第15話 義兄弟
祝宴がお開きになった後、メドゥサはスミリヴァルの寝室を訪れた。
「父上」
メドゥサが室内に入ると、スミリヴァルはベッドに横になったままだった。枕許には母とカラヤンが座っていた。
「あなた。メドゥサが挨拶にまいりましたよ」
「いえ、母上。どうか、そのままで」
メドゥサはカラヤンの背後につき、大きな肩に手を置いた。
「父の様子は?」
「うん。ただの貧血だ。さすがに今日は混乱したからな」
「カラヤン……」
スミリヴァルがうっすらと目を開けた。
「すまん。お前たちの婚礼だというのに、とんだ醜態をさらしたな」
「何言ってる。ここまで盛大に祝ってくれて、おれは感謝している」
「そうです、父上。ありがとうございます。私たちは、幸せになります」
カラヤンとメドゥサが笑顔を浮かべると、スミリヴァルは鼻をすすった。
「うん、うん……パラミダがあんな気性でなければな」
「あなた。それは言わない約束でしょう」母が宥める。
「スミリヴァル。実はお前に決断を促しに来た。〈セニ商会〉の幹部会議で押し通してほしいことが、二つある」
「……パラミダの、ことか」
「そうだ。アイツを、おれに処断させてほしい」
スミリヴァルは目をきつく閉じたまま低く呻いた。
「できるのか?」
「尽力しよう。だが、パラミダを生きてここへは戻すことはおそらく、もう無理だ。お前の息子は戦士の星の下に生まれちまったんだろう。今後真っ当な商売をしたり、地道な職人になったりすることは、おそらく叶わない」
「……っ」
「決断は、今すぐに欲しいわけじゃない。だがいずれは──」
「いや。いい。……頼む」
天蓋を見つめたままスミリヴァルはしっかりした口調で言った。
「いいのか?」
「私はウスコクの、ハドリアヌス海賊の長だ。たとえパラミダのとなりで首を吊るされることになっても、それが私の役目と覚悟はしてきた」
「あなた……っ」
沈黙が長く続いた。
「兄弟。……もう一つ、頼みがある」
「……」
「パラミダを処断する前に、このセニの町を出てくれないか」
スミリヴァルは怪訝な顔で笑った。心底意外だったのだろう。
「私が、この町を出る? この地を離れて、どこに行けと言うんだ?」
「リエカだ。ヤドカリニヤ家の財産八割を売却し、リエカにヤドカリニヤ商会の海運部門として拠点を構えてほしい」
「ウスコクに、マンガリッツァ・ファミリーの傘下に入れと?」
「違う。ウスコクを率いてヤドカリニヤ商会を陰から支えて欲しいと言ってるつもりだ。もちろん、うちの兄弟達の仕事にも船を出してもらえれば言うことはない」
「リエカで、私にウスコクをもう一度、まとめろと」
「ああ」
「できるわけがないだろっ!」
スミリヴァルは顔を強ばらせて吼え、カラヤンに掴みかかった。
「私がどんな思いで、この町のウスコクをまとめてきたと思ってるっ。王国貴族のように、彼らをアゴで使ってきたのではないぞっ。
彼らはウスコクの、ヤドカリニヤの家族だ。子を失った年寄りや、父や夫を失った妻子ばかり、貧乏人ばかりだ。彼らを残したまま、大した産業も金もないこの町を残して、我われだけ去れというのかっ」
「ち、父──」メドゥサが割って入ろうとするのを、カラヤンが制した。
「族長の責任として町に尽くしたい気持ちはわかった。だが、お前が死ねば、お前の家族達はどうなる。それこそ路頭に迷うんじゃないのか」
「ぐっ……くそっ。お前に何がわかるっ」
「スミリヴァル。いや、お前の言う通りだ。おれは長男だが、自由気ままに生きてきた。母の守護や稼業の切り盛りを全部弟たちに押しつけて帝国に入り、盗賊をやって、冒険者をやって、ベッピンの嫁さんまでもらった。ああ、幸せ者だよ。だから。これまで自由にやらせてもらってきた分、手に入れた幸福をお前らに少しでも返したい」
「くっ……勝手だ。お前は、いつもっ」
「ああ。わかってる。だけどな。そのお前が親心からパラミダと絞首台に上ることを、おれは認めない。メドゥサも、ブロディアも使用人たちも。この町の連中も誰ひとり望んじゃいない。そうだろう?」
「だが協商連合や王国は、ウスコクの息の根を止めたがってる。パラミダがウスコクだとわかれば……」
「そうだ。そういや、アスワン海将のバルバロッサにも同じ事を言われたな」
義兄弟の憂慮を遮るように、カラヤンは別のことを語り始めた。
「お前たち海賊は、自由すぎると。海の潮だけ見て、風任せ。海の事情を何もわかっちゃあいないってな」
「海の事情……だと」
「海は、国の持ち物。領海だ。自由に船を走らせたかったら、国を持て。国が持てないヤツらが、海の取り分を語るな、だとよ」
「それで……お前は、なんと言い返した」
「海のことはさっぱりだったからな。売り言葉には買い言葉だ。──土地の話がしたけりゃ、陸に揚がってしろ。海はどこにも線が引けないから、神が自由を保証した。海の自由は海の民の物だろ。そう返したよ」
スミリヴァルは目を見開き、身を乗り出した。
「それでバルバロッサは……なんと答えた?」
「笑ってたよ。自由は心を満たすが、腹は膨れねえ。人を養っていくには、陸の掟に従うしかねえだろ。とな」
スミリヴァルはカラヤンから手を離すと、ベッドに上体を投げ出した。
「あなた……っ」
「父上っ」
「そうだっ。そうだとも。人を養うには、陸の掟に従うしかなかったんだ……っ」
スミリヴァルは大の字になったまま目だけで、義兄弟を見る。カラヤンはうなずいた。
「おれは、パラミダのこととは関係なく、ウスコクも決断の時だと思う。ここらで古い
「なあ、カラヤン。その選択が私たちにとって、最善だと思うか?」
「おれは答えられない。陸のマンガリッツァだからな」
「我々の英雄がマンガリッツァの王子と知ったから、訊いているんだ。お前は、私がお前の下についても重く用いてくれるか。ウスコクを使い捨てにしないか」
カラヤンは五秒かぞえる時間だけ沈黙した。
「おれは、できない身内より、できる他人をそばに置きたい」
「……っ」
「そして、おれの妻はウスコクを家族同然に愛している。だが同時に海賊を憎んできた。だから、おれは新しいウスコクを迎えいれたいと思ってる」
「新しいウスコク……?」
「海の略奪者ウスコクを、リエカから海の冒険者に生まれ変わらせろ。お前がな」
スミリヴァル族長は目を軽く見開いた。
「冒険者……遠洋航海、か」
じんわりと目が潤ってくるのか、スミリヴァルはしきりに目許をこすった。義兄弟の肩をカラヤンはがっしり掴む。
「スミリヴァル。前におれに話したよな。子供の頃から夢見てたんだろ。誰も知らない海はハドリアヌス海より青が深くて美しいのか、見に行ってみたいって」
「ふっ。くくっ。このペテン師めっ。ふふふっ。私を口車に乗せてその気にさせるのか。あれは金がかかる夢だとも言ったぞ」
「金なら心配するな。お前の娘が稼いでくれる。来月あたり、遠洋商用船を建造できるくらいにな」
「ちょっ。おい、カラヤン。あんたも働けっ!?」
にらむメドゥサに、男二人が声にして笑った。
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