第22話 魔狼の王(21)


 払暁の籠城戦。寄せ手(攻城側)の数は少ない。

 戦いの鍵となるのは、町の西側にある高さ七メートルの岩斜面と四〇センチ程の城壁だ。


「弓隊っ。火矢用意っ! ──放てぇっ!」

「うわぁっ。ほほ本当にバケモノが登って来やがったよ!」

「次っ! 戸板組、用意っ! しっかり押さえよっ。くるぞ、前へ戻せぇ!」


 フニャディ伯爵が有志騎士と義勇民を鼓舞して、丘陵を駆け登ってくるクモを木製のドアを使って押し返す。その上を乗り越えようとする狼頭(俺のことじゃないぞ)に、火の付いた焼夷手投げ弾を投げつけた。火薬のように炸裂はしないが、アルミ粉末のテルミット反応で強く燃え上がる。


〝魔狼の王〟は熱よりも、その光の強さに驚いて動揺しているようだった。そこへカラヤン隊と騎士の槍、住民持参の藁フォークでしたたかに突き落とす。

 カブトムシ自動車くらいの巨クモが背中から丘陵を落ちていく。

 そこに寄せ手の背後に回り込んでいた魔導具による機動組三人が、空から火の輪を作って焼夷手榴弾を地上へ投げ落とす。とにかく敵に切断耐性があるので、燃やすのが手っ取り早い。


 およそ四〇分後。


 夜が明けて周囲に色が戻ってくる頃。坂の下で真っ黒に全滅した敵を確認した。

 俺は後始末係。原油をかけて火をつける。それから索敵魔法で欠片サイズの生命反応が周囲にないかを確認。見つけ次第、焼き殺した。

 この場にひと欠片でも残せば、文字通りの禍根となる。


「狼」

 黒煙をあげて燃える火を眺めていた俺の背後に、スコールがやってきた。

「古城の旗艦が移動を始めた」

「方角は」

「北西。予定通りオラデア方面に向かってる。護衛艦四隻も残らずそれについていった」


 護衛艦が一隻、消えた。


「了解だ。ここが終わったら古城に向かう。ひと欠片も残すわけにはいかないからな」

「了解。なあ。狼」

「なんだい?」俺は振り返った。

「あのさ。ヤツらも腹減ってるのが限界超えると、他の動物みたいに共食いとかってするのかな」


 彼の言わんとしていることがすぐ理解した。俺は意外とがっしりした肩に手を置いた。


「いいアイディアだ。今から古城へ行こう。その確認作業が終わったら、すぐに後を追う。まだまだ気が抜けないぞ」

「了解っ」

 スコールはニカリと笑みを返した。

「馬車係ーっ! 旗艦が動いた。撤収準備だぁ!」

 崖の上に声をかけると、引く城壁から馬車係が顔を出して手を振った。


  §  §  §


「残念だ。これからともに朝食でもと思ったのだがね」

 フニャディ伯爵が似合わないヒゲをくゆらせながら言った。


「このような悪臭をまとった身では、閣下との朝食の栄誉も損なってしまいます。先を急ぎますれば、どうかこのまま。閣下のお働きは、必ず主人に伝えさせていただきます」


「おっ? おお、そ、そうか? うむ。よしなに頼むぞ。ヤーノシュ・フォン・フニャディの働き、しかと伝えてくれ」ちょろいな。


 俺と馬車係は深々と頭を下げて辞去すると、住民の皆さんに見送られて馬車を北へ向かわせた。


「ふ、ふへへっ。オレ、生まれて初めて善いことしたよ」

「ああ。だな。おれもだ。しかもバケモノ退治だぜ。帰ったら自慢できるぜ」


 隊員達の疲労も興奮で薄まり、笑顔で達成感に浸っていた。


「みんな。ご苦労だった。手綱は俺が請け負うから、睡眠と補給を摂ってくれ」

「狼はいいのかよ」

 隊員が急に上官に配慮深くなったのが、可笑しい。


「もちろん、後で替わってもらうさ。この戦いは、いま始まったばかりだからな」

「お、おう」

「最初に言っておく。古城に敵の残存はなかった。だから今、俺はこう仮定している」


 視線傾注する隊員たちに、そう前置きした。


「〝魔狼の王〟の旗艦は、護衛艦から八隻の駆逐艦を割いて、町に食糧調達に出かけた。ところが俺たちがそれを防衛阻止したために食糧が手に入らず、八隻を割いた護衛艦を喰ったと思われる。いわゆる、共食いだ」


 幌の中が急に寒くなった気がした。誰もひと言も発しない。実際は共食いというより再結束にともなう融合と思われるが、そこまで説明すると話が面倒くさくなりそうなので言わないでおいた。

 俺は続ける。


「それにより旗艦はひと回り大きくなっていると思われる。護衛艦はあと四隻。そして、この地図によれば、ここまま旗艦が都市オラデアまでこの最短の道を進むのなら、途中に集落はない。

 このまま行けば、旗艦は護衛艦を喰って飢えを凌ぎながらオラデアの町にたどり着くだろう。そしてその時こそ、旗艦は住民達の血と肉で飢えを癒やし、それまで喰った護衛艦のために卵を産み続けるだろう」


「あの、狼」馬車係が手を挙げた。「それじゃあ、旗艦は巣を作るのを諦めたということかな」


「いや、諦めていないはずだ。実は、あの旗艦がこのままオラデアへ突っ込んでいくのかどうかは五分五分だと考えている。前回の旗艦はオラデアの町には、なぜか近づこうとしなかったからだ。その理由も今のところ分かってない。

 しかし旗艦の飢えと産卵の焦りは限界を超えつつあるのは確かだ。今回ばかりは町に突っ込んでいくだろうと俺は見ている」


「じゃあ、護衛艦が代わりに食糧調達するってことか?」スコールが言った。

「いや、護衛艦の役割は徹頭徹尾、旗艦の護衛のはずだ。だから町への調達は、護衛艦が自分の身体から駆逐艦を割いて向かわせるはずなんだ。その役割分担は彼ら自身も変えようがないと思う。

 だから俺たちは、できる限りヤツらよりも速くカラヤンさん達と合流して、善後策を練る必要がある」


「おれ達はいいけど、その前に馬がへばるね」馬車係が言った。

「そこでだ」

「うわ、何その待ってました感。嫌な予感しかしないよ」馬車係が嫌な顔をする。


「次の馬休憩に時間を長くとり、俺はカラヤン隊長宛てに企画立案書とアルバ・ユリアでの交戦報告書を書く。それを口頭説明できる人物に伝令として運んでもらいたい」


 スコールとウルダが同時に、馬車係を見た。


「おおい。おれの先輩だろ。きみら」

「うち、口べたっちゃけん」

「オレもうまく説明できない自信がある」どんな自信だ。


「なお、この伝令係は二名を選出する。それでいいだろ。馬車係」

「おれは確定なの。新人をコキ使うと、潰れるのが速いぞ」

 俺の采配を、どっかの球団みたいに言うな。


「じゃあ、スコールと行くよ」

 俺はうなずくと、すぐ小首を傾げて、

「となると、その流れで炊事係はウルダになるけど?」

「第2班長で」

「ぜひ第2班長で」


 隊員たちが次々と大真面目な顔でウルダ票に手を挙げた。


「だったら、最初からおれに選択の余地なんてないんじゃないか」

 馬車係は肩をすくめた。

 いやー。機動剣士隊に有能な人材が入って俺は助かるよ。


   §  §  §


「アシモフ博士ぇっ」

 赤を基調とした戦闘スーツを着込んだ少女が勢い込んだ様子で歩いてくる。

機体振動バフェットが直ってへんかったでっ。どないなってんの!?」


「お嬢。おめぇさんが発注した速度域での機体修正はとっくに済んでたよ。直ってることに調子こいて、おめぇさんがその速度域の上で飛んだ。だから、またバフェットが発生するに決まってる。もういい加減スピードにこだわるのはやめろって言っただろ。身が持たねぇぞ」


「なっ、何言うてん。う、ウチはなんともあらへんよ。敵の攻勢も勢いを増してきとるんや。速度上げて敵陣中央突破からの反転強襲。これがヤツらに一番効くんやって」


 にしししっ。得意げに歯を見せる少女。一日平均十二時間の飛行疲れも見せない。なら、こちらも心配する顔はあまり見せられない、か。


「お嬢。そりゃおめぇさんが正面突破が気持ちいいから癖になってるだけだろ?」

「うっ。むむぅ~っ」


 唇をすぼめて頬を膨らませる。足の先から頭の端まで元気がつまってるだけに世話のかかるお嬢ちゃんだ。


「カプリル大尉殿。ラン&ガンは〝龍〟の損耗が激しい上に、集中砲火を浴びるから撃墜されやすい。なのに他の嬢ちゃん達も面白がってマネをし始めてるそうじゃねえか。だから司令部から作戦上の支障アリと見て、却下されたんだろう?」


「せやけどな、博士ぇ。あの戦法が一番ええ実績上げてると思わへん? 思うよなぁ?」

「実績と、整備コストと安全性を天秤にかけるなんざぁ、オレにゃあできねえよ。一流の職人が安全性を度外視したら、しまいだからな」


「え~っ。博士ぇ! ラン&ガンは戦闘機乗りのロマンやで~ぇ?」

 なあなあ、博士ぇ……。


 ……っ。


 またあの夢で目が覚めた。


 後悔してる悪夢でも、楽しかった甘夢でもない。

 大事にしたい夢だって、まだ他にいくらでもあるだろうに。

 あれはいつもの、ほぼ日常と言っていい、積み重なっていくだけの記憶だった。


 なのに今になって、それらがこのロクデナシをさいなむ。焦らせる。


 あの頃。機体ポテンシャルはとっくに限界を超えて、技術アイディアも底打ちだった。途中から司令部が大昔にあった日本帝国軍のような根性論まで持ち出して、整備部を胸灼けさせた。


『オレたちゃ、あの子らを五体満足のまま、この艦に連れ戻す機体をこさえるのが仕事だ。玉砕覚悟の作戦なんてヘドが出らぁ。無策をうたいてぇなら、壁に向かって賛美歌でも謳ってやがれっ。このゲシュタポが!』


 そう吐き捨てて、会議場で軍人相手に殴り合いになったこともある。


 複製体ホムンクルスは、使い捨てが利くスペアボディなんかじゃねえ。接敵まぎわの恐怖に声もあげれば、仲間の死に悔しさも、悲しみもある。

 送り出したあの子らが無事に帰ってこなかった時の痛みを感じなくなったら、メカニックはおしめぇなんだ。どうせ代わりがからとパイロットを無視するなら、いっそこの体と頭を改造して機械に生まれ変わればいい。


 こんな片道切符の旅。いっそ人でなしになっちまった方が、楽なのさ。


 寝室のドアがノックされた。頭から夢の残滓が消える。

 ああ、暗い。呪いに満ちた朝だ。最近じゃあ、SFめいた世界の戦闘機メカニック長より、ファンタジー世界のドワーフ職人組合長のほうが収まりがいい。


「ガイ兄ちゃん」

 ドアの隙間からオルテナが顔を出す。

「今、何時だ」

「朝の五時半。カラヤン隊長が顔貸してくれって来てる」


 カレンダーを見る。ただ三〇に区切っただけの黒板予定表。今日も予定の仕事が七件。

 洞窟の旗艦を滅ぼして五日。いや六日が経っていた。


「ひとりか」

「副官に見えねぇ子供が二人。狼はいない。三人とも泥だらけのひでぇナリだ。急いで町に入ってきたらしい」


 吉とも凶とも知れねぇか……。ベッドから体を起こすと、足を床につける。


「中に入れてやれ。あと、コーヒー人数分。オレには砂糖とミルクたっぷりで頼む」

「何か食べた方がいいぜ」

「まあ、あとでな」


 ぞんざいに答えて、ジーンズを穿く。今日はいつになく冷える。

 動きがあったようだが、狼はまだ現場だろう。上司がその話をもってきたに違いない。逃げた〝魔狼の王〟にケリが付いたか。あるいは正念場が近い。そんな気がした。


(バトゥのも、よく働く勇者どもを巻き込めたもんだ)


 マクガイアは、部屋からでる前に写真立ての集合写真に目を向けた。


 【HAPPY BIRTHDAY FOR PROFESSOR♡ WITH LOVE 4SISTER】


「呪われた実父のあんたが狂っても、あんたの娘達まで呪わせやしねぇ。大公。あんたの代わりにオレ達がその呪縛、解いてみせるぜ。絶対にな」

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