第16話 カラヤンからの手紙


 ヤドカリニヤ家。書斎。

 人払いを済ませ、部屋には五人だけが集まっていた。


 俺。スミリヴァル族長。シャラモン神父。メドゥサ会頭。そして、対アスワン軍参考人としてナディム・カラス商会専務が呼ばれていた。


 ヤドカリニヤ家専用の〝軍鳩〟シェール・アミによってもたらされた当主宛ての急報に、俺は思わず唸った。


【 カーロヴァック南東部システア パラミダ野営地を確認。

  兵七五〇〇。参謀はグルドビナ・ヴェルス 】


「兵七千、五〇〇……っ!?」


 執務デスクにネヴェーラ王国の地図が置かれ、王都の右下にチェス駒が置かれていた。


「ナディムさん。システアという町はご存じですか?」


 俺の問いに、褐色肌の俊英はうなずいた。


「ネヴェーラ王国における王都東南の抑えとなる中規模の都市で、河川を利用した水運と造船で栄えた町です。三つの渓流が合流し、守りに最適です。

 アスワン軍がこの町までたどり着ければ、ひと息つけたでしょう。しかし、もしそこを統制された一軍に奇襲されたら、敗戦で士気を低下させたアスワン軍にはなす術がありません」


 俺はうなずいた。

「パラミダ義勇団はその奇襲作戦を成功させて陥落占拠している。しかし、兵七五〇〇はどこから捻出されたものか推測ができますか」


「いえ。まったく……」

 俺はナディム専務を見た。


「ビハチ城塞襲撃の際、宝物庫に蓄財されていた現金の総額を教えてくれますか?」

「二〇〇万と六一七八ロットです」


 即答され、俺はピンッと耳を立てた。誰も二の句が継げられない。

 カラヤンの予想は、いつもお金がらみで外れる。町の噂も当てにならなかった。


「ぜ、全額ロット、かね。一クルシュもなく?」

 スミリヴァル族長があえいだ。ナディム専務はうなずいた。


「はい。約八万人分の兵糧を含め、武器や馬を現地調達するための金でした。ですが、町の不良に二〇〇万ロットもの重量をすべて持ち出せたとは思えませんが」


 俺は顔を振った。


「パラミダ達は十三人。馬もありました。金袋でも金塊でも、やり遂げたでしょう。彼らはそれを持ってカーロヴァックで豪遊し、盗賊団でも結成するつもりだった。でも、誰かがパラミダに兵を雇うことを提案した。その可能性はありうると思えるのですが」


「ああ。パラミダに士官学校を奨めたことはあったが、本人は興味なさそうだった。だから統制された軍団をつくろうという発想が、ないはずだ」

 スミリヴァルが打ちのめされた様子で執務デスクに両肘をついてうなだれた。


「軍団の養成についてはカラヤンさんが詳しいですが、少なくとも町の不良が持っている知識だけでは町を奪還するどころか、統制を維持することも無理でしょうね」


 シャラモン神父が柳眉をひそめる。ナディム専務はうなずいた。


「誰かが、パラミダをそそのかした……二〇〇万の軍資金目当てに?」

 メドゥサ会頭が胸の前で腕組みして、忌々しそうに親指の爪を噛んだ。


「金目当てに挙兵をそそのかす発想が突飛ではありますが、兵七五〇〇と町一つ陥落させた結果から見れば、その可能性は高いと思われます。そしてその張本人がこの『参謀グルドビナ・ヴェルス』でしょうか」


 俺の指摘にみなが困惑の表情を浮かべる。


「カラヤンさんは相手のことを知っているようですが、皆さんの中で、この名前に聞き覚えがありますか?」

 みな顔を横に振る。 

「なら、カラヤンさんが盗賊時代に出会った人物なのでしょうか」

「おそらくな。それに、カラヤンの交友関係の広さは大商家なみだ。我々が知らない友人も百人単位でいるだろう」

 メドゥサ会頭が訳知り顔で言う。婚約数日で、もはや十年以上つれそった女房の貫禄だ。

 俺は、下あごをもふった。そして、手を止める。

「もしかして、旅団……か?」

「なんだってっ!?」

 スミリヴァル族長が目を剥いた。

 俺はシステアに置かれたチェス駒を西へ動かした。

「カーロヴァック……カールシュタットか!?」


「はい。パラミダとグルドビナが出会って、挙兵するとしたらここでしょう。兵数も当初は七五〇〇よりもずっと少なかったはずです。でも、集めた兵でアスワン軍の小さな拠点をどこか一つ落とし、拠点経営を旅団に委譲した。パラミダが旅団のために町を供給した形です。

 そのことで、他の旅団が勝ち馬に乗ろうとパラミダ義勇団に集まった。それが現段階の七五〇〇まで膨れあがった。と推測すると、今度は軍隊運営上の問題が出てきます」


「「兵站へいたん」」

 シャラモン神父とナディム専務の言葉が一致した。俺はうなずいた。  


 他民族混成部隊としても、一度動き出した軍団は消費するしか能のない金喰い虫だとパラミダだって気づいたはずだ。

 内地に反旗するにしろ。外地へ侵略するにしろ。はやきこと風のごとし。短期決戦も視野に入れて、結果を出し、解散させねば自壊する。


 戦争とは、暴力と破壊を伴う組織経営だ。最少の元手で、最大の効果を目指す。面倒な足手まといは極力切り捨てていく。俺ならそうする。

 そのために、用済みになった旅団に拠点をくれてやったつもりだったのかもしれない。


 だが、それが結果として、パラミダの人望になった。


 彼についていこうとする旅団が七五〇〇に膨らんだ。言語も門地も関係なく、破壊の権化のような怪物を見つめる目が七五〇〇。リーダーはそれを養う義務が生じる。


「そうです。パラミダは、アスワン軍を追討する大義目的でシステアを攻めたのではなく、兵糧の略奪目的で士気の低い防衛拠点を落としたのです。そして、そこでパラミダ義勇団は偶然、ネヴェーラ王国中将スペルブ・フォン・ヴァンドルフを見つけた」


「とすると……パラミダ義勇団に中将を殺害する理由がありませんね。略奪目的で拠点制圧したのなら、アスワン軍が上級将校を逮捕監禁した牢屋には目が行きません」


 シャラモン神父の指摘に俺はうなずいた。

 とたん、スミリヴァル族長がおおっと嬉声をあげた。

「父上」メドゥサ会頭が渋面でたしなめる。

「そうか。旅団がシステアに支配者面をして居着いた……中将は地元住民との紛争に巻き込まれたと」


 ナディム専務の指摘に、俺はかぶりを振った。

「文面には『野営地を確認』とあります。住民感情に配慮して町の外へ陣を立てているのでしょう。なので、その判断は時期尚早かと。カラヤンさんの続報を待つしかないでしょうね」

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