第323話 俺はプレゼントを買いに行きたい

「な、なんだよそれ……」

「これ?ビンゴ大会の景品だって渡されたのよ」

 そう言いながら俺の目の前に立った笹倉は、背中に彼女自身よりも大きなクマのぬいぐるみを背負っていた。

 重さはそこまで無さそうだが、大きいが故に運びづらそうにしている。

「持ち帰るのは大変そうだが……まあ、良かったな」

「ええ、あおとって名前をつけることにしたの。これでいつでも碧斗くんと添い寝できるわ」

「そ、そうか……」

 少し危険な香りがするが、まあ俺がどうこうされるわけじゃないからいいか。笹倉に甘えてもらえるんだから、このクマも喜んでいることだろうし。

「えっと……じゃあ、俺は帰りに寄るところがあるから……」

 この様子なら、笹倉は小森家まで時間がかかるだろう。俺がすぐにプレゼントを買って帰れば、もしかすると先に帰れるかもしれない。

 そう思ったのに―――――――――――。

「ちょっと、か弱い私にこれを運ばせるつもり?」

 笹倉にぬいぐるみを押し付けられてしまった。いや、そりゃいくら笹倉のものだと言っても、女の子に、しかも人目に付く道をこんな大きなものを持って歩かせるのは無いよな……。か弱いかどうかは一旦置いとくとして。

「えっと……だから、寄るところが……」

「運んでくれるわよ……ね?」

「は、はい……」

 結局、逃げ道は完全に塞がれたってわけだ。



「結構歩きづらいんだな、これ」

 少し前を歩く笹倉と早苗を追いかける形で帰路についていた俺は、周りからの視線もあってかなり疲弊していた。

 予想していたよりも、周りの生温かい視線が羞恥心を煽ってくるんだよな。

 クレーンゲームで大きなぬいぐるみをゲットしてはしゃいでいる子供を、同じような目で見た記憶はあるけど、彼も同じ気持ちだったのだろうか。……ごめんな、あの時の少年。

「……あら?」

「あれ、なんだろ」

 ふと、笹倉と早苗が足を止めた。どうしたのかと聞いてみると、橋の上にできた人集りが気になったらしい。

「ストリートミュージシャンとかか?」

「いえ、それにしては静かすぎよ」

「確かに……」

 少し興味が湧いた俺は、笹倉に様子を見てきてもらうように頼む。……が、すぐに戻ってきた彼女に急かされて強引に人集りの前の方に行くと、そこで見えた光景に目を見開いた。


「僕と結婚してください!」


 そこに居たのは、たった今プロポーズしたばかりの塩田と、驚いた表情を見せている唯奈だった。


 ―――――――――――――――――――――――


「結局、OKしちゃったんだよね〜……」

 待ち合わせ場所に着いた私は、小さくため息をついた。吐き出された白い息が広がってどこかへ消えていく。

 今日はクリスマスイヴ、イベントが行われる日。そして私は、そのイベントに一緒に行こうとクラスメイトの塩っち……塩田くんから誘われている。

 今までのデートの誘いはなんてことなかった。あおっちに過去のことを打ち明けた時の方が、ずっとドキドキしていたから。

 でも、今日は一般的に特別な日とされていて、カップル達が一番楽しみにしているであろう聖夜。さすがの私も、今回ばかりは正直緊張していた。

 塩っちは多分、私のことが好きだ。じゃなきゃ、こんな日にあんなカップルだらけのイベントに誘ったりなんてしてこないだろうし。

 でも、私の気持ちは……まだわからない。友達としては話していて退屈しないけど、恋愛面となるとやっぱり何も感じないから。

 でも、嫌いなわけじゃないから余計タチが悪い。今日みたいな日に誘ったのだから、塩っちはきっとなにかアクションを起こしてくるはず。

 それに対して『わからない』なんて答えは返せないからね。かと言って、断るのもOKするのも決めかねている。……本当に私はどうすればいいの?

「ごめん、お待たせ」

「あっ、塩っちじゃ〜ん♪全然待ってないよ〜?」

「ふふっ、唯奈さんは優しいね」

「そ、そうかなぁ〜……?」

 そんな会話をして、私達は会場へと移動する。塩っちが率先して人集りの中で道を作ってくれて、見えやすいように前へと連れていってくれる姿には、少し『自分とは違う何か』を感じられた。

 あやっちだったりあおっちに対しては、比較的私が引っ張る感じだけれど、たまにはこうして引っ張られる側というのも悪くないかも……なんて。


 イベントが始まるまでは他愛ない会話を。学校じゃないからか、塩っちは勉強だとか宿題の話は一切してこなかった。

 私との会話がポンポン続くという感じでもない辺り、きっとあえて避けてくれているんだと思う。誰だって、こういう日にわざわざ学校のことなんて考えたくないからね。

 そしてイベント中は全力で盛り上がった。


「さなえっち、頑張ってるね〜♪」

「きっと関ヶ谷にいいところを見せたいんだね」


 そんな会話をして、2人で舞台にエールを送ったり。


「私ビンゴ〜!」

「うっ……4つもリーチができてるのになぁ……」

「無理だったら私の景品分けてあげるよ〜♪」


 珍しく落ち込む彼を励ましてあげたり。


「僕、HelloRainハローレインのファンなんだよね」

「私も好きだよ〜!いい曲多いからね〜♪」


 お互いの好きな物が一致して、音楽トークに花を咲かせたり。



 イベントが終わってみてから私が感じたことは、『すごく楽しかった』の一言に尽きる。

 あやっちやあおっちに言われて、塩っちのことを今までよりもしっかりと見始めたことも理由かもしれないけれど、今日はたくさん彼について知れた気がしていた。

 私のために色々としてくれること。気取らずにありのままで隣にいてくれること。好きなものについて話す時の笑顔がかっこいいというより可愛らしいということ。


 何より、私のことをずっと考えていてくれること。


 愛されてるって、すごく伝わってきた。1回のデートで相手を分かった気になるなと怒られるかもしれない。この感情は単なるクリスマスの奇跡と言うやつなのかもしれない。私は周りの雰囲気に流されているだけなのかもしれない。でも。


 ――――――――――「僕と結婚してください!」


 橋の上でそう言われた時、私は確かに感じた。


「ごめんね、結婚は出来ないよ」

「……そっか」

「だって塩っち、まだ17歳でしょ?」


 たとえクリスマスの奇跡でも。

 単なる女子高生の幻想でも。

 永遠に続くものにするチャンスを逃したくない。

 目の前の男の子に真剣に向き合いたいという、人生で初めて感じる感情恋心を。


「結婚はまだ無理だけど、付き合うのなら出来ます。塩田くん、私と付き合ってください!」

「……まさか唯奈さんから言われることになるなんてね。こちらこそよろしくお願いします!」


 照れたように後ろ頭をかきながら、はにかんだ笑顔を見せてくれる彼。私は彼に最高のクリスマスプレゼントを貰ってしまった。


 一生かかっても返しきれないほど大切な、を。


「唯奈、おめでとう!」

「塩田、よく言った!」

「2人ともすごいです!」


 いつの間にか人集りの中にいた、見知った3人からのエールに後で赤面してしまったのは、私と塩っちだけの秘密……かな。

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