第45話 狼、女カラヤンを拾う
「一体、何様なのよっ。新参者のくせにっ!」
「新参者は、あんたも同じだろうが! 仕事をする気がないなら他を当たりな!」
再び町の郊外へ、ガラス工房に戻ってくる。
工房の敷地内から馬の蹄の音でもかき消せない応酬が続いていた。
職人たちが俺を見て安堵の顔をする。勘弁してくれ。工房長を探すと、給水場のベンチで弁当を食べてた。さすが年の功。悟りきってる。
俺は馬車を降りると馬を車から話して繋ぎ場に持っていき、水を飲ませてやる。巨馬なので桶の水があっという間になくなってしまう。その背中に馬着を着せてようやく炭焼き窯へ足を向けた。雪泥を踏む音が重い。
「あたしはねえ。土器職人なのっ。炭焼き職人になろうと思ってここに来てるわけじゃないっ」
「知るかっ。あたし達は狼に仕事をもらってるんだ。仕事をしないんなら目障りだって言ってんだよ。役立たずは隅に行って寒さに膝抱えてろ!」
「お疲れ様。火の調子はどうかな」
俺は、窯の前でじっと火を見つめている少年二人に声をかけた。
「うん……。一応、言われた通りにやってみた。焦げ臭い匂いがして、煙の勢いが強くなった。でも、どう塞げば良いのか分からなかったし、あの人、ラリサとずっとケンカしてるから聞けなくて」
まったく。年長組は役立たんな。俺はうなずき、薪の投入口から中を覗き込んだ。
「焚き口にある薪がだいぶ灰になってるから、窯の温度を上げ直さないといけないな。薪をどんどん入よう。足りなければ、そこの丸太を割って入れるんだ」
「わかった」
男三人で薪を投入口からじゃんじゃん放り込む。すると炎がエサを待っていたように大きくなっていった。
俺は火炎耐性を持っている
地面側にあけた通風口をレンガで三分の二ほどさえぎり、煙突を閉じていたフタを外した。
白い煙が垂直に噴き出した。なんとか炭化は進んでいるようだ。
ここからほぼ二四時間。炭になるまで通風口から炎を見守らなくてはならない。
「じゃあ、手を洗って、お昼にしよう」
「でも、おれ達……何も持ってきてない」
寂しそうに言う少年に、俺はうなずく。皆まで言うな、若人よ。
「簡単な食事だけど、みんなの分も持ってきたから。手を洗っておいで。この後も頑張ろう」
少年たちは笑顔でうなずくと、給水場へ向かって駆けていった。後ろ姿を見る限り、同じに見えた。実の兄弟なのかもしれない。
俺も手を洗うと馬車の荷台にいき、大ぶりのランチバッグを下ろす。
中身は〝金床〟でつくってきた猪のレバーと玉子のニンニク塩炒め。それをマーシュというサラダ菜で包んでパンに挟んだ。もちろん縫合糸はちゃんと取り除いてある。
「うんめぇ!」
「こんなの初めて食べたっ!」
食事がてらの自己紹介。兄カルチ。弟ヨージの兄弟だそうた。嬉しそうに食べてくれるので、俺も嬉しい。
するとそこへようやく、腹を減らした犬と猿がすごすごとやってきた。
俺は彼女らに首を傾げた。
「あっれ~っ? お嬢様方、今日はどんなお働きをされたんでしたっけぇ?」
俺が嫌味を投げると、兄弟二人がくすくすと笑った。
「ごめん。もうこいつとはケンカしないよ」
ラリサが神妙に目線を下げた。現場の割り切りが早い。この子は大人社会を知っている。
「うん。じゃあ、手を洗ってきて。きみの分もあるから」
俺がすぐ認めると、ラリサはホッとして給水場へ歩いて行った。
それに習って背を向けた〝粘土屋〟だけを呼び止める。
「ノエミ。きみはまだだよ」
「ハァ!? なんでよっ!」
「なんでじゃないだろ。俺はきみをこの場の棟梁に任命したよね。船でいったら船長だ。窯を頼むって任せたのに、何してんの?」
「っ……それは。だって」
(叱られてふてくされるとか。この子が一番この場で子供かもしれんわ。ハァ……。この子にも〝乾留〟が必要なのかな)
俺もはっきり言うほかなかった。
「きみはあの店を〝粘土屋〟のままで終わらせる気かい?」
とたん、ノイエの顔に屈辱の憤怒が表れた。
「じゃあ、なんで土器を焼かせてくれないのよっ!」
俺はじっと彼女の眼を見て、言った。
「だって、この窯。俺のだもん。だから俺が焼きたい物を焼くんだよ」
「──っ!?」
ノエミが雷に撃たれたみたいに目を大きく見開いた。
「カルヴァツ工房長と職人さん達にお願いして、俺が自分のお金出して作ってもらって、ここに置かせてもらってる窯なんだ。だからきみが俺を蹴った時、工房長が怒ったろ。〝施主〟を蹴るなんてどういうつもりだって」
ノエミの顔が
「あっ。うそ。そういう……知らなかった」
「うん、だろうね。というわけで、俺がきみの上司。きみより偉いわけ。ご理解いただけましたか」
「……理解、した」
なんで上司にタメ口? 本当に理解してるのかよ。
§ § §
昼ご飯を食べた後。薪入れを続けて、あっという間に夕方。
子供たちに一人小銅貨五枚を手渡して家に帰す。
ラリサにも五枚。ノエミにも五枚。
ノエミは不服そうに給料をポケットに突っこんで帰ったが、ラリサは残った。
「あたし、あいつとケンカしてたのに、もらっていいのか?」
マジメか。俺は一度通風口から中の火を覗き込んで、
「じゃあ、俺のほうから正直に言っても大丈夫かい」
「えっ。あ、うん」
「きみ達の今日の仕事は、火を入れる前の窯に炭材を入れるところと、窯の前で留守番をしてもらうことだ。火の調整や煙の監視は、悪いけど昼食で誤魔化した」
「でも、あんたがいなかったのって、二時間くらいだよね?」
「その二時間で火が絶えてたら最初からやり直しになって、半日、時間と資材を無駄にするとこだった。だからきみ達がいてくれたことには感謝してるよ」
「そっか……」
ラリサはどこか面目なさそうな、拍子抜けしたような顔で、頷いた。
「でも次はケンカしないように。ケンカになっても殴らないように頼むよ」
「ふっ。そこまでガキじゃないよ。あたし」
「ケンカの原因。何だったの?」
「原因って程じゃないよ。あいつがドキドキうるさかったからあっち行けって言ったのさ。そしたら、子犬みたいに噛みついてきた。そんな感じ。でも、あと五分。狼が帰ってこなかったら、あいつを雪に埋めてたかも」
腕っぷし強そうだもんなあ。
「きみ。もしかして……元冒険者?」
ラリサは意外そうな顔をして俺をまじまじと見る。
「なんで、わかったの? 今のあたしのどの辺が冒険者って?」
「身体の筋肉のつきかた。身のこなし。あと物事を割り切る早さとか。素人が突っかかってきた時、すぐに手を出さない我慢強さとか、俺の知ってる人によく似てた。なんで冒険者やめたの」
ラリサは肉厚な唇をちょっと尖らせつつ、何でもない顔をした。
「普通の理由さ。金にならなかった。運良くパーティに入れてもらったけど、十二宮ダンジョンに入るランクを得る前に、ゴブリンの巣で潰滅。たった一年で食い詰めて、二年目から盗掘屋でもしようかと思ってた。
けど、なんか虫が騒いだのか、一度田舎に戻ったんだ。そしたらアスワン兵に町ごと焼かれてた。おふくろと兄弟はいなかったから、被害は飲んだくれのクソ親父だけ。いっちょ前に剣を握ったまま勇ましくくたばってたよ」
「剣は、お父さんに教わったの?」
ラリサは薪を剣のように右手で構えると、
「ううん。誰にも。実際、ダンジョンで剣を抜くことは少なくて、使いっ走りばっかさ。ずっとゴブリンが仕掛ける罠と格闘してた。そん時、まだチビだったからね」
「そっか……クソみたいな人生だね」
「ふっ。あんたほどじゃないよ」ラリサはこめかみを指さした。
「この頭かい?」
「それ、どうしたの?」
「ある日、目が覚めて気づいたら、この頭になってた」
「うそでしょ……?」
露骨に眉をしかめられた。俺は吹き出して顔を振る。
「本当の話。それで俺の仲間が身体のこととか調べてくれてさ。結局分からずじまいのままだけど。でも彼らには感謝してるんだ。その人達は今もこの町にいるよ」
「ふーん。なんか悪い魔法使いとか怒らせたとか?」
「かもね。気づかないうちにってことはあったかも。でも、最近こんなバケモノでも構わないって人が現れてね。少し戸惑ってる」
「へえ。うん、意外と似合ってるかもよ。それ」
「ちょっと、急に手のひら返すの勘弁してくれよ」
二人で笑い合った。割と早く二人で笑えるくらいに近づいた。もう聞きたいことが聞けそうだ。
「なんで、あの子達をここまで連れてきたの。一人でも逃げられただろう?」
するとラリサはちょっと怒ったように見つめてきた。
「ちょっと、それなんの挑発? 見捨てられるわけないでしょ。赤ん坊を除けば、一番下の子は自分の名前さえ知らないんだよ」
「あの、前歯のない子?」
「うん。それで昨日、ペルリカ先生から、エイルって名前もらったんだ。雪が溶けたら、その名前で教会の洗礼式を受けることになってる」
「へえ。それはおめでたいことだね」
ラリサは自分の妹のことのように照れくさそうに微笑んだ。それから静かに消した。
「冒険者の中には、わが身可愛さで子供をダシにして逃げたクズもいたよ。でもね。あたしには、そこまで人の誇りを捨てることはできないよ。絶対に」
「それじゃあ、きみのそういう所をズィーオに買われたんだね」
「それは買いかぶりすぎ。ズィーオはあの魔物羊を育てる人手が欲しかっただけさ。まあ、こっちもあの人には一宿一飯の恩義があったし。なんか寂しいくせに精いっぱい強がってるとこが、親と似てたけど。それだけさ。
最後はデカい面倒まで押しつけられちゃったわけだけどさ。でも、ズィーオに『きなだけいろ』って言われてなかったら、あんたを頼ってこの町へ来ることもなかったわけだし。幸運だったかのかもね」
なんだろう。この気っ風のよさ。話しやすさ。既視感がある。
「俺が渡した三〇〇〇ロット。持って逃げようとは思わなかった?」
「そりゃあ、少しは思ったよ。袋開けたら金貨ばっかでマジでビビった。でもさ──」
「でも?」
ラリサはニカッと笑って、言った。
「あたし一人くらいが生きて行くんなら──、三〇ロットあれば充分だよ」
女カラヤン爆誕。そう俺の直感が轟き叫んでいる。
「じゃあ。冒険者に子供の小遣い稼ぎみたいなことさせて、悪かったね」
「だから元だよ。いいって。久しぶりに同世代のヤツとケンカらしいこともできたし。それに、これから給料は上がっていくんだろう?」
「もちろん。ただ……。きみの場合は働き先を変えることになるけどね」
「どういうこと? クビってこと」
俺は不安そうな少女を真っ直ぐ見つめて、鼻先を振った。
「明日。俺の上司に会ってくれないか。その人にきみの弟子入りを頼むから、彼について剣の腕を磨いて欲しいんだ。日払いじゃなく、月払いで金貨五枚出すよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。あたしを鍛え直してダンジョンに放り込む気?」
「違うちがう。いや、給料の話もまた話し合おう。ダンジョン探索も、その判断は未来のきみに任せるよ。たださ」
俺は立ち上がると、少女を見つめた。
「きみに、明日からヤドカリニヤ商会の新戦力になってほしいんだ」
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