さんの枯身を刺し貫きそうだ。


「若様は、もうお帰りですか」

 俺がなんとか子供たちの空気を変えようと声をかける。


「うむ。マクガイア達が二日酔いという疲労病で、午後にならないと起きてこれぬと申すのでな。その回復を待って、彼の者たちをねぎらってから中央都に戻ろうと思う。狼は、今日オラデアに戻らぬのか?」


 本当に勘のいい子だな。嫌いじゃない。


「はい。これから人に会いに行きます。よい傷薬を作るという老婆がいると聞いたもので」

「うむ。そうか。では狼、ここでさらばだ。この恩は忘れぬぞ。身体をいとえよ」


 俺は軽く頭を下げ、馬車に戻る。


「狼がなんで〝原転回帰リザレクション〟を使わないのか、わかった気がする」

 幌の中で、スコールがそんなことを言った。


「あの二人がなくなった左足を見せてどう反応するか、観察してたろ」

「そこまで悪趣味じゃないさ。でも三分の一、当たりかな」


「ふふっ。なんだよ、ほとんどハズレじゃんか」

「あの魔法を使うには、マナ蓄積が全然足りない。連発できないんだ。これが真相」


「へぇ、そうなんだ」

「あと、名誉の負傷をしてると、みんなが優しくしてくれるだろ?」


「うちは、いつでも狼しゃんに優しくすっとよっ?」

 ウルダが俺の腕にしがみついてくる。


 スコールは拍子抜けした顔をして肩を落とした。

「じゃあ、傷薬を作る婆さんに会いに行くっていうのは、あの二人の前でだけの誤魔化しかよ?」

「ううん。それが三分の二」

「はあ?」


「ヴェルデを使いに出した寒波の予測のタイミングの良さ。アルバ・ユリアでの領主の柔軟対応も神がかりすぎてた。だから一応、陰の功労者に前にお礼を言っておかないとね」


  §  §  §


 崖の下の婆さま。

 アルバ・ユリアの地元民に尋ねて向かったのは、町の北はずれ。

 水のきれいな川沿いの岩場に着いたのは、その日の夕暮れ前だった。


 通り名に違わぬ、切り立った岩壁の中にめり込んだみたいに家が入っていた。

 一見、猟師小屋に見せて、洞窟を利用した石造り。

 俺には、その雰囲気がどこか、擬態している蛾のような臆病さを感じた。


 俺、スコール、ウルダ、ヴェルデが横に並んで、ドアにしがみつく錆びたノッカーを叩く。

 すると、新聞投函口くらいの低い覗き窓から目が現れた。


「七本足の蜘蛛か……そろそろ来ると思ってたよ」


 ドアが開くと、老婆が丸まった背中を向けて家の奥に歩いて行く。


「さっさとドアをしめとくれっ。寒いのは苦手なんだよ!」

「まだ誰も入っとらんとに閉めろて、なんね?」


 ウルダが困惑そうに呟いた。


「うわ……なんこれ。変なニオイしとーとぉ」

「ドクダミだね。あとオトギリソウ……他は根っこ類が多いな。薬を調合しているのかな」


「狼の鼻ってそういうことまで分かるのか」

 肩を借りてる馬車係が苦笑する。


「あたしゃ、早く閉めろって言ったよねっ!?」

 部屋の奥から怒声が飛んできた。スコールが慌ててドアを閉める。


「おっかねー、バーサン」

「これ以上怒らせて追い出される前に、部屋へ行こう」


 室内は2LDK。室内は薄暗く日影も多いが、暖炉の熱は室内に行き渡っていた。

 リビングに入ると、部屋の奥でドスン、バスンと忙しない音がしている。

 どこに座っていいものか佇んでいると、老婆が両手にトランクを床に引きずって現れた。


「いつまでそこでぼーっとしてるんだい。このトウヘンボクっ! さっさとこれを積み込むんだよ!」


 トランクを押しつけられたスコールは目を白黒させた。


「ま、待ってくれよ。バーサン。オレ達は客だって」

「話なら馬車で聞いてやるから、さっさとおしよっ」


「馬車って、そんなのどこにもなかったぞ?」


「何言ってんだい。あんた達の馬車に決まってるさね」

「はっあぁ? なんでだよ!?」


「話の分からないガキだね。いいから積み込めって言ってんだよ」

だよ。言ってることムチャクチャなのは、そっちじゃんか!」


「つべこべ言うんじゃないよっ。鍋で煮て喰ってやろうかねえ」


「薬の調合はもういいのかい?」

 俺が訊ねる。老婆はプイッと顔を背けて、


「全部積み込んだ頃には煮詰めは終わる。火を落としたら後は鍋が勝手にやってくれるさ」

「そうか。わかった。──スコール、ヴェルデ。その荷物を馬車に積み込んでくれ。ウルダは俺を運んでくれるか」


「ん。了解」

「マジかー。くっそ」


 スコールはぶつくさ言いながらトランクを抱え直した。なんだかんだ言っても旅には慣れてる彼らは、テキパキと荷物を馬車まで運ぶ。


 最後に老婆が杖一本で家を出てきて、ドアの外に──


【旅行中につき、1回大匙3杯まで。銅貨5枚。代金は鍋のそば】


 と皮紙で貼り紙した。

 傷薬の無人販売所か。馬車の荷台から眺めて、俺は老婆の商才に感心した。


「なんだい」

 馬車ハシゴをのぼってくるなり、老婆が俺をむっとにらんでくる。


「商売が上手いなって思ってね。でも薬を余分に持って行かれたり、代金を盗まれたりしないのか?」

「ふん。あの家は結構気に入っていてね。居座られてかっぱわれるよりマシさ」

「あー。なるほどね」


 家の所有証明でもあるわけか。地元民の出入りがあれば、不法滞在もないわけだ。


「防犯と商売、一石二鳥か。賢いな」

「ふん。ちょっとした知恵さ」


「そう言えば、名前を聞いてなかったな」

「あたしゃ……崖の下のババアさ」

「じゃあ、リンクス婆さんって呼んでいいか?」

「っ。……好きに呼べばいいさ」


 許したくせに目が笑ってない。


「んで、バーサン。旅はどこまで行くんだ?」

 御者台に座ったスコールが幌の中に声をかけてきた。


「セニだ」

 俺が決めた。リンクスを含めてみんなが言葉を失う。


「オラデアに向かい、ティミショアラ。それからカーロヴァックを経て、セニまで来てもらう」

「狼。マジで連れくるのかよっ」


「ティミショアラは〝凶〟。急難ありだよ」

 リンクスが不吉を口にした。だが俺は動じなかった。

「大丈夫。すぐに終わるよ」

「終わる?」


「手は打った。教えてくれたのは……さあて、誰だったかなあ?」


 そらとぼけてみせると、左膝を杖で殴られた。


「いっ! い……いいいぃ?」


 とっさに言葉にならない声が二種類、出た。

 痛いと思った直後に、左足が復活していた。


(無詠唱の〝原転回帰リザレクション〟……ッ!?)


 あまりの出来事に、俺や子供たちまで二の句が継げられなかった。


「さあ、狼男。この旅で、きみはにいくつ借りを作るのかねえ」


 おい。油断して口調がおかしくなってきてるぞ。


 久しぶりに会った〝星儀の魔女アストライア〟は、心をなかなか開いてくれない。

 ようやく見つけたと思ったら、恩着せがましい態度で再会の喜びを煙に巻こうとしている。

 素直じゃないヤツ。

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