第12話 〝旅団(ロマ)〟と呼ばれた町
シャラモン神父に七日ほど、時間をくれるように頼んだ。
その間にカーロヴァックまでの旅の準備や、根回し的な挨拶回りも並行して行う。
だが、情報収集の巧みなティボルはいない。
情報プラットホームでもあった居酒屋〝爆走鳥亭〟も閉鎖。
俺ごとき素人の聞き込みでは、大司教バイデル某という人物どころか町の情報さえ遅々として集まらなかった。
また、敬虔なサンクロウ信徒のヤドカリニヤ家では、神父を強く引き留める声があった。
地元教会の司祭が高齢で、カーロヴァックからの後任司祭を催促しているが、いまだに派遣されてこないのだと嘆く。
「後任司祭の打診は、ヴェネーシア共和国じゃないんですか?」
「あっちは総本山を抱えているからね。金にならない地方神父の職より教皇のおこぼれでも金になる枢機政治にご執心だ」
そんな理由で、カラヤンが戻ってきた時に司祭がぽっくり逝ってしまって教会が無人になると結婚式が挙げられなくなるのだそうだ。
笑い話のようだが、冠婚葬祭は地元名士の町へのメンツがかかる。その箔づけとして、宗教儀式は必須なのだろう。
「シャラモン神父は、カールシュタットという場所で孤児院の様子と、そこの院長だったご友人の消息を確認すれば、またここに帰ってくると思います」
「そうなのか。しかし……カールシュタットとは」
スミリヴァル族長は、部屋を歩きながら小首をかしげる。
「あの、なにか」
「ふむ。カールシュタットの噂は、古いものなら話してあげられるが」
「はいっ。お願いしますっ」
俺は食い気味に身を乗り出した。
スミリヴァル族長はうなずくと、執務デスクの縁に腰掛けて言った。
「元もとカールシュタットという土地は、カーロヴァック中心地から離れた荒野でね。サンクロウ正教会の名の下に、あの地に町が
「はい」
その話、長いのだろうか。俺の危惧をよそにスミリヴァル族長は続ける。
「それが最近。といっても三〇年ほど前だが。そのカールシュタットに処刑場ができたそうだ」
「処刑場?」
「ようは、整地した場所に高い柵を立てて、絞首台と断頭台(ギロチンではない)を設置したわけだな」
お、おおぅ。俺は無言でうなずいた。
「かの市中での刑執行は、年間三〇〇人とも風聞で流れてきている。実際はもっと多かったかもしれないな」
「それほど犯罪が多発する大きな町。ということでしょうか」
スミリヴァル族長は微笑を浮かべて、顔を振った。
「それは表面的な解釈だよ。狼どの。まあ、いい。ぶっちゃければ、あの町で反抗勢力組織が横行したのだ」
「反抗勢力組織?」
「総じて、彼らは〝
旅団。
軍隊の単位である旅団(兵数一五〇〇~六〇〇〇人規模)のことではなかった。
前の世界で言うところの、
旅団とは、この世界でのそういった被差別民族の総称なのだそうだ。
彼らは認定されているだけでも十三の旅団、すなわち独自民族として個別に形成し、言語もバラバラだった。だが東方世界は彼らを一括りに〝旅団〟として認識してしまった。
公用語を理解せず、教育もなく、職もなく、蔑まれ、東方世界に溶け込めなかった一部の勢力がいつしか犯罪や非合法取引に手を染め、社会の闇に
他方、公用語を理解する他の旅団民族は、そのとばっちりを受けた。けれど、それを
東方世界の奔流に彼らは〝
現実問題として、旅団の凶悪犯罪が社会問題化した。
カーロヴァック執政庁は、処刑場の周りに刑死者の遺族が定住するようになったことに目をつけ、そこに貧困層を隔離移住させるようになったという。
「つまり、カールシュタットとは旅団の町ですか?」
「うむ。その認識で間違いないだろう。しかも今はカーロヴァック市中の物流を仕切っている場所とも言われているようだがな」
発展はしている。ただし、それは旅団をうまく操ってきた
そこへ、部屋の外からノックがあった。
ドアが開くと、メドゥサ会頭が顔を出す。
「失礼します。父上。狼どのとお話は終わりましたか」
「うん? 何かあったのか」
「狼どのに客人です。リエカのアンダンテ・マンガリッツァが参っております」
「俺にですか」
自分の顔を指さすと、メドゥサ会頭は笑顔でうなずいた。
「例の、ウルダという娘も一緒だ。今、あの子にスコールを呼びにいかせているそうだ。なんでも、出稽古を一手所望したいそうだ」
デ・ゲイコ?
「でも、なんでそれをメドゥサ会頭が」
「ん? いやぁ……石けん工場の予定地に、今朝いきなりやってきて稽古場を勝手に作られてしまってな。正直、困ってる」
俺は開いた口が塞がらなかった。どうしよう。あのライオン丸の発想が読めない。
ちなみに、困っていると言った本人も顔がゆるんでいる。さぞかし彼女好みの血が
俺は、スミリヴァル族長に貴重な話をしてもらった礼を言って、屋敷を出た。
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