第16話 婀娜(あだ)めく龍となるために(16)
【第17階層】は、航空機のメンテナンスドッグほど天井が高い。
そこに右奥から黄金色、白銀色。左に奥から赤銅色。そして翡翠色の竜がうなだれて佇んでいた。
どれも眠っているようだ。
近づいて見上げると三メートルほどあった。
翼竜というのか、腕に翼膜があり、温かみのない金属の輝きを放つ。
脚部はクローアーム。足と言うには把握関節が多い。怪獣ではなくごつい猛禽類のそれに近い。文字通り爪を立てて、どこにでもとりつけてしまいそうだ。
頭部から頸部の長さは、一メートルないくらい。
うなだれた曲線と緑の鱗が艶めかしく、機械ではなく生物のようだ。
「これ、コックピットはパワードスーツ型ですか」
「うむ。シート型にすると、機体そのものが大きくなる。イコール、浮かせる動力部も比例して大きくしなければならなくなるからのぅ」
静謐な声でライカン・フェニアは応じてくれた。
「その動力部は?」
「コックピットの
「それじゃあ、尻尾が……すごいな、外からじゃ接合部が見えないですね」
「宇宙域も考慮した。コックピットの緩衝内壁を外して取り付けるんじゃ」
「おーい、おーい。フェニアか。何をしとるんじゃあ?」
大きな胴間声。俺たちが振り返ると、三つの影が入ってきた。
毛むくじゃらのジャガイモに筋肉ムキムキの手足をつけたオッサン達が現れた。
「えっ。もしかして、彼らは本物のドワーフ族ですか」
「なんじゃ。お前たちの世界では珍しいのかや?」
「そりゃあ……架空の種族でした」
「ふむ。ならば、紹介しておこうかのぅ」
ライカン・フェニアが歩き出すと、俺もそれについていった。
「右から、マクガイア、マシュー、オルテナ。国籍はカナダじゃ」
なんだなんだ。俺のラノベ脳にニアミスしてくるような聞き覚えのある名前は。
「狼です。皆さんと電池製作で意見交流をすることになりました」
「なんだと! 電池だぁ! コイツは
竜も目を覚ましそうな陽気なデカい声。相手を
だがそこをあえて踏みこんで、握手を求める。
すると三人のドワーフはようやく笑顔で快く応じてくれた。
挨拶は、まず罵倒から。それも俺がラノベから学んだドワーフの流儀だ。
初対面で、いかに相手を口汚く茶化すかが、ドワーフ社会の因習として描かれていることが多い。だから彼らはあまり人気がない。
礼儀正しいドワーフもいるが、それは人族相手に商売を長年やっている連中だ。
銀行員だったり質屋だったり。
あと性格は、頑固なのではなく意地っぱり。
よく失敗するくせに失敗から学ばず、詫びるという発想がない。反省しない。他人を褒めない。計算が速い。打算的だが陰謀は下手。技術論が長い。
だから、美辞麗句や褒め殺しが日常会話で、非世俗的なナチュラリストのエルフ族とよく揉めた。水と油以上の、超純水とアスファルトだ。
(マジだった。女性ドワーフにもヒゲが生えてるよ)
オルテナというドワーフは、女性だった。あご髭を綺麗に三つ編みにしていた。
「兄貴っ。コイツ、今あたいに色目使ったあ!」
「なぁにぃ!?」
悪いが、キレっキレのムキムキ女子には萌えない。俺は右のドワーフを見る。
「竜の動力部に使われてきた電池は、リチウムですか」
本題に入ると、ドワーフ三兄妹がピタリと静かになった。
「例えば、塩化チオニルリチウムとか?」
「おめぇ。なんで、そのことを……っ」
マクガイアが警戒の目で俺を見上げてくる。
「俺のいた世界で、電子の放出性能の高さでリチウム。そしてそのリチウムの発熱を抑えてまとまった電力を供給するなら、塩化チオニルあたりかなと。
小型航空機なら、リチウム電池の直列三相交流で、二八ボルト。理論上は可能です。でも、塩化チオニルリチウム電池は落下や衝撃に弱い。ですよね?
着陸時に塩化チオニルが液漏れを起こせば硫化水素、亜硫酸ガスを発生させる。パイロットに非常に危険です。およそ航空機──竜の飛空には適しませんよね」
「……っ」
「あと、そちらの塩化チオニルリチウムは再充電ができますか? 戦闘中に電池が切れれば、パイロットも機体も終わりですけど」
「じゃ、じゃったら、おめぇはなんとかできるんか!」
二男マシューがけんか腰で食ってかかってきた。
「残念ながら、この世界に持ち込めたのは技術ではなく、知識だけです」
「なんっじゃあそりゃっ。その顔は
「電池の話ですよ。あなた方を、脅した覚えもありませんけどね」
ライカン・フェニアが疲れた吐息で歩き出したので、俺もついていく。
必然、ドワーフ三兄妹もついてきた。
「おめぇ。コバルト酸リチウム、知ってっか。二次電池(再充電型)の」
マクガイアがとなりにやって来てぼそりと言った。俺は歩く速度を落とした。
「ええ。ここでも実験していたんですね。どうです、冷却問題。越えられましたか?」
ドワーフ長兄は神妙な顔を向けてきた。
「電圧二八ボルトを一回の戦闘で、六時間から最長十二時間の継続飛行だ。還ってきた時には、コックピットは焼き
「実に賢明だと思います。では、併用案は?」
「ばか言うねぇ。それぞれの利点を積んだのに、戦闘で追い込まれてたら最後はそれぞれの欠点でツケが回ってくんだぞ。液漏れと冷却。こいつを解消しねぇことには電池の併用どころか、パイロットまで使い捨てになっちまうだろうが」
俺は何度もうなずいた。
「水冷却は? アンモニアは試してみましたか」
「おう。陸戦ならアリだ。だが成層圏で戦ったら……後はわかんだろうが」
「ええ。一瞬で凍りつき、膨張して冷却チューブが破裂。放熱しているはずの電池まで氷漬けにされたら……本末転倒ですね」
俺にとっては、この世界だけ凌げればいいのだ。
だが、宇宙から異世界を渡り歩いていく彼らにはまだ先がある。
§ § §
〝龍〟を見る前に、予備知識を得るため交戦記録を二時間ほど読んできた。
全文英語だったが、知らない単語は少なかった。
【 思えば、十年前。中東地域にヤツが現れた時点で、我々の逃避行は決まっていたのかもしれない】
逃避行。
統一暦二〇〇九年。中東オマーン海上のリニア
採掘艦〝ハヌマンラングール〟
船名の由来は、インド大陸に生息する灰褐色の猿の名前だ。サンスクリット語で「痩せた猿」。ヒンドゥー語で「長い尻尾」の意がある。
現実として存在する白毛猿だ。インド神話『ラーマーヤナ』に登場する猿神ハヌマーンの民間信仰から保護されてきた。だがこの猿。民家や商店から物を盗んでいく害獣だった。
けれど同じ害獣であるアカゲザルと縄張り争いをしていたことから、天敵として使役され、人々に文字通りの御利益をもたらすようになったらしい。
その勇敢な猿神の眷属が、母星から飛び発つ彼ら、人類に当てはめられた。
【 彼らは世界各地から集められたが、エリートではない。それどころか、幹部全員が各分野から異端、はみ出し者、鼻つまみ者とされてきたアウトローばかりだ。
(判読不能。たぶん記録者のヤケクソの絶叫)
だが彼らこそ、母なる惑星を敵に侵された事への義憤にかられた勇者だ。
この採掘艦という〝街〟の中で、私に彼らを統べる器があれば良いが。神よ】
採掘艦。
建前上は、宇宙資源の探索調査と採掘。そして、エネルギーに変換したものを母星へ電波輸送するのが主任務だったようだ。
船員は、医師や科学者はもちろん、教師、元軍人や傭兵、亜人種。懲役二〇〇年の判決を受けた受刑者。芸能人。パン屋。農耕者などなど、世界三〇〇万人の応募から選りすぐられた宇宙耐性の強い人々、五〇〇〇人だった。
順風満帆の船出といきたいところだが、母星の外周で早くも戦闘になったらしい。
【 進宙式二日目で、襲撃に遭う。母星の周辺宙域は、亜空間異常とみられる〝亀裂〟ばかりだ。この事実を母星に伝えるべきか、迷う。神よ』
彼らは既に惑星ごと、
だから、記録者は〝逃避行〟と自虐的な感慨を得たのだろう。
【 護衛艇を既に半数失った。それらの残骸をできるだけ回収し、新しい、確実な対抗策となり得る機動戦闘機を建造する必要がある。仮に〝Vマナーガ計画〟としておく。
なんとしても、徨魔の〝巣〟を破壊してもう一度、母なる惑星に還ってきたい。帰る家がまだ残っていればいいが。神よ】
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