第9話 ヴィヴァーチェの実力


〈ヤドカリニヤ商会〉は人が増えた。

 とくに警備隊の意味合いが強いカラヤン隊は、八〇名におよぶ。大所帯だ。


 剣士班、弓兵班、工兵班の三部門に分かれて、編成はカラヤンみずからがした。

 内訳は、剣士班五〇名。弓兵班二〇名。工兵班一〇名。平均年齢は二一歳。


「班長、おかえりなさい。お疲れ様ですっ」


 スコールを見つけるなり、彼より三、四歳年上の若者が挨拶する。


「ウルダを呼んできてくれ。副長と戻ったって」

「了解っす」


 若者が駆け足で、乱取り稽古の中を行く。


「あのぉ。副長って……?」

「狼のこと。決めたのはカラヤンおっさんだからな……ノリで決まったんだけどさ」


 最強部隊のナンバー2をノリで決めんな。


「俺の知らない間に、随分大所帯になってるのは?」

「ラリサが集めてきたんだ」

「彼女が?」


「おっさんに稽古つけてもらって、だんだん自信ついたみたいでさ。時間があると、商会に黙ってあちこちの町で腕試ししてたんだ。ここじゃバレるからリエカやプーラまで足伸ばして、冒険者ギルドとか繁華街とかトラブル探しちゃ首つっこんでさ。そしたら、いつの間にかそこら辺の悪ガキどもから一目置かれてた」


「スコール。やけに詳しいね。確か、大抵のゴロツキじゃあ相手にならなくなったんだっけ?」


 俺は彼を横目で見た。


「あっ。へへっ……やっぱりバレたか」


 ラリサとスコールなら、有り余った強さ若さを発散させる悪企みをするにも、気が合いそうだ。被害に遭った不良たちに、合掌。


「けど、ラリサが連れてきたのは本当なんだ。あいつ姐御肌っていうか、面倒見が良くてさ。おれよか人気があるんだぜ?」


 女カラヤンだからな。するとそこへ、ウルダと一緒にラリサもやって来た。

 徐々にウルダの近づく速度が上がる。たった一ヶ月なのに、存在が大きく見えた。


 両手を広げて待ち構える俺の胸に笑顔が飛び込んできた。


(うぉごっ! この子の突進力、こんなんだっけ……ッ!?)


「狼しゃーん。おかえりーっ!」

「ただいま。ウルダ。会いたかったよ」


 力いっぱいしがみついてくるのをこちらも負けじと包んでやる。すると横から抱擁を怪力で引き離された。


「いつまでやってんだよぉ。小娘。狼とべたべたすんなぁ」


 ヴィヴァーチェが不機嫌そうにウルダを見る。

 ウルダにしてみれば、久しぶりのスキンシップなので目に敵意を隠そうともしなかった。


「なぁん、あんたっ。うちと狼しゃんの久しぶりのだんらん邪魔すっとや!?」

「ウルダ。彼はヴィヴァーチェ。〈マンガリッツァ・ファミリー〉の七男で」


「マンガリッツァ……こいつがっ!?」


 あれ。ウルダはヴィヴァーチェとは初対面だったのか。予想外だったので俺もどう話を進めようか困った。


 俺はウルダを寂しがらせないよう、立ち寄った町で必ず手紙を書いて送るようにしていた。ロギに町の景色を描いてもらい。それを添えて鳩屋で送った。


 その手紙にゴブリンのことも書いたし、ハティヤのことは鳩を三羽飛ばすほどの文量になった。ウルダが一番知りたいことだと思ったからだ。マンガリッツァのことはそういえば書いていなかった。


「狼しゃん。まさか、こげなのをカラヤン隊に入れるとや、なかろうね?」

 俺は割と真剣に、両手を使ってウルダの怒りを制した。


「待って。待ってくれ。ちょっと俺の話を聞いてくれ。いいかい? スコール、きみもだ」

「いや、別におれは冷静だけど」肩をすくめられた。


 俺は頷くと、改めてウルダを見た。


「もういい?」

「うちも、はじめから冷静っちゃもん」


 顔はずっとプンスカしてるんだよなあ。


「実は、俺はこのヴィヴァーチェを、ティミショアラにいるカラヤンさんの弟子入りを兼ねて連れて行くことになってるんだ」


「なんそれっ。やっぱりカラヤン隊にいれっとやんっ!」


「ついて、はっ! 彼の実力をあらかじめ知りたいと思っていますっ。そのために二人に協力をお願いしたいんですっ。カラヤン隊に入るかどうかは、また別の話でね」


 たぶん、エディナ様が許さないと思う。商会付属の自警団だからな。


「……協力ぅ?」

 ウルダが疑わしい目で俺を見上げる。

「うん。設定は二対一。時間は三〇分。警棒。魔導具装備」

「狼。こいつにいきなり魔導具使っていいのかよ」スコールが軽く目を見開く。


「スコール。思い出してくれ。彼は俺とゴブリン叩きをして、俺に勝ってるんだ。腕っぷしだけなら相当強いはずなんだ」

「ゴブリン叩き?」


 ウルダが興味を示した。俺がヴィヴァーチェと二人で殴ったゴブリンで廃屋を倒す勝負をしたことを話した。手紙ではゴブリン退治としか書かなかった。

 腕力が強いと注意喚起のつもりだったのに、ウルダの武闘派本能の火に油を注いだかも。


 さらにヴィヴァーチェが調子にのって、仲良しアピールで俺の肩に腕を回した。すぐに振り払ったが、こいつが注いだ何かでウルダの闘炎が変色反応を起こした。


「こいつ、今すぐここでめ落としちゃるばい……っ」

「もしもし、ウルダさん……本気はナシですよ?」


 どうしてこうなった。スコールとラリサに助けを求めようとしたら、すでに楽しそうなので、もう手遅れっぽい。


「ねえ、狼。環境設定はどうする?」ラリサに訊かれた。

「え、建物とか設定できるの?」


「今、乱取り稽古してる三面をかした分だけの面積しかないけどね。市街戦っていっても壁板カキワリならべて、二階建てくらい?」


 いいじゃないか。すごく本格的な演習だ。


「じゃあ、路地戦にしよう。──傾注っ。訓練種目変更。二対一、要人警護訓練。時間は十五分。警棒、魔導具装備。ヴィヴァーチェの護衛から始めて、俺を守ってくれ」


「あいよー」

 この七男。今、最後の言葉だけ理解できた顔をしたぞ。大丈夫か?


「スコールとウルダは、俺の身体を奪うか急所に塗料を着けたら勝ちだ。ヴィヴァーチェもそれでいいな」


「んー? それなら、敵を全部やっつけたほうが早くないかぁ」


 ヴィヴァーチェのその余計な一言が、スコールとウルダを本気にさせた。


「狼。おれ達も、コイツを無力化できたら勝ちでいいよなぁ?」

「あの、えっと。それだったら、俺、最初からいらないよね?」


「いいねえ。狼争奪戦。熱いわー」

 ラリサが他人事で盛り上がってる。勘弁してくれ。こっちは寒気を覚えるわ。

「あのさ、みんな真剣に訓練やろうよ。ねっ。俺、要人警護だって言ったよ?」


  §  §  §


 カラヤン隊工兵班は優秀で、五人くらいでテキパキとT路地を作ってしまった。しかも壁には石積み壁の絵まで描かれている。

 二階の窓には黒猫。こういう遊び心も好き。


 全隊員が見学する中、ラリサの牙笛で始まった。

 T路地の長い方から俺はヴィヴァーチェに小脇に抱えられて運ばれた。これには隊員達も大爆笑。俺も恥ずかしい。これじゃあ要人警護じゃなくて、要人略取だ。


 要人警護において、両手は常に空拳にしておかなければならない。

 原則、要人の荷物さえも持ってはならないとされる。襲撃者が凶器所持の場合のみ、警棒や拳銃で制する。理由は色々あるが、警護のメインは〝即応〟だからだ。


 交差点にさしかかる前に、スコールとウルダが左右の壁を走ってきた。


 ウルダが警護役の顔面に容赦なく〝郭公ククーロ〟の鉤爪ハーケンを打つ。

 それをヴィヴァーチェは首の捻りだけでかわし、路地を駆け抜けようとする。そこへスコールが地を滑るような猛烈なスライディングタックル。


 ヴィヴァーチェは軽やかに跳躍して躱す。が、そこにウルダの膝蹴りが降ってきた。

 ゴッ。鈍い音を俺は聞いた。


「ぎゃっ」

 悲鳴を上げたのは、ウルダだった。


 ヴィヴァーチェは飛来するウルダの膝蹴りを、あえて頭突きで真っ向勝負にでたのだ。体格差で、ウルダの小さな身体が吹き飛ばされた。


「こんのっ!」

 されど〝霹靂へきれきのウルダ〟の矜持プライドか、吹っ飛びながらもう一方の足で頭の側面を蹴る。空間殺法。ヴィヴァーチェの顔が横へ吹っ飛ぶ。が、俺を抱える腕は離さない。


 そこにヴィヴァーチェの股間を脱けて背後に回り込んだスコールがザイルを警護役の足に絡みつける。

 本来なら警護役は重心を崩して倒れ、俺を地面に投げ出したはずだ。

 ところが、


「うがぉあああっ」


 獣の雄叫びのような声をあげて、スコールの身体ごと引きずって前に進んだ。スコールは小柄だ。人外クラスの怪力の前に抗いきれるものではなかった。


 しかし直後のスコールの判断はさすがだった。あっさりと魔導具を捨てた。自分の俊足を使って警棒を手に追いすがる。そして、背後から俺に塗料を投げた。

 ヴィヴァーチェはそれを躱す。塗料が地面で爆ぜた。


「嘘だろっ。──っ!?」


 躱したのではなかった。俺を抱えたまま腰をひねってスコールにあびせ蹴り。その予備動作だった。

 スコールはとっさに両腕で警棒を構えてガードし、ダメージの浸透を防ぐ。背中から板壁に叩きつけられた。本物の石壁だったら後頭部か背骨を強打していただろう。


 ピーッ! 


「やめーっ! 要人死亡っ、警護失敗! 攻守交代!」


 十五分を待たず、ラリサの演習停止合図にヴィヴァーチェは棒立ちになり、とっさに俺を見た。

 俺の頭の毛には真っ赤な塗料がついているはず。冷たい。要人死亡なので、一応死んだフリもしておく。


「なっ、なんでだぁ?」

 ヴィヴァーチェはなんで負けたのか分からない様子だった。


 仕方なく、俺が生き返って解説する。


「スコールに回し蹴りを放った時、お前の背中が隙だらけだったんだよ。だからウルダの投げた塗料玉が俺に当たったんだ」


 複数人襲撃の場合、単独護衛は二対一でも分が悪かった。

 しかもスコールとウルダは、カラヤンの直弟子だ。二人で戦う時は常に連携をとるように鍛えられた。なので陽動と本動の切替えスイッチが容易で、表裏一体攻撃が可能だった。

 つまり、この二人を前にすれば、最初から誰にも勝ち目なんてなかった。


「ヴィヴァーチェ。彼らの目標は、お前じゃなくて、あくまでも俺だったんだ」


 腕力にものを言わせて、二人を叩きのめしてやろうという喧嘩根性が衝動的に沸き立ったのだろう。護衛意識が薄れ、注意が俺からスコールに移った。


 その稚拙ちせつな油断を、暗殺者モードのウルダは見逃さなかった。


 ヴィヴァーチェにとっては、まだ喧嘩あそび感覚だった。だが、組織という枠の中で技術を磨いてきた彼らにしてみれば、これは目的達成を最優先にした任務ミッションだった。


 この覚悟は、目的意識をもって地道に積み重ねないと芽吹かない職業的感覚だ。


 ラリサから濡れタオルをもらって塗料を拭うと、俺は今度はウルダとスコールに守られてT路地を進む。

 ここで俺は、事前にラリサに頼んで襲撃役を二名追加してもらっている。

 もちろん三人には内緒だ。ヴィヴァーチェの自尊心に、さらなる傷をつけるためだ。


 演習の顛末てんまつから言ってしまうと、この追加襲撃者の存在でヴィヴァーチェは教本のような動揺を見せた。


 自分以外の者が現れて、彼らが俺を殺す挙動をみせたからだ。任務と私情に振り回されて、自分の立ち位置をあっさりと手放してしまった。


 スコールとウルダも、とっさにヴィヴァーチェと乱入者に目移りしたが、彼の動揺から襲撃者も想定外の敵増援だと分かると適切に即応、制圧していった。


 二人ともヴィヴァーチェ対策はすでに練られていたようで、左右から放たれた魔導具のザイルからめ捕られ、赤髪の襲撃者は自慢の怪力を使うタイミングを失って、ぐぅの音もなく捕縛された。

 これは戦闘教育を受けたかそうでないかの経験値の差が如実に出た結果となった。


 隊員からも拍手が起きて、俺が総括を行った。


「彼、ヴィヴァーチェ・マンガリッツァは、ケンカ経験はあっても戦闘経験のないズブの素人だ」


 マンガリッツァという名前に、リエカ出身の隊員はギョッとなった。

 俺はそんな彼らに頷いた。


「この場に、彼の剛力の噂を聞いたことがある者はいるだろうが、俺は彼の心と強さを鍛え直すために、彼の母親に礼を尽くし、半ば強引に預かってきた。

 彼の母親は、息子を人並みに育てようとしていた。だが長年甘やかされた彼は、優しく気さくな青年だが、人の弱さ、甘えを人間らしさと許容する人物になった。

 俺は、このままでは彼が自分の家族を外敵から守れない、本来の才能を発揮できない弱い息子になると確信するに到った」


「狼……っ!?」

 ヴィヴァーチェが雷に撃たれた様子で見つめてくる。俺は続けた。


「繰り返しになるが、彼は心根の優しい陽気な若者だ。そうだとしても、自分が自覚している程度の力を頼みにする者は、独りよがりの暴力でしかない。

 そして、ただの暴力は、ある日突然襲いかかってきた大きな苦難の前に、非力となっておのれ自身を裏切ることだろう。

 信じたはずの暴力に裏切られたのが自分だけならまだいい。最悪、それがために守るべき家族や仲間を失った時、彼の本来の良さ、可能性は腐り、未来はいともたやすく破滅へと転がっていくだろう。


 これはカラヤン隊長がここに帰ってきても諸君の肝に銘じて欲しい。我らカラヤン隊は、暴力に勝つ強さではなく、暴力から守る強さを掴まねばならない。


 諸君も先ほどの攻防を見て、わかってくれたと思う。彼は俺を守るために必死に戦った。結果は残念ながら俺を守り切れなかったが、俺はその結果に大いに満足している。


 彼が守りたい者を守るには、まだ未熟だという結果だ。


 これが組織であれば、守るよう命じられて守れなかったことは、未熟ではない。悪でもない。さらにその悪の下、劣悪となる。


 だから彼は今後、そこから這い上がるための過酷な研鑽を積むことになるだろう。それはマンガリッツァ・ファミリーの泣く子も黙る兄貴達に甘やかされたドラ息子だから、そうなるのではない。

 彼には多くの人々を守れる人並み外れた優しさを持っているから、誰よりも自分自身を厳しい立場に追い込まなければ、真に強くなれないからだ。


 俺は彼と半月にわたり旅をして、その光り輝く可能性を見出した。だから彼の母親に頭を下げて連れてきた。

 ここから先は、彼がたゆまぬ努力を積み重ね、おのれ自身で心を鍛え直し、多くの人を守りたいと願う優しい勇者になってもらいたい。


 そして、このことは俺から諸君にも願うことだ。カラヤン隊に伝説の勇者。最強の勇者なんかいらない。そんなのは、何が一番大事なのか分かっちゃいない殺戮兵士だ。

 俺は諸君ひとりひとりが、たとえカラヤン隊を脱けたとしても、友を守り、家族を守りたいと強く思い、あえて武器を取る勇者になってくれることを今後とも期待している。以上だ」


 俺は一礼して総括を終えた。拍手は、まばらだった。

 やっぱり今日が初入隊の副長(笑)だからな。




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