第67話 考えすぎの反省会


 ヤドカリニヤ家。

 町総出で負傷者受け入れに慌ただしい中、シャラモン神父は食堂テーブルのすみで肘をついて、うなだれていた。


「お前の策で、事態は早く終息した。それを疑うヤツは誰もいねぇよ」


 カラヤンがスープの入った器を神父のそばに置いて、となりに座る。


「指揮官のお前が落ち込むと、周りの戦勝ムードが下がる。はっきり何が引っ掛かってるのか言ってくれ」


 シャラモン神父は額を両手で押さえたまま、深呼吸した。


「この戦い……出来過ぎです」

「出来過ぎ? どういうこった」


「一千余騎もの騎馬兵がここまであっさり手玉に取れた上に、狼魔法で半数以上が交戦不能に追い込まれたのです。しかもこちらは戦端を切ったゴーダさんだけが損害に登録されました。快勝を越えています」


「すまん。そのことで、ちょっといいか。そもそも他の射手が見つかっていないのに、なぜゴーダだけ見つかったんだ?」


 額に手を置いたまま横を向き、シャラモンは長髪の間からカラヤンを見る。


「彼の矢です。他の射手は木の熾火おきびを使った中で、彼だけが自前で鉄の矢を使ったのです。おそらくグラーデン騎兵への最初の一撃になるので、風船へ確実に点火するため、その貫通力を強化する目的で鉄矢を選んだのでしょう。


 ですが、鉄の矢は重く、木の矢ほどの飛距離が出ません。そのため他の射手よりも騎馬隊に接近して射かける必要があります。

 それらの長所短所が忠実に結果として出たのでしょう。鉄の矢柄やがらは爆発の中でも燃えつきず、その凍った地面に深く突き刺さって証拠が残った。


 そのため騎兵隊に矢を射かけた方角を読まれ、彼らの視界に入る距離まで接近していたことで隠れ潜む選択肢がなく、撤収。その移動中に捕捉されるに到ったわけです」


「それじゃあ。お前はゴーダが鉄矢を使うことは?」

 シャラモン神父は顔を強く振った。

「そうか。ゴーダは死を覚悟をして志願したのか……。それで、さっきの話だが」


 シャラモン神父は額に手を置いたまま頷く。


「今回の戦いは、良くも悪くも〝喧嘩〟という枠に収まりきれない効果をあげました。グラーデン侯爵が生きてこちらに投降された上は、負けてなお一層、狼さんの知識を欲するのは自明です。

 私が〝狼魔法〟を三〇も使わず、その半分。いえ、三分の一に抑えて運用しておけば、ここまでの効果は出ていなかったのではないかと」


 カラヤンは肩を落として、嘆息した。真顔をつくる。


「そいつは考えすぎだぜ。シャラモン。そもそもが騎兵一千騎なんざ手加減して止められる規模じゃねえだろ。ここの防備の薄い城門を抜かれたら、それこそ被害は町の住人に及んでた。間違いなくな。

 たとえ、グラーデンが示威行為として連れてきたお飾り、喧嘩の取り巻きだったとしてもヤツらは賊徒じゃねえ。統制を学んだ戦闘のプロだ」


「……」


「お前は、この町に喧嘩を売ったグラーデン自身が、若干の後悔があるだろうと予測してたんだよな」


「はい。彼らは戦争が事実上停止状態となる、この冬の間に反乱を起こして、国内情勢を維新いしんすることを自らに課していたと考えました。

 ですから騎兵たちにとってはこの〝寄り道〟に大義がなく、主人であるグラーデン侯爵の個人的な欲望から起こした私闘に駆り出された形です。ですからオグリンで糧食が手に入らなければ、士気は限りなく低いだろうと」


 ボルブスコにグラーデン侯爵が兵を連れて到達した時点でオグリンを経由することはわかっていた。ならば戦略上、冬という時季を利用しない手はない。

 町長には燃料伐採の被害はヤドカリニヤ商会が持つが、食料品は交戦が終わるまで配送できない。そちらで極力確保して欲しい旨の鳩を飛ばすだけで事はなった。


「だから攻めるのは蛇の頭のみだったわけです。今回、私は師匠せんせい(ペルリカ)からグラーデン・フォン・ミュンヒハウゼンの人となりを頭に入れた上で策を練りました。

 その中で、彼は狼さんを欲していた。それならばその示威行為となる兵は、誰に向けられたものなのでしょうか」


「誰に向けられた……おれか?」


 シャラモン神父は手に額を置いたままうなずいた。


「あなたとメドゥサ会頭。そして師匠です。狼さんを連れて行くことに異議抗弁を唱えるのは、この三人だと、彼は断じたわけです。

 そもそも狼さんは、現在もなおモノと見なされ、差別されている獣族ではありません。元は高度に知識を蓄えた〝人〟だったのです。


 グラーデン公爵は、師匠に敬意を払って脚気かっけ薬を創った狼さんとの交渉で、師匠の従属でもないと知るや、手に入れられるモノと勝手に思い込んで急に欲しくなったわけです。

 だから今回の挙兵は、最悪、この町全体を人質にするために軍圧を用いたのです。その身勝手な振る舞いに師匠が堪忍袋の緒を切ったことは、まったくの正当だと言わざるを得ません」


「なんでだ? なぜグラーデンはそこで読み違えた?」


「彼の念頭には、狼さんをするつもりがあったからでしょう。それこそ、南大陸から貴族の気まぐれによって捕獲して連れてこられた珍獣や奴隷のようにです」


「だが、今回のことで、その見方が一変するってのか?」

「いいえ。一変はしません。手に入らなかったことで、次回以降やり方を変えてくるだけです。おそらく、もっと老獪な方法で」


「ろうかい……老獪ねえ」

「わかりませんか? あなたですよ。カラヤンさん。狼さんが帰属しているあなたを自分の陣営に引き込もうとするでしょう」


「はっ。おれはそんな容易くはねえぞ」

「貴族は頑固者ほど口説き落としやすいと考えていますよ。手段もあります。師匠からグラーデン侯爵の人となりを聞いた中に、今にして思えば異質な思想がありました。およそあの王国侯爵にそぐわない発想です」


「そぐわない発想?」

「彼は、とある治政システムを研究しており、それを自領内で試験運用し、一定の成果を得ています。

 すなわち領主を治政から遠ざけて市民階層──特に富裕層に政治参画の機会を与えて、議会から治政の方針を決める。共和制というものです」


「共和制? そんなもん協商連合だってやってることじゃねえか」


「その見識は間違っています。確かに協商連合には市民議会をもっています。ですが、その上に僭主シニョーレという地位を戴いています。あれはある種の国王なのです。これはもともと古代エルメネス朝時代の元老院の派生で──」


「おれが悪かった。話を戻してくれ」カラヤンは素直に頭を下げた。


「彼の、領主を治政から遠ざけるという発想。これを王国全体の政治システムとするなら、彼がこれからやろうとしている維新は、実に画期的です。

 それまでの帝国にみる政変のような玉座を簒奪する行為にも一定の正統性が生まれます。単なる権力闘争に留まらず、より人民に開かれた政治体制の新設を図ろうというものですからね。


 ところが、です。彼が新体制の国王となり、その富裕層の議席の中にヤドカリニヤ家を参画させれば、あなたは彼の臣下となります。狼さんはカラヤン・ゼレズニーを介して合法的に自分の手許へ引き抜くことができるのです」


「つまりあの大将は、おれ達との喧嘩に負けても、まだ勝負には勝とうとしてるってのか?」


「そんな呑気なことを言っていられませんよ。現にあなただって、これまでジジイと呼んでいた彼を、今は大将と呼んで見直しているではありませんか。〝人たらし〟が人たらしにたらし込まれているように見えますが、自覚はありますか?」


 カラヤンは頭皮を掻きながらがうなだれた。


「んじゃあ。おれにどうしろってんだ?」


「だから、それを今、悩んでいるのではないですか。現況、狼さんの周りには師匠やライカン・フェニアなど魔女も寄り添っています。

 彼にとって、あなたさえ押さえれば〝狼魔法〟から医学をはじめとして魔女の知識を芋づる式に手に入れることになります。そうなれば彼を止められる者はいないでしょう」


「そんなら、いっそおれに国王でもやれっていうか?」

「えっ」


 シャラモン神父は目をぱちくりさせた。カラヤンは肩をすくめた。


「おれが王国の王になれば、大将は侯爵だ。おれの下になる。おれに隠れて狼たちをいいようにはできなくなんだろ」


 シャラモン神父は額をあげると、長いため息をついた。


「まったく……あなたって人は。真剣に考える気がないのですか」

「真剣に考えたって答えが出ないんじゃ、考えるだけ無駄だろうが。そんなのはな。この世界が終わるとわかっても、死んだ後の心配までしてるのとおんなじだろ」


 カラヤンはあっけらかんと言い放った。

 シャラモン神父は不機嫌そうに見つめた。


「いいですねえ。そういう楽天発想。私も一度は盗賊になれば身につくでしょうか」

「はっはあ。やめとけやめとけ。お前に野宿は似合わねぇよ」


 機嫌良く席を立って食堂を出て行くカラヤン背中を見送る。褒めてないんですが。シャラモン神父は冷めかけた米入り魚スープをしみじみとすすった。


「もし、あなたが国王になったとしても、あなたの宰相を勤めるのだけはごめんですね。どんなに私腹を肥やしても割に合わない気苦労が目に見えています。

 このまま維新が完遂されれば、グラーデン侯爵が玉座に座るとして、春になればまた帝国との戦争……玉座。共和制。自治。だめですね。春までには到底──自治?」


 まさか。シャラモン神父は、器底の中心に集まった米粒を見つめた。


  §  §  §


 ふと重みを感じて、俺は目を覚ました。

 目をそっと開けると、自室の天井もすっかり見慣れたものだ。

 その顔を右に向けてみる。

 毛布の中で赤褐色髪のポニーテールに黒眉の魔女が、熟睡うまいの吐息で腕にしがみついている。


 嫌な予感がした。今度は首だけ左に回す。

 やはり毛布の中でわが主様が腕をかき抱いて安らかに眠っていた。


 最後に重みの正体を探してあごを引けば、俺の胸に少女の灰髪。


(……なにこれ。どゆこと?)


 高鳴る心臓もないのに俺はうろたえて、とりあえず目を閉じ、息を止める。


 この際、物事の善悪や倫理は抜きにして、とりあえずこの情況から誰か助けてくれませんかね。


 身じろぎすることも、声を出すこともはばかられるこの夢想情況シチュエーション。これこそまさにラノベでいうところのラッキーハーレムというやつじゃないのか。

 しかし両腕を封じられ、上体を押さえつけられた有様では事故も起こせない。起床的にも起こせない。性的には……あ、うん。どうすんだよ、これっ。


 こんな現場。誰かに入ってこられたら、弁解の余地なく簀巻きにされて海に放り込まれる。でも、ハティヤなら俺の部屋のドアに〝面会謝絶〟とか人払いの貼り紙とかしてそうで、怖い。


(いや、待てよ。三人同時っておかしいだろ。順番じゃなく)順番でもアカン。


 これは、カラヤンの陰謀の可能性がある。

 あのハゲ親父。今日一日、俺をこのベッドにクギ付けるため、純粋な少女達を誘導する口車の百通りは持ってそうだ。あり得過ぎる。


 今日の予定は、紙を作る道具の試作と陶芸につかう足蹴り轆轤ろくろを試作するつもりだったのに。


 でも、動けない。みんな、ぐっすり眠ってる。起こすのがもったいないくらい、あどけない顔だ。初めての手術補助で頑張ったもんな。指名したの、俺だし。



『お前の頼みだから、あの子らやスコールもお前を信じて、よく踏みとどまって戦ってるんだ。お前も、あの子らの拠り所、指揮官として振る舞うんだな。今までとやってることと変わらんだろ。

 あと、手術が成功したら報酬はしっかりはずませる。あの子らにしっかり振り回されて、甘えさせてやれよ』



 甘えさせてやれよ、か……。


 俺は指揮官には向いていない。むしろ、この子達の善意とか寛容さとか優しさとかに、こっちが甘えさせてもらっているだけだ。

 これくらいで彼女たちが満足するのなら、今日の仕事を先送りするくらい安い我慢じゃないか。


 なす術がないので、俺はもう一度目を閉じた。

 次に目覚める時は、三人のうちの誰でもいいから、起こしてくれるとありがたいんだけど。

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