第13話 魔空戦闘(ドッグファイト)前編


 セニの町郊外。

「だから、親方よぉ。五日だけ敷地の隅を借りるって言ってるじゃあねえかい」


「旦那ぁ。隅って言っても、この面積だと二日後には建屋たてやにかかってるんでさ。こっちは施主せしゅから、早ければ早いほどいい給金がもらえるんで、みんな張り切ってるんだ。そこに水を差されちゃあねえ」


「いやいや。それはすまねぇが、五日だけ。な。五日もすりゃあきれいさっぱり引き払うからよ。頼むぜ」


 獅子髪の巨漢とちっこい親っさんが押し問答をしているところに、俺とメドゥサ会頭が到着した。


「ダンテさん」

「よおぉ、狼頭っ。いいところに来たねえ」


 占有屋に、そんな破顔されても困るんだが。


「俺は、出稽古なんて、何も聞いてませんが」

「ああ、おれの思いつきだからな。善は急げってな」


 にべもなく言い放ったつもりだったのに、笑顔の即答で切り返された。しかも何というパワースマイル。俺は思わず押し黙りそうになるのを踏みとどまって、切り返す。


「それなら却下です。そして、あれは即刻撤去してください」


 俺のひと言で、親方さんはホッと安堵の息をついた。


「おいおい。狼頭。こいつぁ、スコールのためだぜ?」

「俺は、カラヤンさんのためです。兵を集めるのも金がいりますからね」


 それだけでアンダンテは困った様子で押し黙った。はい、俺の勝ち~ぃ。というのも大人気ないか。


「稽古場の図面。見せてくれますか」


 アンダンテがおずおずと出してきたのは、羊皮紙に手描きのラクガキ。水玉模様の何か。意味がわからない。本当に思いつきだった。だが、設置途中の高低差のある丸太の乱立を見て、だいたいわかった。要は障害物設置演習だ。懐かしい。


「使用面積の概算は?」

「ここら一帯でいいだろ?」だから、ざっくりし過ぎだっての。


「実施するのは、たった二人ですよ。大きすぎます」

「実はな。ウルダにもスコールと同じ魔導具を渡してあるだなあ。これが」


「えっ!?」

 俺は耳を疑った。だなあってなんだよ。アレは一点物じゃないのか。


「でも、ここはもうヤドカリニヤ商会の私有地です。建設工期に支障が出るのは致命的にまずいです。不法占拠で衛兵を呼ぶことができますよ」


「狼ぃ。おれとの仲じゃねえのかい」どんな仲だ。恐いんだけど。


「ダンテさんの思いつきが突飛すぎるんですよ。少しは計画性を持ってください」


 獅子丸が、つと眼をそらした。周囲にも高い頻度で言われてるな、この直感将軍。

 仕方ねぇなあ。俺は、肩を落とした。……いや、これは二人の機動性を試すチャンスなのか。


「とにかく、ここじゃだめです。俺の演習に乗ってくれるのなら、スコールの返事次第では出稽古の話、受けてもいいです」


「おっ。そうかい。何かいいヤツができるのかい」


「稽古なんてまどろっこしいことナシに、模擬戦闘でいきましょう。お互いの実力さえわかれば、以後、何の稽古が必要かは本人達がわかります」


 ウルダは元暗殺者で、スコールはカラヤンの弟子だ。目標さえ持てれば、お互い強くなることにストイックになれる。


 続いて俺は、地主を見た。

「メドゥサさん、小舟を用意してほしいとお願いしたら、どれくらい集まりそうですか」

「小舟? ヤンチャールなら……」


「いいえ、もっと小さい舟です。具体的には、手漕ぎの漁師舟をいかり付きで二〇そう。あとロープ付き浮標ブイを一番長いやつで二本。借りられませんか。借り賃はダンテさんが弾みますから」


「えっ」

 嫌とは言わせないぞ、言い出しっぺ。俺がジロリと見上げると、アンダンテはごつい双肩を広げて嘆いて見せたが、結局、うなずいた。俺は彼女に言葉を継ぐ。


「俺は最初の小舟をロカルダに出してもらって、あそこに刺さってる丸太の中から九セーカー以上のもので支柱を造りに海へ行きます」


「ほほう。海でやるのか」

元海賊の怪力姫の目が輝きだした。


「彼らに地面はいりません。魔導具を用いた空中機動戦をやってもらいます。いかが?」

 となりを見上げると、アンダンテはニヤリと笑みを浮かべた。


  §  §  §


 夕方。一応の特設武舞台はできあがった。


 潮の流れが比較的おだやかな海域で、長い十二メートルの丸太を海底の岩盤の隙間に一本差し立てた。海面から約三メートル。海抜で約八メートル。俺が舟からジャンプしても丸太の切り口にはまず届かない高さだ。


 その丸太の周囲に二四そうの手漕ぎ小舟が錨を降ろし、ロープで数珠じゅずつなぎにして円形に浮かんでいる。


 メドゥサ会頭が声をかけただけで、予定より多く集まった。それだけ大きな円ができるので悪くはないと思う。


 その二四艘にロープ付きのブイを浮かべて魔法陣のように結ぶ。この作業は漁師のみなさんに頼んで舟から舟へロープを投げ渡され、あっという間に連環できた。


 その漁師のみなさんは今は岸壁で、これから始まる稽古を見物している。


(俺、何やってんだろ……情報集めもせずに)


 穏やかな青い海を眺めながら、ふと現実に立ち返る。

 期末試験直前に漫画本を全巻読破した学生生活を、なぜか想い出して自己嫌悪する。


 やがて、二艘の手漕ぎ舟が選手を運んできた。

 西に、スコール。東に、ウルダ。

 両者とも腕に魔導具を装着し、もう一方には木剣を持っていた。


「ウルダの魔導具はどこから?」

「おれが昔、持ってたヤツだ」


 武舞台まっ正面の岸壁にあぐらをかいて、アンダンテが言った。


「属性はなんですか」

【水】ヴァダだったかな。こりゃあ値打ちモンだと思って買ったんだが、よくよく考えてみたら、おれの戦闘スタイルじゃなくてねえ」


「へえ。戦闘スタイルを訊いても?」

「騎馬だ」


 ひどい衝動買いだな。いや、もはやこの人の言動にツッコんだら負けなのか。


「ちなみに名前とか、あるんですか?」

 その問いに、アンダンテはたてがみの髪を掻いて、渋い顔をした。


「ウルダにも訊かれたんだが、一度も使わなかったから、ない。そう言ったら〝ククーロ〟だとさ」

「ククーロ?」

「〝郭公かっこう〟のことですね」


 その声に振り返ると、シャラモン神父が子供たちを連れて現れた。


「静寂の中にその存在を示すもりの鳥です。彼女は良い感性を持っていますね」


 そんな時、牙笛が鋭く鳴った。

 柱の直下に浮かぶ小舟でメドゥサ会頭が海賊衣装で仁王立ちしている。ノリノリだ。


「それでは、これより、三〇分一本勝負の模擬戦闘を行う。両者、前にっ!」


 張りきった女審判の指示に従い、スコールとウルダが連環した小舟に移る。


「両者は相手への目、胸、局部への狙撃は反則とする。それ以外は頭部への蹴りや肘打ちも認められる。また、舟輪の外に落ちた時は場外負けと判定する。この模擬戦はあくまで訓練であり、両者は遺恨を残さぬこと。よいな」


 二人は無言でうなずく。


「それでは──、始めっ!」

 ピィーッ!

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