第18話 襲撃傍受(インターセプト)
おっ、いたいた。見つけた。
舞いおどる粉雪の中を降下。スコールは停車した馬車と、それを取り囲む男達を発見した。七人。甲冑ではなく厚手の乗馬コートに、ボアキャップをかぶっている。
軍隊じゃなく衛兵かな。でもこの辺じゃ見ないデザインだ。
「おはようございます、っと!」
まっさらな雪の上に両足で着地すると、すぐに腰背から剣を抜いた。注意をこちらに引きつけるためだ。
七人のうち四人が剣の柄に手をかけて身構えた。
だが、一人が彼らを手で制した。
「待て。こちらに敵意はない。大丈夫だ」
どうやら薄い茶褐色の瞳をした三〇代前半の男がこの場のリーダーらしい。
あらま、意外と穏やか。拍子抜けしてスコールも剣を納めて彼らに近づいていった。
「きみは?」
「セニの町ヤドカリニヤ商会所属カラヤン隊。スコール・エヴァーハルト・シャラモンって言います」
名乗ったことで、男達の警戒レベルが一段下がった。リーダーが仲間に振り返る。
「セニの町ヤドカリニヤ商会……誰か知っているか?」
「中尉。ジェノヴァ協商連合のダルマチア地区ですよ。ほら、石けんの」
「そうそう。最近、体を洗うための石けんを売り出した商家っすよ。隊長も使ってたでしょ」
「あー、あれの商会か。──我々は、ノボメスト守衛庁第11小隊七名だ。隊長のトキオ・ラシュコー中尉だ。怪しい者ではない」
手袋を取って握手を求められたので、スコールもそれに習う。
「仲間が見つけた時、馬車を襲っているように見えたって。御者は女性だったと」
友好的だが、一応、確認と探りを入れてみる。
ラシュコー中尉はややこけた頬で笑みをつくって、うなずいた。
「こちらの高名な薬師様に用があってね。さっき、ようやく停まっていただけた。先方にもこちらを盗賊と誤解されていたようでね。随分遠くまで追いかける羽目になって参ったよ。
しかし、まさか目のご不自由な方だとは知らなくてね。さっき、こちらの事情を聞いていただいたばかりさ」
「それじゃあ、別に襲う気はなかったんだ」
ラシュコー中尉は心外だとばかりに顔を振った。
「とんでもない。こちらからご足労をお願いしていたところだ。急患でね。不慣れな土地で、薬師様のお名前だけが頼りなんだ」
大丈夫っぽい。スコールはうなずくと、ポケットから白いハンカチを出して頭上で振った。
すると、北風に乗って来た雪精のごとく軽やかに灰髪の少女が雪原に降りたった。深い雪に足を取られながら、とすとす歩いてくる。
「空からまた……スコール。あの子も?」
「そうです。──ウルダぁ! とりあえず事件性ナーシ。頼み事があって追いかけてたんだってさあ!」
「頼み事って、なんねー?」
「急患だって。追われてたように見えた馬車の女の人、薬師らしい」
すると、小さな幌の中から両目を黒の絹帯で覆い隠した女性が現れた。美しい顔立ちで、手にはガラス製のボトル。二人はラシュコー中尉とともに馬車へ近づく。
「ん……? こんな場所に子供までやってきたのか。どうした」
ラシュコー中尉が前に進み出て、背筋を伸ばし敬礼した。
少年の名前を告げた時に、眼帯の美女は表情を愉快そうに緩ませた。
「んふふっ、奇縁だな。レイの
それだけでスコールは跋が悪そうに頭を掻いた。
「あー、てことは。やっぱりお姉さん。そっち系の人なんだ」
「ふふっ。お前の親父の師匠だよ」
「ええっ。じゃあ、この間。狼がガラス器まで作って酒を持っていったっていう偉い魔法使いの、えっと。ペルリカ先生?」
「ふふ。ま、そういうことだ」
ペルリカ先生はどこか得意げに微笑む。それから笑顔をおさめると、
「ラシュコー中尉だったな。これを持っていくがよい。代金はグラーデン侯から出世払いでいただくと奥方に伝えておいてくれ。機嫌がよくなったので、ふっかけることはしないでおく、とな」
ペルリカ先生からボトルを授けられると、ラシュコー中尉は瓶底をしっかり握って抱きかかえ、敬礼する。
「はっ。必ずやレブラ様にお届けいたします」
「うむ。では、今から処方を言う。お前たち七人で確と耳に刻み、奥方に伝えるのだ」
すると七人の衛兵が緊張した様子で、一歩前に集まる。
「銀のスプーンでひと匙とり、ロウソクの火で炙って、泡立つまで煮沸せよ。よいか火に直接近づけるなよ。それで酒精が飛ぶから、それをひと肌にして、一日三回。食後に飲ませるがよい」
「鍋じゃダメなのか?」スコールが口を
ペルリカ先生は厳しい表情になって左右に振った。
「ならん。薬酒とは、酒精と混ぜることによって薬効を保存している。酒精を飛ばした物を置いたままにしておくと空気と混ざって薬効が消えるのだ。ゆえに服用する分だけを煮沸する必要があるのだ」
「ふーん。てことは、栓を抜いた時点でもう薬効が消えるんじゃ?」
「表面はな。だが液中の薬効はまだ空気に触れておらん。だから服用を始めたら早めに飲んでしまうことが肝要。空気と混ざらぬよう瓶もあまり動かさぬことだな」
さすが養父の師匠なだけあって、一訊ねると十返ってくる。衛兵達も黙ってうなずくしかなかった。
「以上だ。もう行ってよいぞ。妾はこの子らと少し話をしてから……ふぅ。カーロヴァックに戻るとしよう」
後半は仕方なくといった気怠い口振りだった。
元ノボメスト衛兵小隊は整列して敬礼をすると馬に跳び乗り、来た道を引き返していった。
「スコール。狼は、相変わらず忙しそうにしておるかな」
「はい。とりあえず今、戦闘中みたいだけど」
スコールとウルダが振り返った先へ、ペルリカ先生も正確に顔を向けた。
「……ふむ、馬車がこちらに近づいてきているが、それはお前たちのか」
「あ、はい」
するとウルダが、スコールの上着袖をつまんで引っぱった。
「なあ、スコール。この薬師先生にカラヤンしゃん診てもらえばよかなかと?」
「だな。──あの、先生。うちにも一人。大風邪ひいて寝込んだのがいるんですけど、診てもらってもいいですか」
「かまわぬが、安くはないぞ。知人でもちゃんと診察料はいただくからな」
口許に妖艶な笑みを浮かべて、ペルリカ先生は御者台に座った。
「あー、それは……狼に聞いてもらわないと」スコールも頭を掻いて言葉を濁す。
「きっと大丈夫ちゃん。カラヤンしゃん、狼しゃんの上司やけんね」
(カラヤン……ほう、まさに奇縁だな)
ペルリカ先生は笑いながら、手綱をあおって馬を雪の中に進ませた。
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