第19話 うちの女パーティが強すぎる件


「遅いっ!」

 斬りかかってきた馬上からの一撃を、メドゥサは斬り上げた。

 腕が湾刀を握ったまま宙に舞う。その後を追って首まで飛んだ。


〝ウスコクの怪力姫〟の実力は、カラヤンが惚れるだけのことはあった。


 彼女の前に、二頭の騎馬が雪泥を蹴って、猛然と突っこんでくる。

 それに向かって跳躍一番。馬上の騎手と目線が並ぶ。

 そして、すれ違いざまに横一閃。驚く二つの顔だけがその場に残った。


 さらに後続からやってきた騎手の胸面に両足着地して踏み折り、馬から蹴落とす。馬をそのまま走らせつつ向きを入れ替え、手綱を返して、しなやかに急回頭。再び腹を蹴って加速すると敵の群に突っこんでいった。


 俺は魔法で彼女のサポートを考えたが、邪魔にしかならない気がした。


 すると五頭の騎馬が群から離れた。そのまま逃げるのかと思えば、寝台車へ走る。狙いはハティヤらしい。

「しまったっ。ハティヤっ! くそっ、そっちを狙うのは反則だろっ!」


 俺は全力疾走で馬を追いかける。

 その直後、彼らが次々と落馬していった。

 顔や胸に、矢を受けて。


 いわゆる速射だ。ただ速いだけでなく一度に二連矢で速射して、敵二人を射落としていく。五人の敵にたった二射で四人が落馬。最後の一人はあわれ、逃げ背を二本射しにされた。


「うっ、うっそ~ん」


 またしても出番なし。うちの女性陣が強すぎる件。


「狼ッ。後ろっ!」

 ハティヤに叱咤されて振り返ると、背後に迫った二騎がすでに湾刀を振り下ろすモーションに入っていた。


(あのさぁ。美女二人に敵わねーからって、もうお前でいいや的なノリでこっち狙うなよ。傷つくだろうが)


 俺は斧の石突いしづきで地面を突いた。


 次の瞬間。間近に迫った二組の人馬に格子状の線が入る。それから北風を受けるや、積み木みたいにバラバラと崩れ去った。


 魔法だ。きよい男が三〇代になったら使えるアレじゃない。

 斧に付呪された【風】の詠唱痕タトゥを解放した。一度使うとマナを再供給しなければならないが、幸い、マナならある。


 斧に刻まれた魔法名は〝微塵旋風ダストデビル〟。本当はもっと小さく切り刻めるらしいが、俺は積み木サイズが限界。精肉には向かない魔法だ。


 魔法という奥の手は、知れば知るほど使いたくなる。ちょっと麻薬的で怖い。


「ふっ。またつまらぬ物を切り刻んでしまった」

「それ、言ってみたかっただけでしょ。それより大丈夫?」


 ハティヤが駆け寄ってきた。そして、また矢を放つ。馬から人が落ちる。その妙技がすごいはずなのに、もう当たり前に見えてくる不思議。


「ねえ、狼。そろそろこっちから言ってあげた方がいいんじゃない? わたし、お腹減ってきちゃった」

「だね~。もう、そうしようかぁ」


 午前の仕事を早めに切り上げるOLめいたゆ~るい感じで、悪党の救済を決める。この時、三〇いた騎馬は一〇騎ちょっとにまで消耗していた。

〈ゼムンクラン商会〉は事実上の解体だろう。


 メドゥサ会頭ひとりに戦場の主導権を握られた挙げ句、それぞれが自分勝手に彼女を狙うので、遠巻きに見ても見苦しい。


 武器を振り上げたまま仲間のタイミングを気にして出遅れたり、回避と接近が同じ方向でぶつかりかけたり、最初から最後まで翻弄されて各個撃破されていく。

 統率って大事。ともすれば軍隊の訓練は機能的で理に適っているわけだ。知ってたけど。


 俺はあの石炭商人の遺体から金袋をとると、それを掲げて停戦に向かった。

 石炭のために俺のもふ面を殴ろうとした金だ。ずっしりと膨らんでいる。まとまった額が望めるだろう。


「はーい。もう終わりー。終わりでーす。これ以上は無駄なので手打ちにしまーす。ここにお金ありますから、全滅する前に、これもって解散してくださーい!」


 すると、一人の男が駒を止めて俺を睨んできた。

 そいつにむかって金袋を投げてやる。

 

「あと、宿主人のこと、俺たちのせいにするなよ。ちゃんとそっちで後始末しろよな」

「けっ。知らねえなあ! お前たちのしでかしたことになってんだ,お前らが──」

「ボス。こいつら全員、口封じにみな殺しちゃってください」


 メドゥサ会頭とハティヤにゴーサインを出す。


「まっ、待て! 分かった。なんとかするっ。もうやめてくれ。畜生がっ」


 悪態を吐き捨てると、馬首を東に向けて走り出した。それに仲間達が追従していく。


「なんだ、もう終わりか。たわいもない」


 全身から白煙を立ちのぼらせ、メドゥサ会頭は覆面を顎までさげて清々しい笑みを浮かべた。


「あの。お腹のお子さん、大丈夫ですか?」

「ん、大丈夫とは? この程度、なんともなかったぞ。みんなが気を使ってくれるから、ちょうど運動不足だったし、割と楽しめた」


 なるほど。この世界の母になる女性を見る時は、メドゥサ・ヤドカリニヤを基準に考えないことにしよう。


「前衛で騒ぎになっていた女性の馬車が気になります。行きましょうか」

 とりあえずの安全にホッと息をついて歩き出した、その時だった。


 俺の視界に、チラリと影が映った。その影を追って森に〝金眼〟を向ける。

 影は森のあちこちから現れ始めた。一〇や二〇の単位で。

(足並みに統制が取れてる。こんな何もない場所で、どこへ向かってる?)


「狼どの。どうした?」メドゥサ会頭が馬上から怪訝を向けてくる。


 俺は森を指さしたまま、ハティヤを呼んだ。


「ハティヤっ。今からメドゥサさんと馬であの森を見に行ってきてくれるかい」

「いいけど。なんなの?」


「わからない。けど、前から来るはずだった馬車に関係してるのかも。いい感じがしない。俺はこの道を真っ直ぐ進んで、スコールかウルダの連絡を待ってみる。何事もなければ、カラヤンさんの馬車で集合して、お昼にしよう」


「りょーかい」

「了解した」


 俺たちは二手に分かれて、進むことにした。

 ふたりには言わなかったが、あの影はマナの気配によく似ていた。


 そんな連中を招き寄せるほどのことをしたか、身に覚えがない。

 俺たちにないとすれば、もしかすると……。


 ふたりを見送ると、俺は人の跡のない雪氷の平原を走り出していた。

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