第321話 俺は幼馴染ちゃんを応援したい

 舞台に上がった早苗の表情は、やはり少し固かった。楽しんでいる……とはお世辞にも言えないくらい。

「お、おおおおはようございます……!」

 完全に夜なのにおはようって言っちゃうんだもんな。頭の中が緊張でごちゃごちゃになってるんだろう。

「だ、誰かぁ……『こんばんはだろ!』って突っ込んでもらわないと台本がぁ……」

 ……いや、間違いじゃないのかよ。てか、発言がメタいなおい。

「違うだろぉ!」

 とりあえず、誰もツッコミを入れてくれそうにないので、俺が豊〇議員の真似で助け舟を出してやる。

 周りのカップル、小さく親指を立ててこっちを見るんじゃない。早苗も変なやつを見るような目はやめろ。ありがたがれよ、もっと。

「と、とりあえず……台本通りに進んだことにしておきますね」

 これまでのことは全部無かったことにして仕切り直す彼女を見て、笹倉が耳打ちしてくる。

「司会ってなかなか適当なのね」

「まあ、早苗だからな」

 イベント担当の人たちも思ったんだろう。『この子にやらせても予定通りには進まないだろう』と。

 さっきまで居なかったはずのスタッフさん達10名くらいが、舞台脇から我が子に向けるような目で早苗を見てるし。

 きっと、準備の間に色々とあったんだろうな。とりあえず、応援させてるみたいでよかった。

「次の参加者が行ってくれるのはなんと……みんな大好きビンゴ大会です!」

 ドンドンパフパフ♪という盛り上げ用のSEが聞こえてくる。……が、肝心の観客の反応はほぼ無だった。

 そりゃそうだ、いきなりビンゴ大会なんて言われても、ここにいる大半がデートだし。そんな子どもじみた出し物で喜べるはずなんてない。

 こりゃ、運営もミスったな……。



 ――――――と思っていたのも8分ほど前の話。


「よし!ビンゴ!」

「私も私も!」


「くっそぉ……運がねぇな」

「私もだから……ふふっ、穴空いてるところお揃いだね♪」


「俺、まだ3つしか穴空いてないよ……」

「ふふっ、私とお揃いね」

「あれ?でも、麻里はもうビンゴに……」

「そっちじゃないわよ」

「えっ」


 四方八方から楽しそうな声が聞こえてくる。理由はすごく単純。景品が豪華すぎるからだ。

 2位がハワイ旅行ペアチケット、3位が高級旅館の無料宿泊券、4位がカニ食べ放題3回分……という感じで。

 ちなみに、俺はかなり遅めにビンゴしたせいで、うんまい棒10本だった。むしろ、こんなに貰っても持ち帰るのに困る……。

 そして笹倉はと言うと――――――――――。


「ま、まさか5個目のボールでビンゴするとは思わなかったわね……」


 ストレートの最速でビンゴを出し、景品の内容はイベント最後のお楽しみということで、代わりに1位と書かれたプレートを首から下げていた。

「景品ってなんだろうな。相当いいものっぽいけど」

「碧斗くんの名前が書かれた婚姻届とかかしら」

「ピンポイントすぎるだろ」

「私にとっては一番いいものよ。ひとつなぎの大秘宝よりも価値があるわ」

 プレートの紐を弄りながら、嬉しそうに声を弾ませる笹倉。絶対に婚姻届ではないと思うが、彼女が楽しそうなら俺も楽しいからいいか。

「うんまい棒コンポタ味、いるか?」

「もらおうかしら。碧斗くんからのクリスマスプレゼントね」

「随分と安いプレゼントだ…………な?」


 ……待てよ。クリスマスプレゼント……そうだよ、クリスマスプレゼントだよ!

 今の今まですっかり忘れていた。クリスマスと言えば、いつもなんだかんだ早苗とプレゼントを渡し合ってたんだよ。

 今年はもしかすると笹倉もプレゼントを用意してくれているかもしれないし……買い忘れてましたなんて言ったら絶対呆れられる……。


「碧斗くん、どうかした?」

「え?い、いや……なんでもないぞ?」

 顔を覗き込まれて、慌てて首を横に振った。そうだ、イベント終わりに急いで買いに行こう。笹倉もクリスマスパーティのために小森家に帰ることになってるし、それなら忘れたことに気付かれずに済む。

「我ながら名案だな」

「……?」

 その後、ビンゴ大会が終わるまでの間、俺はどうすれば違和感を与えずに笹倉達と帰り道で別れられるかを考え続けた。

 ……結局何も思いつかなかったけど。



「みなさん、ビンゴ大会は楽しんで頂けましたか〜?」

 早苗が舞台から降り、代わりに上がってきたお姉さんが観客に向かってマイクを向ける。子供のように『はーーーーい!』なんて言うやつは居ないが、なんだかんだみんないい笑顔をしていた。

 まあ、所々にひとつしか穴のあいていないビンゴ用紙片手に落ち込んでる人もいるけど。

「クリスマスイベントのプログラムもついに次が最後!眠気まなこも冴えるくらい、思いっきり盛り上がっちゃってください!」

 お姉さんがそう言って手のひらを掲げると、辺りの照明が一気に暗転する。そして舞台の上を歩く何者かの気配。

 会場は少しざわついたが、やがて誰からともなく舞台の方を見つめて口を閉じた。みんな、これから始まることを察したのだ。

 そのタイミングを見計らって、スピーカーからお姉さんの興奮気味の声が発される。

「お待たせしました!イベントのトリを飾るのはこの2人組!アイドルユニット、HelloRainハローレインです!」

 ガシャン!という音ともに、舞台を一斉に照らす色とりどりの証明。俺の目に映ったのは、真っ赤なサンタクロースのコスプレをした雲母きらら先輩と紅葉の2人――――――――――だけじゃなかった。


 凛々しい表情をしているが、マーカーで猫のような髭まで書いているお茶目な黒崎さん。

 無表情でぼーっとしているだけに見えるが、しっかりとポーズをとっている空くん。

 ……そして、少しの照れを含みながらも、与えられた役をやりきろうとする意思の伝わってくる瞳をした早苗だ。

 彼女らはバックダンサーとして、可愛らしいトナカイの格好(角付き)で舞台に立っていた。

 アイドルユニットと可愛らしい3人組の登場に、観客達は男も女も関係なく歓声を漏らす。

 やっぱりHelloRainハローレインは人気なんだと、当たり前ながらに改めて実感した気がした。

「クリスマスイベント、楽しんでもらえましたか?」

「楽しんでないなんて言わせないわよ?」

 雲母さんと紅葉の声に、盛り上がりは火に油を注いだように大きくなる。

「イベントが終わった後は、周りの屋台でたくさんお金を落として言ってくださいね?ふふふ……♪」

「キララ、黒い部分が出ちゃってるわよ。まあ、寄付が増えると思えば悪いことじゃないけど……」

 キラキラしたアイドルらしくない会話。でも、これが彼女達の魅力だ。その『らしくない』を自分達の武器に変えたのだから、この2人は本当にすごいと思う。

「それでは、とりあえず1曲目行きましょう!」

「思いっきり盛りあがって、私達のテンションをを底上げしなさいよ!」


「「『世界で一番遠いクリスマス』」」


 2人が曲名を口にすると共に、スピーカーから音楽が流れ始めた。そしてバックダンサーの3人も、リズムに合わせてこなれた踊りを踊り始める。

 それは後半になるにつれてキレの良いものに変わっていき、サビに入るとプロ顔負け……とまでは言えないものの、素人目の俺からすると十分すごいと言えるものになった。


「そうか、司会なのにやたら気合入ってると思ってたが……こういう事だったのか」

「小森さんのサプライズにまんまとかかっちゃったわね」


 隣で微笑む笹倉は、早苗に向かって「がんばれ!」なんて声をかけている。それに応えるように、早苗が一瞬だけこちらを見た気がした。

 普段はいくら邪魔しあっていても、こういう時にまではそういう感情を持ち込まない。彼女らのそういうところが俺は大好きだ。


「「日付変更線の向こう側とこちらに〜引き裂かれた私達は世界で〜一番遠いクリスマスを過ごしてる〜♪」」


 綺麗な歌声が会場に響き渡る。

 ああ、いつ聞いてもいい歌だなぁ……。

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