第26話 魔狼の王(25)


 ひと目会ったその日から、故意の花咲くこともある。

 喧嘩という花が。


 オラデアの町。マクガイア家のバンガロー。

 到着は、昼を過ぎた頃。

 ウルダと馬車係には、旗艦の継続偵察に出てもらった。


「おい。どういうつもりだハンマーヘッド。ライカン・フェニアはとっくに帝国入りしたって聞いたぞ。仲間にダシ抜かれて、部下にも置いて行かれたのか?」

「ダンジョン保守管理ってあんまり儲からへんもんなんやなあ。逃げ回り人生の掘っ立て小屋暮らしは長いんか?」


「役立たずだからって虎猫を捨てて行かれると迷惑だ。さっさと帝国のおうちに帰んな」

「オラデアの町はいつから&#%$(自主規制)の住処になったんか思てたけど、ここまだオラデアの外やん。どうりでゴミ溜めの腐卵臭がすると思た──」


「やかましいーっ!!」

 カラヤンの一喝で、二人の喧嘩問答が止まった。


「おい、狼。こりゃ一体どういうこった」

「その人は、帝国の情報局長エミー・ネーターです」

「帝国っ。情報局長ぉ!?」


 目を剥く上司の驚きを俺はあえて受け流し、傍に立つ少年を紹介する。


「俺が連れてきたのはそっちじゃなくて……。こちらは、公国第二公子シャセフィエル・アゲラン・ズメイ様です。それから元公国中央都宰相で、現在第二公子太傅のヴォイクさんです」


 二人を紹介すると、カラヤンとマクガイアは少年の前に片膝をおって敬礼した。


「ティミショアラ都督補ヴィクトール・バトゥ直属遊撃隊カラヤン・ゼレズニーでございます」

「オラデア新市街ギルド組合長をしております、マクガイアでございます」


 少年は清涼感のある微笑みを浮かべて、うなずいた。


「うむ。こたびの〝魔狼の王〟討伐の骨折り、大儀である」

「「ははっ」」


「なにぶん、都の外に出たのが初めてゆえ、世事のことは何もわからぬ。エミー・ネーターはこたびの討伐に際し、与力を請うた。思う所はあろうが、構えて協力を頼みたい」


「真に恐れながら、殿下」マクガイアが拱手して言った。「かの女は間者でございますぞ」


 少年は穏やかに微笑んで、うなずいた。


「知り得た情報を我が助力の代償としてもらった。我が身の不遇ゆえに渡してやれる物がなにもないのでな。このことは大公陛下にも隠密にしてある。この身は不甲斐ないが、両名も欲しい情報があればできる限り出すので、〝魔狼の王〟討伐の助力を改めてよろしく頼む」


「「ははっ」」


 それで第二公子に上座へ座ってもらい、報告会になった。

〝魔狼の王〟の駆逐艦四隻の打破を報告すると、残り四隻の消息はカラヤンから報告された。


「昨日の夜だ。オラデア郊外の集落を襲われた」

「もしかして、カラヤン隊の駐留地ですか」

 うなずくカラヤンの表情がなぜか明るい。

「ヴィヴァーチェとヴェルデがいい仕事をしてな。隊で株を上げてる」


 ヴェルデがコウモリから駆逐艦の接近を聞いて、それをカラヤン隊に伝達したそうだ。ヴィヴァーチェと口べたな二人が一生懸命に言葉を尽くしたことで、第7隊がこれを支持。すぐさま各隊に伝達されて、臨戦態勢が組まれた。

 マンガリッツァの末弟が、長男に直接言わず第7隊へ報告したことが、カラヤンを驚かせたようだ。

 果たして駆逐艦四隻が現れ、戦闘は三時間に及んだ。

 家屋三軒が全半壊。負傷者が三〇名近く出したが、死者はゼロ。日頃の交流から住民との連繋もとれており、彼らに感謝もされたそうだ。


「ヴィヴァーチェのやつ、今頃デレデレに照れまくってるだろうな」

 スコールが我がことのように喜んだ。


「カラヤンさん、魔狼の処理は?」

「お前がデーバの町でやったみたいに指示を出した。深く掘った井戸穴にスコップであのヒルの欠片を集めて放り込み、油をたっぷり入れて火をつけた。あとは住民総出で森に入ってヒル狩りだ。もっとも夜通しで狩り出しても、数匹しか見つからなかったがな」


「これまでも移動中のヒルの剥落はごくわずかでしたからね。大丈夫でしょう」

 その説明に、シャセフィエルが興味津々で聞き入っていた。

「兵も武器もないのに魔狼の襲撃を止めるとは、民は逞しいのだな」


「はい。自分の家族や住む場所を守るわけですから、兵である必要はありません」

 カラヤンが言葉を選んで説明すると、第二公子はふむふむとうなずいた。健気。

「その件に関して、アラム家家政長ホリア・シマは何と言ってきましたか」


 俺が指摘すると、カラヤンはつるりと頭を撫でた。


「なんで、シマが言ってくると思った?」

「むしろ言ってこない方が不自然でしょう。町の郊外といえどもオラデア地域なら、その管轄領主はアラム家です」


 カラヤンはニヤニヤしながら、俺を見る。


「まあ、そうだな。なら、なんて言ってきたか当ててみるか?」

「そんなに分かりやすいセリフを吐いたのですか。うーん……『我が領内に他家の軍が長期駐留する許可は与えていない。なぜ勝手なマネをした』でしょうか?」


「くふっふっふっ。やっぱり、わかるか」カラヤンはどこか悲しそうだった。

「ええ。だからカラヤンさんなら、こう言い返したでしょうね」


   §  §  §


「勝手なマネをするなだぁ!? なぁんのことですかねえ。この町に届けは済んでますよ。〈ヤドカリニヤ商会〉の買付けだってね」


 早朝。オラデア郊外の町。


「そんな話は聞いておらん。一〇〇人規模の買付けなど聞いたこともない」

「商会の買付けであれば、町の長は行政庁に届け出がいらない。それが一〇〇人規模であってもです。元々届け出の理由ってのは、町で他所から来た徒党とトラブルになるのを防ぐためだ」


 トラブルになるどころか、カラヤン隊は町住民と良好な関係を築いていた。そのせいか、どの隊員の表情にも悪びれる所など一つもなかった。


「なら、貴様がティミショアラ都督補指揮下のカラヤン・ゼレズニーというのはでたらめか?」

「いいや。本当だ」

「なんだと?」


「おれと一〇名ほどが、ティミショアラ遊撃隊です。だが、こいつらは〈ヤドカリニヤ商会〉の買付けを護衛する傭兵達だ。それがたまたまこの町に居合わせたんで、共闘した。それがどうして駐留する許可がいるんですかねえ?」


「ぐっ……ヘリクツを」

「あと言っときますがね。おれ達はアラム家のために、この町を守ったんじゃあねえ。龍公主カプリル様がこの町を好きだと仰ったから守ったんだ」


 カラヤンが断言すると、住民から一斉に拍手喝采が起きた。ホリア・シマは馬上で真っ青な顔を歪める。カラヤンは手を挙げて彼らを宥めると、さらに言った。


「それで家政長、この町には何の用向きでいらっしゃったんですかねえ」

「っ……〝魔狼の王〟の被害状況の確認だ」


「莫迦野郎ぉ!」

 カラヤンは雷鳴のごとき大喝で、ホリア・シマを怒鳴りつけた。


「あんたたちに領民を守ろうっていう騎士道はねぇのかっ。甲冑も着けずに全部終わった後からやってくるとは、どういう了見だ。おまけに被害状況? なんで終わった話をしてるんだ。あんたたちは誰の代理人だ。一体どこから稼ぎを得てるんだっ。答えてみろ!」


 住民から賛同の歓声が起こった。

 ホリア・シマが恨めしげに馬上を翻した。カラヤンはその背を呼び止めた。

 一枚の地図を手渡す。


「これは……この地図が何だっ」

「これが今、起きている現実です。ティミショアラ家政長にもこれと同じ物を送ってあります。あんたも家政長なら、これの意味が分かるはずだ」


 ホリア・シマは差し出された地図を食い入るように見つめていたが、取ろうとしない。それよりも周囲に集まってくる町住民の視線が気になって仕方ないらしい。


「し、知らん。もういいだろう。私は忙しいのだっ!」

 地図をつき返されて、逆にカラヤンが慌てた。


「ちょっと待てっ、よく見てくれ。シマ家政長。これは〝魔狼の王〟に関することなんだぞ。この件の情報が入っていないのか。誰なら知っている? 担当者は誰なんですか」


「担当……、くっ、私に決まっているだろうっ!」

「なら、どこまで把握している。今こそおれ達と情報共有するべきでしょうが。敵はもう目の前まできてるんだ!」


 カラヤンは口調を強くして訴えた。

 ホリア・シマは苦々しく見下すと、


「カラヤン・ゼレズニー。貴様は何を言っているんだ。敵主力は貴様の手の者が潰したのだろう? 手柄を奪っておきながら、ぬけぬけと。人を見下すのもいい加減にしろっ」


「な……なんだとッ!?」

 こんな時に何を言ってるんだ、この男は。


「北の森で〝魔狼の王〟の巣が破壊されたと聞いた。後は護衛していた五体の大型個体を滅ぼせば、この件は片づく。だから小物に関わっている余裕はなかったのだ」


「小物っ? だったら、大型個体は今どこに行ったか把握できたのですかっ」


「それはっ。それを今探しているのではないかっ。情報はまだないが、必ず見つけて滅ぼしてやるとも。ああ、そうだとも。アラム家家政長ホリア・シマの名にかけてな!」


 馬の蹴った泥が、カラヤンの鎧にはねた。ヴィヴァーチェを始めとする隊員が激怒したが、カラヤンは地図を握りしめたまま遠ざかる騎影を見送った。


「なんてこった……人の器ってやつは。現実すらも見ようともしねぇのかよ」


  §  §  §


 マクガイア家のリビング。

 カラヤンの話を聞いて誰も何も言わない。家政長の手腕評価どころか批判すら無意味に思えた。

 俺はうなじをもふもふする。別のことを訊ねた。


「ロシュは来ましたか」

「ん? ああ。郊外の町に来た。ちょうど襲撃が終わった夜だ」

「壁の外で何か動きがありましたか」

「ああ、動いた。ブレタとペシュトって町の領主二人が首を刎ねられた」

「首を刎ねられた?」


「刑場に引き出したわけじゃなく、二人を呼びつけて問答無用にやったそうだ。オクタビア王女がな」

 それって殺人事件じゃないか。


「では、グラーツはどうなりました」

「領主のワルダー・クリーンが誘拐されたそうだ。警護の騎士は全滅し、馬車ごと連れ去られたそうだ。行方はまだ分かっていない」


 俺は思わず頭を掻いた。攻め込むのではなく、領主粛清。領主誘拐……盲点だったな。


「大聖堂派のことは何か言ってましたか?」

「うん? ああ、リストを置いていった」

「ロシュ。忙しそうですね。何かあったんですか?」

「うん。ニフリートが可愛がっていた、例の毒を嗅ぎ分ける老犬が、死んだらしい」


「えっ」

「殺されたそうだ。メドゥサから報せがきて、ロシュが急いでヴェルデをつれてティミショアラに戻った。いよいよ向こうもきな臭くなってきやがった」


「ティボルはどうしました?」

「あいつも今、ティミショアラに戻ってる……。おっと、そうだった。こっちに来る時、あいつからお前に渡してくれって頼まれてた。まったくおれまで鳩屋になった気分だな」


 テーブルに書簡が置かれた。俺はすぐに封を切って、中を検めた。

 中身は新聞の切り抜きのコピーだった。紙の印刷物はひどく久しぶりで、手触りに胸が熱くなった。紙は偉大なり。

 内容はちっとも感動的ではなかったが。


【カナダで車突っ込み女性一名、一家五名死傷 反ウマイヤ教へのヘイトか】


【カナダ・オンタリオ州ロンドンで十三日、歩道を歩いていたウマイヤ教徒の家族五人にピックアップトラックが突っ込み、家族四名が死亡、七歳の長男が重傷を負った。また近くを通行中だった女性教師ナディア・サラディン・タオさん(二七)が心肺停止。

 警察はトラックを運転していたガブリエル・バルマン容疑者(二〇)を逮捕し、殺人などの罪で訴追した。被害者と面識はなかったという。

 動機についてロンドン署ヨハンセン刑事部長は「バルマンは、ウマイヤ教徒を狙った計画的な犯行だという証拠がある。犠牲者はウマイヤ教徒だから狙われてしまった憎悪犯罪ヘイトクライムとみて捜査している」と述べた。   】

『バンクーバータイムス/二〇二一年九月一三日付』

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