第11話 シャラモン家、踊る大捜査網


 陽がどっぷり暮れた頃。リンバロムナ商会の地下街から帰ってきてすぐ、ハティヤが半狂乱になって訴えてきた。


 シャラモン一家の六番目グローアがいなくなった。


 グローアは、末娘ユミルの一つ上になるハーフエルフだ。

 弟妹の中でおとなしいほうで、影は薄い。でも本や草花が好きで歌がうまい。『ふるさと』を歌って聞かせたら、すぐに覚えた。しかも何気に音階まで適正修正されて。軽く凹んだわ。


「夕食の時にはいたのっ。でも洗い物をいつも手伝ってくれるのに、今日はいなくてっ」


 戦斧を馬車に置いて、俺は木箱にあったリンゴをかじった。マナを供給する。


「みんなで捜しましょう。ハティヤは北。スコールは東を。ウルダには西を頼みます」


 シャラモン神父が不動の位で子供たちに指示を出し、ハティヤは弟妹たちと。機動剣士二人は魔導具を手に各方面へ散っていく。


 俺は、シャラモン神父と留守番のユミルに声をかけた。


「ユミル。グローアの持ち物を貸してくれないか」

「うん?」

「なんでもいいんだ。いつも使ってるヤツ」


 するとユミルはちょっと考えて、幌馬車の中に引っ込んむと、

「これっ!」

 それを持って出てくるなり、俺の顔の前にいきおいよく突きだしてきた。


 パンツだった。


「う、うん。ありがとう。もういいよ。本当、ありがとう」


 お礼を言って、俺はマナを発動させる。属性は万能型の【風】でいいな。

 何度か犬鼻を動かすと、地面にうっすらと掠れ気味な煙の筋が浮き上がってきた。


 まったくもって、魔法は便利すぎる。


「よし。なんとかなりそ──」

 言い終わるのを待たず、馬車から俺の首にからませ、飛び乗ってきた。

 その左手には、俺の望遠鏡。

「ちょっと、ユミル!?」


「さあ、おおかみよ。グローアをさがすのだあ!」

 マジか。俺は保護者に助けを求めた。


 シャラモン神父は独自の【水】魔法で広域索敵をかけている様子だった。

 帰ってきて早々、子守かよ。俺は仕方なく、ユミルを背負い直す。


「望遠鏡、落とすなよ」

「あいあーい!」

 煙の筋を追って、俺は走り出した。


 十五分後──。


 グローアは市街地の南西端。戦場そばの稜堡りょうほうに集められた空樽の中に、麻袋を頭からかぶせられた状態で発見した。


 俺が保護した時、彼女は樽の中で歌を謡っていた。

 発見合図の【火】マナを空へ放つと、機動剣士とシャラモン神父が飛んでやってきた。


「グローア!」

「あ、先生」割とさっぱりした反応だった。


「グローアっ。どこかケガはありませんか。恐いことをされませんでしたか」

「うん。先生、パラミダ。いたよ」


「はい?」

「パラミダが、ここに入ってろって。狼に言えって」


 俺は全身が総毛立った。


(まさか、陽動……っ!?)


 ここまでおびき出された。失態感が脳裏をよぎった、その時だった。


 ──先生ぇええええっ!


 ギャルプの大音声が町に響き渡った。

 シャラモン神父はグローアを抱きかかえたまま今度はそっちに走り出す。


 俺は長男を見た。


「スコール。ユミルを背負って飛べるかい?」

「へっ? できるけど」


「ユミルに望遠鏡を持たせてる。空から監視してくれ。この市街地から急いで離れていく馬車を捜すんだ。──ウルダは、俺と一緒に神父を追うっ。急いで!」


 俺はユミルを自分の背中からスコールの背中に貼りつけると、ウルダをともなって走り出した。


「狼。パラミダ。誰?」


 横を走るウルダが訊いてきた。セニの町で面識はなかったな。俺はとっさに表現に困った。俺自身もどういうヤツなのかいまいち把握できてない。でも、


「二度と会いたくない男だ。話をするだけで疲れる。正気を奪われていく感じがする」

「それ、悪魔?」

「かもな。でも、心に不満を抱える人間にとっては、魅力的に感じるらしい」

「うん、それ悪魔」

 ウルダの確信めいた決めつけに、俺は少し癒やされた。


(パラミダ。お前、システアにいたんじゃないのかよ。なんでこの町に)


 俺は苛立ちを込めて地を駆ける。集中しなきゃ。これ以上、あいつのために思考を割いてやる気はない。そう思えば思うほど、苛立ちが募った。


  §  §  §


 今度は、ハティヤが連れ去られた。


 ギャルプの説明によると、ハティヤが先頭を走っていて角を左に曲がった。そこで出会い頭に現れた衛兵二人組とすれ違った。その直後いきなり後頭部を殴られて昏倒。そこに折りよく現れた馬車に乗せられて連れ去られたそうだ。


 方角はあっち──東だそうだ。


「ウルダ。伝令。スコールに東へ向かう馬車と伝えて」

「了解」

 ウルダは〝郭公ククーロ〟で屋根に飛び上がり、あっという間に夜空へ消えた。


「さすがにカラヤンさんの鍛錬も、衛兵から奇襲されては予測できなかったでしょう」

 シャラモン神父はグローアの頭を撫でながら、不安げに微笑んだ。

「ハティヤも、グローアの安否のことで精一杯だったでしょうから。この不覚はどうしようもありません」


「はい」

「狼さん。なんでも構いません。楽観材料をいただけませんか」


 シャラモン神父は笑顔で言った。血の気のない唇が不安で小刻みにふるえていた。


「カラヤンさんの鍛錬の中に牢屋からの脱出術というのは、あったはずです」

「えっ」


 シャラモン神父は初耳だったらしい。俺は言葉を重ねる。


「あと、捕虜になった時の情報収集術という講義があってもおかしくないかな。目覚めた後のハティヤは、間違いなく、敵にとって脅威となり得るでしょうね」

「それ、本当ですか?」

 半信半疑の保護者に、俺はうなずいた。


「ええ。俺はビハチ城塞で、カラヤンさんがそれらを実戦していたのを、この目で見て知っています。あの人の性格から、自分ができることを弟子に伝えてないはずがないでしょう」


 あー。いま思い出しても腹立たしい。

 俺の目前で、牢の格子扉をみずからこじ開けて出てきた時の、あのハゲ親父のドヤリ顔を。あ然とする俺の顔を見るなり、「出迎え、ご苦労」だもんなあ。奪還活動で必死に動いた俺の心配も知らずに。


 やがて、建物の屋根からスコールとウルダが帰還した。


 ユミルは長男の背中で夜の空中散歩を愉しんだのだろう。望遠鏡を握ったままぐっすり眠っていた。この子は将来、大物になるかもしれない。


「スコール。どうだった?」

 長男は末の妹をシャラモン神父に預けながら、


「うん。ユミルが見つけた。ここから北東の、たぶん衛兵庁舎だと思う。そこに入った」


「衛兵庁舎……偽装でもなく、本職が少女誘拐したのか」


 町を守るはずの警察が旅行者を襲うなんて呆れる。庁舎に逃げたのも、衛兵という職権をフル活用している慢心の表れか。


「あとさ。狼」

「なんだい」

「たぶんだけど。あの衛兵。この辺の衛兵じゃないと思う」

「というと?」


「護送馬車に描かれてた紋章が、なんか違ってたらしい。ユミルが言ってることだけどさ。町に来て見たときは犬が〝三匹〟なのに、あの馬車は〝二匹〟だったらしい」


 ユミルはあちこち望遠鏡で覗いて、衛兵馬車の紋章まで記憶していたのか。

 幼女の記憶力、侮りがたし。


「管轄違いということでしょうか」

 シャラモン神父が懐疑的な声を洩らす。


「そいつは、たぶん教区衛兵だよ」

 女性の声がして振り返ると、ナギサとミチルが歩いてきた。


「あれ、どうしたんですか。二人とも」

 俺が訊ねると、二人同時に眉をひそめられた。

「どうしたんですか、じゃないだろっ。子供のあんなデカい声を聞いちまったら、この辺に住んでる連中は何事かと息を潜めちまうじゃないか」


 ナギサが微笑みながら苦情を言った。

 ギャルプの大音声だ。潮騒と声の大きさで勝負して勝ったと豪語する九歳の赤髪少女だ。


 もしかすると衛兵達はギャルプの声に面食らい、慌てて公務を装うために自分の巣に戻ったのかも知れない。だとしたらギャルプもお手柄か。


「申し訳ありません。お休みのところをお騒がせして」


 シャラモン神父が問題児の保護者らしく慣れた様子で頭を軽く下げる。


「いや。うちらは今、店を閉めてこれから帰るところだったんだ。何かあったのかい?」


 神父が事情を話すと、支店長と手代は顔を見合わせて表情を曇らせた。


「そりゃあ災難だったね。そいつら、教区衛兵で間違いないと思う。大司教の私兵に成り下がってて、こっち軍政区の衛兵も手が出せないから、やりたい放題なのさ」


 許されざる者達だ。けれど……。

 俺は、シャラモン一家を見回して言った。


「一日だけ待とう」

「えっ!?」

 困惑する周囲に、俺は言った。


「ペルリカ先生に噂を流してもらっている。ハティヤを連れ去ったのが、エステルという少女の失踪にも衛兵が関与してるのか、そっちも突き止める必要がある」


「でも、狼っ」

 ウルダが詰め寄ってくる。俺は強くうなずく。


「わかってる。こうしている間にもハティヤの身に危害が及ぶかも知れない。でも、ハティヤもカラヤンさんの弟子だ。ただ助けを待つだけのお姫様ではないことは、俺たちがよく知ってる」


 スコールはうなずいた。今や頼もしくなった長男もハティヤの実力を認めているのだ。


「潰す。ハティヤ取り戻してくる……っ!」

 ウルダが決然と歩き出そうとするので、俺は急いで制動をかけた。小脇に抱えたまま、ナギサ副会頭を見る。


「今日、ボーデンシュタイン神父のお墓参りに行ってきました」


 それを聞いて、ミチルがシャラモン神父を見た。しかとうなずく神父に、ミチルは安堵した表情で頭を下げた。ずっと故人の弔いが気になっていたのだろう。


「そこで、ボグダンにも会いました」

「……そうかい。それで」

 ナギサのこちらの思考を探るような目で見つめてくる。俺は言った。


「エステルを捜してくれと、頼まれました」

「えっ?」

 ミチルが不思議そうに俺を見る。やはりミチルはボグダンとエステルの関係までは知らないようだ。ナギサがヤブ睨みで問いを重ねてくる。


「あの人の頼み、受けたのかい?」

「まだです。でも、結果としてその依頼を受けたことになるのでしょうね」

「なんだ、それ。……まさか、あんたっ!?」


 ナギサ副会頭の表情がみるみる鋭く強ばって、引きつっていく。

 カラヤンからの手紙を受け取った時、封蝋がずれていた。あれはどうやら彼女の仕業だったらしい。俺はあえて事務的に言った。


「明日の早朝。ミチルさんをお借りしますね」

「えっ。あ……あたし?」


 戸惑うミチル。俺はナギサ副会頭から目を離さなかった。

 あんたも知ってしまったからには乗ってもらうぞ。


「わかったよ。いいだろう。午前中だけ認める。終わったら店まで送り届けな。あと、うちの手代にケガさせたら、あんたのそのもふ毛。全部むしり取ってやるからねっ」


「冬が近いので困るのですが、わかりました」

 冗談交じりに、俺は承諾した。

 そう。これは冬になってからでは、辛い仕事になるはずだから。

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