第49話 マヨネーズと二人はライバル


 あの借りパク王女ユミルに、ライバル現る。


「いらっひゃいまへぇ~」


 閉店ギリギリで食材を抱えて入店。

 前歯がまだ生え揃わぬエイルの笑顔の出迎えを再度受けて、俺は厨房の……〝金床〟の店主に声をかける。


「あの、もしかして今日一日ずっとここですか? お店は?」


「へへへ。ペルリカ先生が接客しながら、カミさんがお前のこさえたお菓子を練習してたんだけどよ。白いのがうまく泡立たねえってんで、ずっとそればっかやってたんだ。

 そしたら、この菓子の匂いを客に嗅ぎつけられてな。今度は手が足らねえって言うから、おれまで手伝ってたらもう夕方だよ」


「夫婦仲、いいですよね」

「ま、それだけが取り柄だよ。てか、これが面白くなってきやがってな。もう鍛冶屋畳んでこっちでもいいかもな」


「いやいやいや、俺が困りますって。本当に〝金床〟を当てにしてるのですから」

 素で反論したら、〝金床〟店主は嬉しそうに笑った。


「で、なんだい。ここで、晩メシでも作ろうってのか?」

「ええ。シャラモン家の子供たちの夕食をここでさせてもらおうかと。ラリサ達の夕食もこっちで賄いますよ。

 そのために鶏のもも肉を七パンド(約三・二キロ)ばかり買ってきました」


「ほう。そりゃあ、おれ達の分も入ってるな。また新メニューかい」

「ただの夕食のおかずですよ」

「ってことは、酒のつまみにもなるな」

 確かに。〝金床〟の店主は、本日最後となる〝厚焼きパンケーキ〟を皿に載せた。


 そこへ、客を送り出した白眼帯の女主人がエレガントなブラウンのロングスカートの裾を翻して戻ってくる。かっこいい。なにげに制服はエイルとお揃いか。


「先生ぇ、狼のヤツがまた特別メニューをこさえるそうですぜ」

「ああ。聞こえていたよ。この店にしかないメニューは夕食でも歓迎する。今夜の晩酌の酒を選びたいから、味見はさせてくれるのだろう?」


「わかりました」

 俺は食材を持って厨房へ入った。


 約三キロの鶏もも肉は、およそ二〇脚一〇羽分だ。下拵えも超特急でやる。

 当然だが、この世界ではスーパーのパック売りじゃない。精肉店はどこも骨を抜いていないので骨やすじを抜く。


 途中から〝金床〟の店主も手伝ってくれて、男二人で下拵え。削ぎ取った骨と玉子を殻つきで寸胴鍋に放り込むとたっぷりの水と塩でダシを取る。


 肉にも塩を振る。胡椒は高級品なのでここにはかけない。代わりとしてニンニクをすりおろしながらふりかける。肉の下拵えはここまで。


 フライパンに油を三分の一の所まで注ぎ、沸くのを待っている間に小麦粉、玉子、そして小麦粉をパットに用意する。


「狼の。こりゃなんだい?」

「〝カツレツオドレザク〟からヒントを得て、鶏肉でやってみようと思いまして」

「ああ、あれかい」


 ウソである。前世界の料理レシピだ。


 ちなみに、オドレザクは、薄い牛肉やハムとチーズを合わせて、小麦粉・玉子・パン粉をまぶして揚げ焼きにした料理だ。


 味はチーズ風味の薄いハムカツ。そのまんまだが素材の味以上のものは期待できなかった。きっと肉汁が足りないのと、ソースがないせいだろう。


 いつかどこかでチーズをハムで巻いて揚げたオドレザクと出会えるかもしれないが。今のところ、俺はハムカツ以上のアイディアに出会えていない。

 それでも揚げ物としてこの世界の人々に愛され、定着した料理だ。


 なんでも器用な〝金床〟の店主に揚げ方を任せ、俺はソース作りに入る。


 卵黄とワインビネガー大1、水を小1。塩と胡椒(貴重品)を少々。さらにマスタードを小2。小さい子が多いので手加減をする。

 これらを混ぜ合わせ、そこにオリーブオイルを注ぐ。量にして三〇〇cc。それを三回から四回に分けて逐次ちくじ投入。


 一回ごとに【風】マナで撹拌して玉子と酢と油を乳化させる。これを怠ると美味しくならない。


 もう、おわかりいただけただろうか。

 これがこの異世界にも転生復活した天下無敵のドレッシング〝マヨネーズ〟だ。


 だが俺はここで攻めの手を緩めない。


 なぜなら俺は、〝マヨラー〟ではなく〝タルタリスト〟だからだ。


 このマヨネーズに対し、茹で玉子(四個)とヴェルビティカ自家製キュウリのピクルス(親指ほどの長さ三本)。玉ねぎ(禁断の半個)、パセリをみじん切りにして投入。さらにレモン汁を三分の一。これを一気呵成に混ぜ合わせていく。


 いろんな鬱陶しいことを忘れて一心不乱に混ぜるべし。混ぜるべしっ。


「こんなもんでいいかな……しまった。南蛮酢。うーん、どうしよう」


 醤油ぅ、こうじぃ……恨めしやあ。

 砂糖はある。酢はリンゴ酢があった。塩水で煮きって酢を飛ばし、さっぱりフルーティで行くか。しかし人数が多いと分量の調整もひと苦労だ。


 待てよ、リンゴ酢……リンゴ……? あ、もしかして、ワンチャンある?


「先生。お願いします」

 最初のひと皿を、厨房でペルリカ先生に試食してもらう。まるで料理界の重鎮に味見してもらうようだ。緊張の一瞬である。


「……ふむ。揚げた後に、りんご酢と塩で味を付けたか。ちょっとリンゴの香りと甘みが強くて子供向けだが悪くはない。それにこの玉子のドレッシングソースの酸味が、揚げた鶏肉との相性が良い。これだと、白身魚のフライでもいけそうかな」


(意外とマジメに評価されたあ……っ!?)


「狼。このソースのレシピ。わたしにくれるのか?」


「先生には今後ともお世話になるでしょうから、無料で貸し出すことはできます。ヤドカリニヤ商会で石けんに次ぐ、あらたな看板商品として登録しようかと」


 もっとも、商品化するなら鮮度をどう保つかが最大の難関になる。要冷蔵なのだ。

 石けんのように陶器に入れてコルクで栓をするだけでは、まずサルモネラ菌が黙っちゃあいない。


「ふーん。ふふっ。お前は律儀だな。妾だって販売ルートくらい持っているぞ」


「いいえ、カラヤンあっての俺ですから」

「ふふふっ。義理立てもここに極まれり、か。まあいいさ。──カール。子供たちの配膳は任せるよ。私は白ワインを選んでこよう」


「へい。承知しました」

〝金床〟の。あんた、開店初日ですっかりこの店の手代として馴染みかかってるんだが、自分の店は大丈夫か。


 ともあれ、こうして〝チキン南蛮・タルタルソース添え〟が完成した。

 ところが、である。


   §  §  §


「ねえ。あれ、どうしたの?」


 厨房から出ると、俺はロビーを見て、テーブルで配膳を手伝っているハティヤに訊ねた。


「さあ。ここに入ってきてお互い目が合うなり、ずっとあの状態よ」

「もしかして……恋の始まりとか?」


「は? ……もう、バカ言ってないで食事の用意っ。大人はどうせ酒盛りするんだから、奥のテーブルでいいわよね」


「ライカン・フェニアはお酒飲まないから、きみ達のテーブルに入れてあげてよ」

「えっ、そうなの? 意外ね」


「アスワン帝国でお酒は売ってなかったらしい。代わりにコーヒーで酔っ払うんだって」

「へえ。なら、狼と話が合うじゃない」


「俺は酔わないよ。ただのコーヒー好き」

「さあ、どうかしらねえ」


 気軽な会話をかわした後で、俺はもう一度、出入り口の方を見る。

 そこへドアを開けてウルダが入ってきた。すぐに俺と同じ光景を見るなり、ただならぬ気配を感じてその場を躱すように廻りこんで俺の所にやってきた。


「狼しゃん。あの二人、どげんしたと?」

「それが、わからないんだ。ひと目会った瞬間に、あの状態だって」


 ユミルとエイルのことである。


 片や、俺の望遠鏡を金属バットのように肩に担ぎ。

 片や、フリル付きのメイドエプロン姿で腕組みして仁王立ち。

 お互いに見つめ合ったまま目を離さないのである。


※ ※ ※


『おう。わりゃあ、どこのシマのもんじゃ。ワシらシャラモン一家にアイサツがねぇまま商売始めるとは、ええ度胸しとるのぅ。おぉ?』


『何をちばけたことばぁ言うとるんなぁ。ここはうちの親分オヤうた真っ当なハコじゃけぇ。どなたさんからも後ろ指さされるようないわれはねぇがのぅ』


『あほが。この町でシャラモン一家に顔ださんとヨソもんがお天道さんの下で商売できると思とるんか。あぁ?』


『はっ。先にこの町で顔はっとる輩じゃ言うて、よそモンはお互い様じゃろうが。あんまりイキり倒しとるとケガしますぜ。姐さん』


『ほしらた、ワシらシャラモン一家と事をかまえよう言うンか。身の程をわきまえんかい。このガキぃ。どこの組のモンじゃコラァ!』


『耳の穴かっぽじってよう聞けや。ワシらペルリカ連合直参ラリサ組もんじゃあ』

『おう。よう言うたで。ワシらにナマスにされた後で吠え面かくなや、おぉう!?』


※ ※ ※


 ──と、なんとなくアテレコを入れてみた。

 幼稚園児に仁侠映画のアテレコすると、意外に迫力が増すのもなぜなんだろうな。


 そんなくらだない遊びをしていると、先に動いたのはエイルだった。


 突然ユミルの手を掴み、二人して厨房へ飛び込んでいった。

 えっ。俺たちは思わず追いかけて、厨房を覗きこんだ。すると、


「お願いしまーすっ!」

 小さな女の子がこちらにお尻を二つ向けて、白ワインボトルを両手に持ったペルリカ先生に頭を下げていた。


 翌日──。

〝なぞなぞ姉妹亭〟の看板娘が二枚になり、来客を大いに癒やしていくのだが、それは別のお話。

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