どうして人を殺してもすぐに死刑にならないの?

「ねえ、パパ。どうして人を殺してもすぐに死刑にならないの?」


私は時々、パパを試すみたいな質問をする。ちょっとしたイジワルかな。パパが大人だっていうんだったら、ちゃんと子供の質問に答えてよって感じ? これもきっと大人は困る質問だろうなってなんとなく分かってた。


だけどパパは、そんな質問にもちゃんと答えてくれる。それは私にはまだ難しいことも多いけどさ。


「まあ、結論から言うと、『自分が死刑にならない為』、かな」


って、いきなりワケ分かんない答え。


「なにそれ? 意味分かんない」


「美智果にも分かるようにうまく説明できるかどうか分からないけど、今の時点でお父さんが得た結論を説明していくよ」


「…うん」


「まず第一に、『人を殺す』って何?」


「え? ナイフで刺したり銃で撃ったりしてってことじゃないの?」


「それもあるけど、それだけじゃないよね。首を絞めたり溺れさせたり毒を飲ませたり自動車で轢いたり高いところから突き落としたり。まあこれらは分かりやすい<人を殺す>行為だし、明らかに殺そうとしてやったことだよね。


でもさ、そんなことをしなくても人は殺せるよ」


「…そうなの…?」


「ああ、精神的に追い詰めればいいんだよ。イジメとかを苦にした自殺ってあるだろ? そういう形でも人は殺せる」


「……」


「じゃあ、今度は、<人を殺したら即死刑>ってことにする。としたら、どこまで死刑にすればいい?」


「…それは……」


「ナイフで刺したり銃で撃ったり首を絞めたり溺れさせたり毒を飲ませたり自動車で轢いたり高いところから突き落としたりだけが人を殺すってことじゃないなら、イジメとかを苦にして自殺した場合は、イジメた人は全員死刑にすればいいのかな?


イジメた人を全員死刑にするとしたら、今度はどこまでが<イジメたこと>になるのかな?


直接殴ったりした人? 悪口を言った人? 無視した人? クラス全員で誰かをイジメたのなら、そのクラス全員を死刑にしなきゃいけないのかな?


自分がイジメられるのが怖いから何もしなかった人はどうだろう?」


「……」


「さらに言うと、自分は悪口のつもりじゃなくて言ったことで誰かが自殺してしまったとしたら、これはどうすればいい? これも人を殺したんだから死刑にするべきなのかな?」


「それは違う…気がする……」


「でも、もし、そんな形で美智果が誰かにヒドイことを言われて自殺したりしたら、お父さんは、美智果にヒドイことを言った人には死刑になってほしいと思うよ。悪気があったとかなかったとか関係ないよ。美智果を殺した奴は死刑になればいいって思う。


だけどそれで死刑になるなら、お父さんや美智果だって死刑になる可能性があるよね」


「…え…? ウソ……」


「嘘じゃないよ。本当に有り得る話だ。


例えば、美智果のクラスでイジメがあって、イジメられてた子が自殺したとする。美智果はその子のことをイジメてたつもりはないけど、怖くて助けてあげることもできなかった。だけど<助けようとしなかった>ことでイジメに加担したと判断されて美智果にも死刑判決が出た。


としたら美智果はどう思う?」


「イヤ…イヤだよそんなの! それじゃイジメられてる人を助けたりとかできない弱い人はみんな死刑になっちゃう…!」


「だよね。


またこういうことも考えられる。お父さんがネットで誰かを批判したとする。そしてそれが原因でお父さんが批判した人が自殺して、それでお父さんに死刑判決が下った。


美智果は納得できる?」


「……!!」


私はもう、上手くしゃべれなかった。だからブンブンと頭を振った。でもパパは続ける。


「そうだね。お父さんもそんなことで美智果に死刑判決とか出たら納得なんてできない。


だけど、逆に、美智果が自殺した子だったりしたら、お父さんはやっぱりその原因を作った奴は死刑にしてほしいと思ってしまうと思う。


どういう事例で死刑にするかどうかっていうのは、いつもその綱引なんだと思うんだ。


お父さんの出した例は極論だけど、死刑を出す範囲を広げていくっていうのは、究極的にはそういうことまで考えていくっていうことじゃないかな。広げていくと際限がない。本当に些細な理由で誰でも死刑になる可能性が出てきてしまう。だから慎重になるしかないんだよ」


「……」


「もし、美智果がネットで炎上して吊し上げられたりして自殺したら、お父さんは、その炎上に参加した奴全員を殺したいと思うよ。悪気があったとかなかったとか、死ぬと思ったとか思わなかったとか関係ない。参加した奴全員を一人残らず、例え小学生でも、ネットしか楽しみのない寝たきりの人でも、自分がイジメられててその憂さ晴らしとして炎上に参加した奴でも関係ない。何十万人でも何百万人でも、その全員を殺したい。その全員を死刑にしてほしい。


そして、お父さんと同じように思う人が、次々と憎い相手を死刑にしていって、やがてこの世から人間はいなくなりました。めでたしめでたし。


ってか?」


「……」


私は泣いてた。唇を噛んでヒクっヒクって勝手に体がなってた。怖くて不安で悲しくて……


パパはそんな私をそっと抱き締めて言ったんだ。


「ごめん…怖かったよな……だけど、どんな理由があっても人の命を奪うってことは決して綺麗事じゃないんだ。正義なんていう綺麗事じゃ説明できないことなんだよ……」


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