第14話 魔空戦闘(ドッグファイト)後編
初手から両者の作戦は一致していた。
いわゆる〝制空圏の掌握〟だ。
丸太の天辺に
しかも相手の蹴りを自身の木剣で受け止める。息を合わせたかのような鏡面蹴りが互いの剣先をへし折っていた。
「ほう。実力は伯仲ですか」シャラモン神父は穏やかに言った。
「しかし、初手に蹴りとはね」アンダンテが軽く驚いた声を洩らす。
俺は何も言わず、子供たちと一緒に空中戦を見上げていた。
先に仕掛けたのはスコールだ。短くなった剣を逆手に持ちかえ、
ウルダは滞空の中で身体をひねり、その突進を横へ
スコールの体勢が空中でぐらりと傾く。が、片足が丸太の天辺を踏みつけ、再度の跳躍。孤月半転。鋭いあびせ蹴りが相手の肩へ逆襲する。
ウルダが海面に落下。水柱をあげた。だが〝
遠心力で水面ギリギリを滑りながら、索を操り、再び空へ舞い上がる。
その背後にスコールの影。彼女の背後を狙って自分もダイブしたらしい。
一本の丸太を軸とした人間ヨーヨーだ。四次元的な高速旋回がしばらく続いた。その迫力に三〇人たらずの観衆から一斉に歓声や拍手が起きた。
やがて、スコールがウルダの背後に肉薄する。
ウルダはそこで
「あそこで、あんな回り方ができるのかよっ」
アンダンテも呆れた声を出した。シャラモン神父も感嘆の表情で、
「
まるでサッカー解説者のようだ。
スコールも完全に虚を突かれて、ウルダに背後を取られる。だが少年は焦らなかった。再び空中追いかけっこが始まる。
これは子供の遊びではない。対戦形式の模擬戦闘演習なんだ。
スコールとウルダは、攻撃範囲になれば容赦なく相手に打ちかかった。拳や木剣はもちろん、蹴りや肩当て、ウルダは頭突きまで繰り出してスコールを驚かせた。
二人の周回を支える丸太も、
「十五分経過!」
メドゥサ会頭が、舟上で器に張った水に浮かべた砂時計をひっくり返しながら時を読み上げる。今さらだけど、ウスコクの決闘方式なのか。アレ。
最初に焦りを見せたのは、ウルダだった。
体力差か、魔導具の経験差か、はたまた狩人としての本能だったか。スコールが積極的に向かってこなくなり、ウルダは追いかける場面が多くなった。
「ねえ。先生」ユミルがシャラモン神父に尋ねる。「スコルお兄ちゃん、負けそうなの?」
「逃げてばっかだもんな」ロギが小生意気そうに言う。
シャラモン神父は微笑んで、
「いいえ。もうすぐ二人の力比べが終わろうとしているのです。スコールはあの戦いの中で一つ学び取ったので、ああして相手の油断を探しているのです」
「ゆだんを、さがす?」
「はい。戦いにおいて相手が弱いところを見せる一瞬があります。それを待っているのですよ」
シャラモン家の英才教育はいつでもどこでも行われている。
「じゃあ、それが見つかればスコール兄の勝ちか?」ギャルプが言った。
「ええ。それを見つけられればですが」
「ふーん。なら、よゆーじゃん」
「そうですか。ギャルプ?」
「だってウルダの背中、ずっとスースーしてる。あそこが〝ゆだん〟ってやつじゃん?」
その単純な答えに子供たちがうなずき、シャラモン神父もアンダンテもぎょっとした。
俺も理解した。スコールは逃げ回っていたのではない。自分のトップスピードでウルダが接近してくるのを待っていたのだ。
そして、その時が来た。
歓声が大きくなった時、スコールは急転した。
ウルダが最初にして見せた
ウルダの背中に手が届いた、その時だった。
丸太に刺さっていた二人の鉤爪がついに耐えきれず同時に外れた。
二人はその勢いのままもつれ合うようにして遠心力に弾き出される。
舟輪の大外に二人分の高い水柱が跳ねた。
「
メドゥサ会頭の宣言で、岸壁の観客から爆笑と落胆の声と、健闘をたたえる生温かい拍手が起きた。
「スコール……〝風〟のマナ放出量を誤りましたね」
「がはっはっはっ。二人の決着より先に、丸太のほうが持たなかったねえ」
こめかみを押さえて嘆くシャラモン神父。その横で、アンダンテが満足した顔で立ち上がった。
「んじゃ、狼。後は頼んだぜ」
「は? えっ?」
今度はまた何の思いつきだ。俺はとっさに身構えた。
「あのウルダだよ。今日からおめぇさんの監視役だ」
「う゛ええっ?」
そんなこと急に言われても、いや本人に言っていいのか、それ。
「〝魔女の契約〟には、マンガリッツァの敵となる者は何人もこれを排除する。と取り決めた。せいぜいアイツに恨まれねぇようにな」
「えっ、えっと。その監視の期限は?」
「ずっとだ。ずーうっと。モデラートはウルダの古巣を
「いやでも、そんな……急にっ」
「諜報、潜入、破壊、暗殺なんでもござれだ。護衛だと思って使ってくれてもかまわねぇよ。たまに仕事を回すから、それをアイツにやらせてモデラートに味方だと認めさせるこったな。とにかく、これがマンガリッツァ・ファミリーからあんたへの〝褒美〟さね。気楽に受け取ってくれや」
言いたいことだけ言うと、アンダンテは背中ごしに手を振ってさっさと岸壁を戻っていった。
今さらながら、俺は〝ヤバい組織〟から、とんでもない〝首輪〟をプレゼントされてしまったのかもしれない。
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