第21話 ドアの隙間から見えるもの 前編


 ブリザードがこっちに向かってやってくる。


「狼しゃんっ!」

 至近に着弾する魔法弾の雪柱を浴びながら、ウルダが笑顔で迫ってくる。


「お前ら、うちの子に何してくれてんだよっ!」


 俺は魔法斧を両手に掴んで、地面に振り下ろした。


 本日二回目の〝微塵旋風ダストデビル〟。前方へうねる旋風が無頭竜となってウルダの横を走り抜け、後方の森の樹木ごと悲鳴をなぎ倒していく。


 振り方一つで【風】魔法の指向が自由に変えられる。こりゃ便利だ。


「狼しゃん、今のなんねっ。スゴかーっ!?」

 俺は、胸に飛び込んできた笑顔ごと受け止める。 


「俺の奥の手だよ。それで、例の馬車はなんだったの?」

「それそれっ。ペルリカって薬師先生の馬車やったと」


「えぇっ、ペルリカ先生っ!? それじゃあ襲ってたのは」


 ウルダは強く顔を振った。

「盗賊やなかって。元はノボ……ノボ」


「えっと、ノボメスト?」


「そう、それっちゃんっ。そのノボメストの衛兵で、なんや身分の高い人に急患出たけん、先生ば追いかけて呼び止めとっただけやって」


 先生は目が見えない。急に馬で追われたら盗賊も衛兵も同じだ。逃げるに決まってる。そうであれば俺もその先は理解できた。


「その騒ぎで、ペルリカ先生は帝国魔法学会に襲撃する隙を作っちゃったのか。こんな場所で先生もツイてるのかツイてないのか……。それでカラヤンさんは?」


「なんか、急に動き出した」

 あ、ここにも人間扱いしてない人いた。


「ペルリカ先生が、変な魔法使って周りにおる敵の数と場所ば見破ったとよ。それでカラヤンしゃんが反撃するって。うちは狼しゃんに伝令。スコールは敵の攪乱に出たとよ」


「それで敵は?」

「軽装兵28に、魔法士17。森の奥に馬車三台やて」


 本格的な刺客数だ。それだけの大物魔女ということか。はたまた誰かの陰謀か。


「今、ハティヤとメドゥサさんに馬で森の方へ向かってもらってるんだ。もしかしたら──」


 と言ってるそばから、森からキツネとタヌキが追いたてられて飛び出してきた。


「ウルダ行って。ハティヤの矢とメドゥサさんの追撃に巻き込まれないようにね」

「ん、了解」


郭公ククーロ〟を宙空へ飛ばし、雪原に流麗なシュプールを描いて敵の追撃に向かっていった。


 俺は戦斧に再びマナを充填しながら、カラヤン達のいる馬車とは別の方角、森に向かって歩いて行く。


「歩兵四五人じゃあ、馬車はたったの三台。まあ、乗れないよなあ」


 となれば、最初から実働部隊とは別口。〝ご観覧〟が乗ってると考えるほうが自然だ。


  §  §  §


 まったく、損な役回りだ。


 黄昏の四魔女の一角、〝秩序の魔女〟を捕捉したと言うから、こんな田舎の山奥にまで首実検にやってきたのだ。


 なのに、このままではあの女のめしいた首級くびを見る前に、こっちが凍え死んでしまうではないか。


 ヤツの首級をさかなに飲むはずだったワインがあと一本になった。

 しかし飲まないと寒くてたまらない。


「おい、いつまで待たせるんだ。エウノミアの首級はまだか……おいっ!?」


 御者の返事がない。おのれ、また小便か。勝手に馬車を離れるなと言っておいたのに。

 そこへ、外からドアがノックされた。なんだ、いるじゃないか。


「どうした。首尾は」

「はっ。〝秩序の魔女〟エウノミア。つつがなく仕留めましてございます」


 おお、吉報だ。これで、次の学会長選挙にも箔がつくというものだ。


「そうかっ。では早速、首級をあらためたい。持ってきておろうな」

「ははっ。こちらに」


「うむ。ドアを開けよ」


 命じるままにドアが少しだけ開いた。その隙間の先。積雪に後ろ頭をこちらに向けた首級が置かれてあった。


「ん、おい。もっと開けろ。顔が見えんぞ? しかも、それは……」


 男の首ではないか。そう思いつつドアから首を出した。その時だった。


 正面の視界を塞がれ、自分の首に衝撃が叩きつけられた。ドアに挟まれた。反射的に加害者の正体を見上げ、目端が裂けるほど見開いた。


 狼の頭を持った怪人が見下ろしていた。


「なっ、何、者……だっ、誰、か……ッ!?」


 他の馬車はどうした。バルドン。リドル……誰かっ。首が動かん。


僭越せんえつながら、帝国魔法学会の評議員の方とお見受けいたします。肯定ならドアを一回。否定なら、ドアを二回叩いてください」


 ドアを一回叩いた。


「早速のご返事、感謝いたします。それでは貴方様に取引をお願いしたいのです」

「と、取引ぃ? ふ、ふざけ、るな……あががががっ」


 抗った途端に、ドアに挟まれた首から骨の軋む音が、耳から出る。


「わたくしは、貴方様の命を握っておりますれば、その対価をいただきたいのです」


 慇懃いんぎんな殺意に、寒さとは別の悪寒に震えあがった。本気なのは身をもって理解できた。


「わ、わかった。応じる。取引、に、応じ、応じるぅっ」


 その返事でドアの圧が少しやわらいだ。ドアから首が抜けない程度だったが、


「なんだ。早くい、言いたま、え……」


 狼男の金眼が食い入るようにこちらを見据えてくる。そのまま頭を丸かじりされそうだった。動物の本能が心臓をふるわせた。


「わたくしは約定を守らない方が大嫌いなのでございます。貴方様はいかがでしょうか。値踏みをさせていただいております」


「ぬっ」ということは、他の馬車のヤツらはもう。


「分かった。守る。必ず守るから、……助けてくれ」


 狼男は黙ったまましばらく何も言わない。値踏みは続いている。沈黙する金眼が誓いを立てろと命じてくる。そんな気がした。


「本当だ。約束は守るっ。何が望みだ! 頼む、殺さないで……っ」


「わたくしが貴方様の命の対価としていただきたいのは、〝秩序の魔女〟エウノミアの命なのです」


「延命か。無理だぞ。いやっ、だって。学会の大勢たいせいは百年以上も前に決しておるのだ。この裁定が千年先も覆ることはない。それをワシにどうせよと」


「そうではございません。殺して欲しいのですよ。貴方様の言葉で」

「へぇっ!?」

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