第3話 ホムンクルス会議(3)
「今回の旅。カラヤンさんの報酬は、やはり情報でしたか?」
「ああ。カーロヴァック攻城戦の戦況記録だ。〈
「カラヤンさん。彼らの戦いに飛び込んでいくのですか」
「そうじゃあねえよ。……なあ、狼。お前、戦場に行ったことはあるか?」
戦場。海外の合同演習には二度参加したが、それでも実戦を模した訓練だ。本当の命を晒した戦争じゃない。それに俺の時代世界にはもう人間同士が直接ぶつかり合う戦闘スタイルじゃなくなっていた。
ミサイルや戦闘機による支援射撃で敵地の兵数を減らし、指揮拠点をピンポイントに狙い、そのあとの残存勢力を厚い装甲の中から虱潰しに銃撃して掃討、占領していく。
ある意味ゲームのような戦場だ。
それでも血は流れて、人が死ぬ。度しがたい世界だ。
「ないです。一度も」
「うん。そうか。なら、覚えておけ」
カラヤンは頭の汗を手で拭うと、
「戦場において、残存兵力の大半を残しながら大将の
「別の大将が新しく就いても、ですか」
「うん。負ける。おれの経験から言えば、味方の中に負けた理由が留まり続けてる限りは、どんなに前大将の弔い合戦で兵の士気が揚がっていてもだ」
「それはつまり、下部隊の指揮官に問題が?」
カラヤンは
「そうだ。だからカーロヴァック攻城戦の救援で向かい、誰かが軍規違反を犯して無理な突出があった。おれはそう見てる。だが、それだけでは大将がアスワン軍の前に出る必要はねえ。王族くらいの親軍が馬鹿をやらない限りはな」
「王族? でも、親征軍なら帝国方面戦線に出るのが筋では?」
「そこだよ。おれがずっと引っ掛かってるのは。なんで不落城塞の救援に王族なんぞが出張っていって、そんな事態が起きたのか。それが知りたい」
「確かにセニの町にいても、まず入ってこない情報ですね。でも、それならカーロヴァック市で情報収集すればよかったのでは?」
カラヤンはまた、俺のとなりに座り直して厚い胸の前で両腕を組んだ。
「ダメだったんだよ。カーロヴァック市内の連中は城壁を守るのに必死で、救援軍の勝利。アスワン軍撤退の上っ面しか知らされてなかった。自分の大将が敵軍に捕まってたなんて、今でも気づいてないヤツがほとんどだった」
「救援軍は、カーロヴァック城内に入らず王都に戻ったのでしょうか。それとも
「おそらく両方だな。上が見事に封じてるんだろう。だから余計に王族の存在を感じる。狼。そいつが今後のネヴェーラ王国の
§ § §
サウナ小屋から出ると、俺はライカン・フェニアの部屋に向かう。
後ろで上位精霊が背後霊のようについてくる。
「ずっと黙っていましたよね」
「あの年寄りは、フェニアが嫌いなのだ」
「そうかもしれません」
俺は率直に応じたつもりだったが、殿下の機嫌は直らなかった。
「あやつは、フェニアを殺すのではないか?」
「どうでしょうか。今は博士の態度次第といったところだと思います」
「狼頭。貴様はフェニアの味方ではないのか?」
「博士とムトゥさんが仲良くなる道はないかと考えています」嘘は言ってない。
「ないぞ。そんな道など」
「なぜそう思うのですか?」
俺が手を差し伸べると、上位精霊は無言でその手を握ってきた。
たぶん俺からマナを吸い取っているが、気にしない。手をつないでまた廊下を歩く。
この後、暴発でもされたらこの館は一瞬で灰だ。
「先ほどのあやつは激怒していた。貴様を見る目など、スープにするか
殿下が幼児のような表現をするので、俺は思わず噴き出してしまった。
違いない。俺はもう少しでムトゥ家政長に食われそうになったのだ。
「ええ。あの時は、さずがに俺も身の危険を感じました。それほどまでに彼は全身全霊を賭けて、あのダンジョンの秘密を守りたいのでしょう」
「ふんっ。まともに食える物もない場所をなぜ守る必要がある」
「ものの価値は、人により違いますから」
「ならば、狼頭。貴様にとって、あそこは価値があったか?」
「いいえ」即答した。「俺には無価値でした。でも、懐かしさは感じました」
「懐かしさ?」
俺は自分でもはっきりと
「もう二度と戻ってこない、自分が住んでいた世界のことを思い出すことができました。家族の墓の前に立ち、その面影を思い出すくらいの、懐かしさです」
「そう言えば、フェニアはあそこが墓だと言っていたな」
「はい。人の大多数が、長く生きることは切なる願いです。でも長く生きすぎると妄執になるようです」
「妄執?」
「オイゲン・ムトゥは、なぜ生き続けなければならないのか。その目的を見失っているように思えます。でもライカン・フェニアはその目的を忘れていない数少ない人物です。ちょっと直情的ではありますが、頭脳もあり行動力も証明された。
ムトゥさんのようなダンジョンに縛られて動けなくなった人にとっては、いい加減、目障りな存在でしょう」
「ではやはり、あの年寄りはフェニアを殺すのか」
俺は手をつないだまま、首を傾げた。
「目障りだからどこかへ遠ざけたい気持ちと、彼女が持っている膨大な知識は有用だから監視して、いざというときは利用したいという気持ちが半分ずつあるのかもしれません」
「それはまったく逆の考えだ。矛盾しておるではないか」
「ええ。それが人間という厄介な生き物です。殿下は友人として、博士をどうしたいですか?」
「無論……フェニアの望む通りにしよう」
「死にたいといったら?」
「ふふっ、それは本心ではない」
「そうなんですか?」
「口にしても、明日になれば忘れておる。研究したい〝てえま〟とやらが二千ほどあるそうだ」
「それなら、当分は殺されても死にそうにないですね」
憎まれ口を叩いたら、殿下はようやく愉快そうに笑ってくれた。
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