第13話 魔霧の森林戦 後編


 首を失った二人の騎士を、掘り返した穴に落として土を戻す。

 残した一人は落ち葉の絨毯のおかげで顔に擦り傷程度。スコールの報告では、他の騎士から隊長と呼ばれていたらしい。いい仕事だ。俺は二人を褒めた。


「私を、どうするつもりだ」

 両手を後ろ手に縛られて座らされた隊長が俺を恨めしそうに見上げる。


「三日前。この森で、少女が兵士によって殺されました」

 顔を前に向けたまま、目だけ隊長を見下して言う。


「では、町にあの噂を流したのは」

「俺です」

「……っ」

「そして、昨夜。市街地で少女が衛兵によって誘拐されました。名前はハティヤ。年頃は十五。彼女の妹が我々を呼びましたが、ひと足遅く、犯人に逃げられました」


「……っ!?」隊長は顔を伏せた。

「彼が、その少女の父親です」

「なっ!?」

 隊長がシャラモン神父を見上げ、目を見開く。その瞳は恐怖で乾いた。


「はっきり言いましょう。昨夜誘拐された少女の命の価値は、あなた方の首三つでは足りないのです」

 隊長はまたうなだれる。今度は身体から鎧がカタカタと鳴り出した。

「わ、私は……」

「隊長さん。大司教猊下は病んでおいでなのです」

「えっ」


 突然何を言い出したのかわからない顔で、隊長は俺を見る。


「日々の生活において、神の声が聞こえなくなっておいでなのです。そのために使えもしない金を集めてみたり、愛されもしない娘を手元に置いてみたり。際限のない物に耽溺しておられるのです」


 隊長の顔が苦渋の混じった泣き顔となって歪む。

「もはや我々では、猊下をお止めする術がなかったのだっ」

「そうでしょうね。あなた方は猊下よりも身分が低い。部下にいさめられて止まる上司ならとっくに止まってる」

「くっ。うううっ」


「だから、俺が止めます。邪教のエセ呪術師としてね」

「エセ呪術……お前は、一体っ!?」


「よお。狼頭。墓守仕事に精が出るなあ」


 鷹揚おうような声とともに、ポンチョパンチが霧の向こうから側近と一緒に現れた。


 そして、遅れて武器を持った手下が二人、三人……七人、八人と次々と現れる。あっという間に俺たちの周りに人垣をつくった時点で、俺は数えるのをやめた。


「狼さん。もう帰りたいので、吹っ飛ばしてかまいませんか?」


 シャラモン神父が苛立たしげに訊いてきた。神父、昔の冷血魔術師が漏れてますよ。


「ボグダン。これはなんのつもりですか」

「悪いな。娘の遺体とそこの騎士はこっちでもらっていくぜ」

「構いませんよ」

 俺はあっさりと言った。仲間の視線が俺に集まるが、気にしない。


「なんだ、苦労してた割に聞き分けがいいな。本当にいいのか」

 ボグダンは探るように俺を見上げる。俺は戦斧で地面を突き、肩をすくめた。


「ええ。ただ、いくつか知りたいことがあります。こちらも次の仕事が控えているので手短に」

「あん……なんだ」


 俺にも根拠があったわけじゃない。ただ、俺はずっとこのボグダンという男から不自然さを嗅ぎ取ったのだ。


「パラミダという男に会ったのは、いつですか」

「あぁ? 誰だそいつは。わけがわからねぇな」

「そうですか。正直に応じる気がないのなら、この話は終わりです。かかってきてください」


「ちょっと待て。本当にわけがわからねぇんだよ。なんでここで、お前の口からそのが出る?」


 ほらな。やっぱりだ。この男もパラミダに〝汚染〟された人間だった。


「あなたは気づいていないでしょうが。あなたが言い渋るのであれば、娘さんの遺体も渡せませんし、証人の引渡しもお断りです。ボーデンシュタイン神父殺害も、あなた方による口封じと広言してもいいでしょう」


「て、てめぇ……っ」

「あれ。図星ですか。俺とまだ友好的に話す余裕はありますか? それとも俺たちに皆殺しにされます、かっ」


 言い放つや、俺は戦斧を投げた。戦斧はあらぬ方向へ回転しながら森の奥へ飛んでいき、とあるねじれた大木を切断した。縦に。


 真っ二つに斬り裂かれた樹の裏で、男がボウガンを構えていた。男は鼻先を掠めた斧を見つめて得物を手放し、悲鳴をあげて逃げ去った。


 ウルダが灰髪を逆立てて追いかけようとするので、俺は名を呼んで制した。


「さあ。返答を。今日は忙しい身でしてね。……神父。彼らに天の裁きを」


 シャラモン神父が適当な魔法を唱えると森がざわめき始めた。【風】かな。


 リンバロムナ商会たちは動揺しだす。ボグダンが慌てて手を制した。


「まっ、待て! ……二〇日ほど前だ。おれが仕切ってる酒場に金の詰まった大袋を持って現れた。本当だっ」


「はい。それで」


「人を集めていたらしい。盗賊団でも起ち上げる気だったんだろう。だが、デブの小男がもっとデカいことをやろうと持ちかけて、店を出た」

「ボグダン。話をぼかそうとしても無駄ですよ。パラミダは初めから、あなたに会いに来た。そうでしょう?」


「──ッ!?」


「その酒場は、あなたの仕切りだと言ったばかりじゃないですか。パラミダはあなたに会いに来たのです。金袋をちらつかせて。人を集めると目的まで言った。

 パラミダも最初は本気で盗賊団を起ち上げるつもりだったのかも知れない。でも、そこにグルドビナという男が荷担したことで、あなたは大金が動くニオイを嗅ぎ取った。

 そしてあなたはアラディジだけでなく、他の部族にも声をかけて兵隊を工面してやった。違いますか」


「……」


「なぜなら、パラミダはビハチ城塞の宝物庫から強奪された二〇〇万ロットもの大金が、あなたに預けられたからだ」

 悪党は、苦々しげに俺を睨みつけた。


  §  §  §


「あなたはその金を横領しようと企んだ。他の部族を軍に混ぜることで、軍の統制が機能不全に陥るよう画策した。パラミダの戦死を目論んだわけです。

 ところが、パラミダの率いた軍によるシステア陥落の一報が届いた。

 さらにネヴェーラ王国の上級将校の遺体を王都へ移送。そこで、兵は一端解散したはずでしたが、そうはならなかった。あなたが足枷として手配りしたはずの兵隊達がパラミダに懐いてしまった。

 その兵数、七五〇〇。

 ところがまたしても誤算が起きた。ネヴェーラ王国軍の中将スペルブ・ヴァンドルフの遺体を王都に犯人と移送したことで、王都がパラミダを支援し始めたのです。

 食糧や武器が粗悪品? そんなことは些末なことです。

〝国王からパラミダは公式に認められた〟。その〝御布令〟があなたにとって看過しがたい事実だった。この先、アラディジ達の気持ちが自分よりもパラミダを〝民族自決の旗手〟として認め始める。ならこれまでアラディジで築き上げてきた自分の地位はどうなるのか」

「黙れっ……黙れっ!」

 


「あなたはパラミダの二〇〇万ロットを預かる手前、必要物資は揃えてやらなければならない。食糧や武器よりも、パラミダが重要視していたのは、軍馬だ。

 リンバロムナ商会は陸運業。すなわち馬商人です。馬だけは屈強な数を揃えなければパラミダから不興を買い、二〇〇万ロットの返還を要求される。


 そして、今や七五〇〇にまで膨らんだパラミダ軍が金を取り戻してくることを恐れたあなたは、パラミダに言われるまま、ある人物を紹介せざるを得なかった」


「ある人物?」

 シャラモン神父が口をはさんだ。俺は頷いた。


「大司教ジョルジュ・セオドア・バイデルです」

「こいつ、自分の娘を連れ去った相手とグルだったのかよっ!」


 スコールが軽蔑した声を出す。

 俺はボグダンを見つめたまま言葉を継いだ。


「違うよ。スコール。この人は自分の娘が連れ去られたことを知り、そのことを逆手にとって大司教を脅迫していたんだ。内容はどうでもいいけど、娘の返還と教区での営業権とか、かな。

 だから、エステルさんだけが殺されることになったんだ」


「ちょっと待ってください」シャラモン神父が口をはさんだ。「ペルリカせんせいの話では、連れ去られた娘は消息不明になっている、と。彼女だけが殺されたとは、どういうことですか」

 

 俺はポンチョパンチを見つめたまま、顔を振った。


「消息不明は、死亡を意味しません。ずっと牢屋に入れられているのですよ。今もね」


「あっ。教区衛兵の庁舎っ!」

 スコールが声を上げた。俺はうなずいた。


「大司教は連れ去った娘を殺すことはしなかった。でも、エステルさんの場合は事情が変わった。ボグダンが大司教の醜聞をネタに脅迫してきたことは、後顧の憂いになると大司教の部下は考えた。

 そこで、エステルさんだけを脱獄するように仕向け、脱獄罪で追捕中に誤って射殺したことにしたのではないでしょうか」


「この野郎ぉっ! 全部お前のせいじゃねぇかよ! バッキャローッ!」


 ミチルが、スコップを掴んで突進する。俺はその細い腹を左腕で抱きかかえた。じたばたもがぐが、俺はがっちりホールドしてはなさなかった。


「ミチルさん。ボグダンも、わが子の返還と欲得を合わせてカーロヴァックの権力者を脅迫したことが悪手だったと身にしみてる。だから、せめて娘の遺体を探して引き取ろうと考えた。そこで無関係そうな俺と神父が現れた。ガラにもなく神の慈悲にすがろうとしてね」


「地獄へ落ちろ。ダメ親父っ! お前なんかエステルの親じゃねえ。クズの親玉だ!」


 ミチルの悪罵あくばは留まることを知らない。俺は仕方なく、彼女をウルダのほうに投げた。ミチルは落ち葉の上に尻餅を受け止められ、泣きじゃくりながらウルダに抱きすくめられた。


「ボグダン。パラミダに、俺たちを殺せと言われてきたのですか?」

「なぜ……そう思う」


 ポンチョパンチは急に老人のようにしわがれた声を洩らした。

 俺は視線をそらして、ため息をついた。


「わかりたくありませんが。アイツは、あなたにこう言ったのではないですか?」


〝アラディジを全部、オレによこせ。お前じゃあ一生、王なんて無理だ〟


 俺の言葉に、ボグダンは顔を赤黒く変色させて睨んできた。


「あんな若造に何がわかる! なあ、あんた。おれなんだぞ? おれがあの町を造ったんだ。地上も地下もっ。おれはアラディジの王なんだ! なの、にっ!?」


 次の瞬間、男の胸に矢が突き立った。

 俺たちが振り返ると、裂けた樹幹の間から女がのないボウガンを構えていた。


 ナギサだった。


 それが合図になったのか。胸を押さえるボグダンの身体に次々と刃が突き刺さる。

 彼の側近達が主人を襲ったのだ。


 アラディジの王は目を見開いて、ひどく驚いた形相のまま枯れ葉の中に没した。

 その亡骸は、首のない騎士らと一緒の穴に落とされ、今度こそ地上から消えた。


 俺たちは無言で、それらを眺めることしかできなかった。


「みんな、行こう。ハティヤを迎えに行かないと。──ナギサさん、行きますよ。運ぶのを手伝ってください」


 彼女はしばらくうつむいて動かなかったが、やがてボウガンを捨ててついてきた。

 俺はそっと小さく牙を剥いた。


(……クソッ。ずっとアイツの後手後手じゃないか)


 ボグダンはとっくに用済みだったのだ。

 パラミダの思惑のまま処断させられてしまったことだけがしゃくさわる。

 解き放たれたトカゲの影が、どんどんドラゴンへと変貌していく気がした。

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