第322話 俺はイベントラストに盛り上がりたい

 2曲目、3曲目とクリスマス関連の曲が続き、次が最後の曲になった。

「イベントを締めくくるには、やっぱりこの曲ですね!」

「私たちの最新曲で最後にドーンとやっちゃいましょうか!」

 ギュィィィン!と会場にエレキギターの音が響く。最近の曲では、ダンスと歌に専念していたものの、最新の曲では紅葉がギター、雲母さんがキーボードを担当するらしい。

 ドラムやベースは、舞台の後方で3人のプロがやってくれるらしいので、学生司会者集団の役目はここで終わりだ。

 初めに感じられた不安や心配の消え去った満面の笑みで、観客たちへ手を振る早苗の姿を見て、俺はどこかほっとした気持ちになった。

 やっぱりあいつはやればできる子なんだよな。

「それでは聞いてください」

「『グレーゾーンと黒のホライズン』」

 このイベントの最後を飾る曲のメロディが、スピーカーを通して紡ぎ始められてゆく。



 イベントが終わり、集まっていた人達も次第に舞台に背を向け帰っていく。そんな中、俺と笹倉はその場に留まっていた。

 少し離れた場所でキョロキョロと少し不安そうに周囲を見回していた早苗が、俺たちを見つけて嬉しそうに駆け寄ってくるのが見える。

「あおくーんっ!」

 全力で突進してきた彼女は、周りの目を気にすることも無く俺の体を抱きしめ、「えへへ♪」と可愛らしく笑った。

「あおくん、どうだった?」

「すごく上手だったぞ。あんな短い期間で良く仕上げられたな」

「えへへぇ♪あおくんに見てもらうために頑張りました!」

 早苗は褒められたのが嬉しいのか、緩まる頬もそのままで、俺の胸に頬ずりをしてくる。トナカイの角が鼻にあたってこそばゆい。

 チラッと笹倉の方を見てみると、彼女は腕を組んで仁王立ちしていたが、一瞬ふふっと微笑むと、「小森さん、今日は頑張ったわね」と早苗の頭をそっと撫でた。

 早苗は俺を抱きしめる腕を離さないまま、笹倉のご褒美に少しの間身を任せ、心地よさそうな声を漏らす。

 だが、結局フリフリと頭を振ってその撫でを拒否した。そしてビシッと指差しながら言う。

「笹倉さんが優しいなんておかしいです!明日、地球が終わるんです!日本沈没です!」

「……小森さん、ちょっとこっちへ来ましょうか」

「ふぇぇ……!」

 角を掴まれ、引きずられるように舞台の裏へと連れていかれる早苗。まあ、今のは完全にあいつが悪いから仕方ない。

 俺は助けを求めるように手を伸ばす彼女を、生あたたかい目で見送ってやった。


「そうだ、今のうちにプレゼントを……」

「あら、関ヶ谷様はおひとりですか?」

 こっそり歩きだそうとしたところで、名前を呼ばれてしまう。振り返ると、サンタコスのままの雲母さんと紅葉が立っていた。

「可愛い彼女に振られたのかしら。可哀想ね〜」

「こーら、クレハちゃん。そういうことは言っちゃダメですよ?」

『めっ』とかわいく注意しつつ、「あ、でもそれが本当なら……私のところに来てもいいですよ?」と意味深な表情で呟く雲母さん。

 きっと社交辞令だろうけど、アイドルにこんなことを言ってもらえる俺は、今夜にでも過激なファンに拉致られるんじゃないだろうか。

「イベント、すごく良かったですよ」

「ふふっ、ありがとうございます♪それで、私のところには―――――――――――」

「あ、それは間に合ってます」

「……そうですか」

 俺の返事に雲母さんはしゅんと肩をすぼめ、紅葉の背中に隠れてしまう。なんだか念仏みたいなのをブツブツ唱えてるけど……この人、大丈夫だろうか。

「関ヶ谷、私に言うことは無いの?」

「紅葉に?そうだな……特に無いな」

 彼女はものすごい剣幕で俺を睨みつけてきた。これが毒舌アイドルの本気か……恐ろしいぜ、まったく。

「冗談だ。すごく綺麗だったぞ?」

「っ……初めからそう言えばいいのよ」

 文句を言いつつ、少し嬉しそうに微笑む紅葉。

 これが美少女アイドルのデレか……恐ろしいぜ、まったく。

「あ、そうそう。関ヶ谷、今度私の学校に遊びに来なさいよ。文化祭で私とあなたが一緒にいるところを見てた子がいて、どんな人か気になるってしつこいから」

「ああ、暇な時にでも……って、お前の学校、女子校だよな?普通に考えて無理だろ」

「大丈夫大丈夫、私の彼氏ってことにすれば何とかなるわよ」

 平然とそんなことを言ってのける紅葉に、俺は目を丸くした。いや、アイドル的にも女子高生的にもその思考は危ないと思うぞ。

 お前の言う大丈夫は、ピンクのホテルの前で『大丈夫、ちょっと休むだけだからさ』と女の子の肩に手を回すチャラ男と同じくらい信用ないし。

「せめて弟にしてくれ」

「関ヶ谷みたいな弟は嫌よ」

「俺も紅葉みたいな姉は欲しくねぇよ」

 絶対、毎日愚痴聞かされるし。そのくせ外面は良さそうだし。しかもアイドルだからって、俺が比べられそうだし。

「まあ、そういう事だから携帯寄越しなさい」

 彼女はそう言うと、俺のポケットからスマホを抜き取って操作する。取り返そうとするも、ダンスで鍛えられた華麗なステップでかわされ、戻ってきたスマホの画面にはRINEが表示されており、『新しい友達』と言う欄には4つのアカウントが追加されていた。

「私のプライベート用のRINEと、クレハとキララの公式アカウント、それからHelloRainハローレインのオフィシャルアカウントを追加しておいたわ」

「余計なことするなよ……」

「私たちの活動でも見て暇を潰しなさいってこと。アイドルのRINEがゲット出来たんだから、もっと感謝してくれてもいいのよ?」

「はいはい、ありがとうございます〜」

「……真夜中にスタ連してやるから覚えときなさい」

 ぷいっと顔を背け、そのまま雲母さんと一緒に去っていく彼女。今夜、紅葉だけミュートにしとこうかな。

 ……って、こんなことしてる場合じゃなかった。早くプレゼントを買いに行かないと!

 と動き出そうと思った矢先、見計らったかのようなタイミングで紅葉たちと入れ替わるようにこちらにやってきた早苗、そしてその後ろをゆっくりと歩いてくる笹倉の姿を見て、俺は思わず固まった。

「……な、なんだよ、それ」

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