第9話 鎮魂歌(レクイエム)は地下に届かず(4)


「槍? しかし……」


 魔女が怪訝な顔をした。俺はあえて言葉を推し重ねる。


「馬上槍です。普通の門番や衛兵が持っているような細い鉄槍ではなく、突進用の太い槍です」


「ふむ……」


「馬上槍は、直径三メンチの太い木製です。その柄の断面をくり抜き、ミセルコリデの柄を挿しこみます。そして目標めがけて突進します」


 ミセリコリデは十字架型だから衝撃の際に、柄の中へ食い込むことない。むしろその形状だからこそ相手の体幹に深く突き刺さる。


 ボーデンシュタイン神父は胸から先端が出るほど深く貫かれていた。馬の突進力と体高があれば充分可能だろう。逆に深く刺さったがゆえに穂先を身体に置き去りにできる。


「本来であれば、背後から迫る馬蹄に振り返ったでしょうが、ボーデンシュタイン神父は酔っ払っていました。自身に迫る危険に鈍化していたのでしょう」


「たわけめ。飲めぬ酒など、飲むからだ……」


 魔女はポツリと死を嘆いて、足を止めた。見送りはここまでらしい。


「去年。孤児院の長女だった娘を、養女として引き取りたいという申し出があったそうだ」


「大聖堂から、ですか?」

 シャラモン神父は首をかしげた。


 魔女はうなずいた。


「大司教ジョルジュ・セオドア・バイデル直々の通告だ。周到にも証拠を残さぬためだろう、書面ではなく使者口頭でだ。

 よいか。この王国で、王や貴族よりも身分や形式にうるさい宗教世界の大幹部が、孤児の娘を自分の養女に迎える。その不自然を〝慈愛を授与する〟と呼んではばからぬ。大司教バイデルとはそういう破廉恥な愚物なのだ。

 奴の慈愛とやらは二、三年に数度、らしい。

 養子にされたのはすべて十三から十五の娘だ。彼女たちはその後、修道院へ入ったとも真っ当な暮らしをしているとも聞こえてこない。消息不明だ。魔女と呼ばれる妾から見ても不審しかない。いや、邪淫じゃいんとさえ言っても差し支えなかろう」


「それでは」


「無論。妾は断った方がよいと勧めた。エステルの将来のため、ロクなことにならん、と。だからアンドレアスは断りに大聖堂へ向かった。凶事は、その帰りだったのだろう。……妾のせいだ」


「いいえ。結果は同じだったと思います」


 俺は服のポケットから羊皮紙を取り出した。もちろん、相手に渡したところで読めないものだ。だが、こちらに情報があることは伝わるはずだ。


「それは、手紙か……?」


「はい。三日前。バルナローカ商会に預けられた、カラヤン・ゼレズニーから俺に宛てた手紙です。その中に、首に矢を受けて殺害された少女の話が出てきます」


 次の瞬間、魔女の眉間に初めてしわが寄った。怒りの。


「それで」

「明日の朝。俺は、その少女を埋めたと思われるロマーヤという森に入ろうかと思っています」

「ロマーヤ……あそこか。わかった。妾にこの町へ噂を流せと言うのだな」


「はい。それで大物を釣るためのエサを確保します」

「うむ。相わかった。ボグダンには内密に動いてみよう」


 さすが魔女いや、賢者と言うべきか。察しがよくて助かる。


「それから、あともう一つ」

「ん?」


「今度、個人的に会っていただけませんか。お渡ししたいバラのリキュールを用意しています」


「っ!? ふふふ……この魔女たらしめ。血なまぐさい話の後で妾を籠絡ろうらくする気か?」


「教えて欲しいのです。この世界のことを。それとあなたの魔眼を奪ったあの魔女のことを」


 魔女は艶っぽい笑みを浮かべて白い手を伸ばし、ごく自然に俺の頭を撫でてきた。ひんやりとした手だった。


「〝狂戦士ベルセルク〟でもないのに魔獣の匂いをさせる人間とは珍しい。憶えておくがよいぞ、狼。

 妾は〝秩序の魔女〟だ。秩序とは、人の法でなく、世界の真理ことわりを追い求める者だ。

 ゆえに、お前がこの世界で〝特異点〟であることを、妾は快くは思っておらぬ。アストライアには、お前の行く末を占うことを禁じ、近づくなと釘も刺した。だが」


「……っ?」


「この世界の真理ことわりそのものが、もはや秩序が乱れているやもしれんな。お前の再訪、楽しみに待つとしよう」


 俺は手が離れた直後に、頭を下げていた。

 長かった。ここまで漕ぎ着けるのに。


 このすぐ後──。

 さらに長い数日が待ってるなんて、この時の俺には想像だにしてなかった。

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