第320話 アイドル(赤)さんは司会者がしたい

「あはは……個性的な司会でしたね……」

 ちょっと引きながら現れた司会のお姉さん。舞台裏で「あんなスベっても折れないなんて……フラれたくらい序の口よね」と呟いているのが思いっきりマイクに拾われてしまっていたけど……。

 あの漆黒セーラー服に救われた人もいたんだな。なら、黒崎さんも立派なエンターテイナーと呼べるのかもしれない。

「さて、次の学生司会者は驚きですよ!4校の中で最も新しい高校から来てくれました!」

 どうぞ!と去っていくお姉さんと入れ替わりで姿を現したのは、俺もよく知った顔だった。というか、今や知らない人の方が少ないくらいか。


煌日ヶ丘きらびがおか女学院、生徒会長の東條とうじょう 紅葉くれはよ」


 2人組アイドルユニット、HelloRainハローレインの片割れ、赤担当の紅葉だ。

「あいつ、生徒会長だったのかよ」

 少し意外性を感じたが、正義感の強い彼女なら不思議では無いかもしれない。

「そう言えば碧斗くん、あの人と親しげに話してたわよね」

 横から笹倉がそう聞いてくる。ハロウィンイベントの時のことを言っているのだろうか。

「ああ、文化祭の時に色々あってな」

「それはいいのだけれど……やっぱり男の子ってアイドルみたいなのが好きなの?」

「いきなりどうし――――――って、本当にどうしたんだよ」

 舞台から目を離して彼女を見てみれば、少し涙目になってこちらを見つめていた。いきなり過ぎて理由がわからない。

「だって、HelloRainハローレインってすごく人気じゃない。その肩書きだけで、普通の女の子より格上だから……」

 呟くように零したその言葉で理解した。

 笹倉は紅葉に嫉妬しているのだ。もちろん、嫉妬されるようなことをした覚えはないけど。

「そりゃ、アイドルはキラキラしてるし、可愛いとは思うだろ」

「そ、そうよね……」

 俺の言葉に、彼女はしゅんと肩を落とす。その様子が可愛くて、もう少し意地悪してみたくなるが、可哀想なのでこれくらいにしておいて……。

「でも、肩書きだけで判断してると思われるのは心外だな」

「……え?」

「俺が、アイドルだから紅葉は笹倉より上だなんて思うわけないだろ」

「それは分かってるつもり。で、でも……」

 モゴモゴと言いづらそうにもじもじとする彼女。いつも強気なくせに、こういう時に限って弱々しくなるんだから……そういうところが愛しくて仕方ない。

「俺は笹倉が学校で人気者だから好きになったわけじゃない。他の女子と比べたわけでもない。笹倉 彩葉そのものが好きだったから偽恋人契約を結んだんだ」

 世の中には肩書きのために彼女を作ったり、可愛い子を隣に置いておきたいなんて言う輩がいるが、そんなのと俺の気持ちを一緒にはされたくない。

 もちろん容姿で好きになった面もあるとは思う。でも、今ならはっきり言える。俺は笹倉の内面まで愛してるって。

「もぅ……バカ……」

 彼女は照れてしまったのか頬を緩めると、それを隠すように俺に抱きついてきた。そして上目遣いで見上げてくると、俺にしか聞こえないような声で囁く。

「あの時、私の事好きじゃないって言ったじゃない……嘘つき……」

「……今更かよ。でも、好きって言ってたら笹倉は偽彼氏にしてくれなかっただろ?」

 だって、彼女は『好きじゃない方が好都合』だと言っていたのだから。しかし、俺の問い返しに笹倉は首を横に振った。

「いえ、きっとしてたわ。どう答えたとしても、私は碧斗くんと付き合ってた。だって、他に運命の人なんて居ないもの」

「笹倉って、そんなロマンチストだったか?」

「私だって女の子なんだから……ね?」

 腰に回されていた腕が俺の体を強く抱き締め、『女の子』を主張する柔らかい部分を意識させてくる。なんとかその感触を無視しようと、頭の中で返す言葉を必死に探した。

「は、白馬の王子様ってやつか?」

「迎えなら徒歩でも十分よ。白馬じゃ隣にいられないもの」

「確かにな……」

「それに、徒歩の方が一緒にいられる時間が長くなるから。なんならおんぶしてくれてもいいのよ?」

「隣じゃなくなるじゃねぇか」

「じゃあ抱っこにしましょうか」

「おんぶでお願いします」

 おんぶも大概だが、この歳での抱っこは危険な匂いしかしない。抱きつかれてるだけでも、これ程鼓動が高鳴ってしまうのだから。

「ふふっ、冗談よ。むしろ私が碧斗くんを抱えて運んじゃいたいくらいだもの」

「それだと、色々と面目なくなるな」

「あ、でも子供は2人欲しいから、そこの頑張りはよろしく頼むわね」

「一体どこの何を頼まれてるのかは聞かないでおくか」

彩斗あやと碧葉あおばと、4人で幸せに暮らすのよ」

「名前を既に決めちゃってる!?」

 さすがに気が早過ぎるんじゃないだろうか。いや、俺と笹倉の名前から1文字ずつ取ってるあたりはセンスしかないと思うけど。

「犬小屋になら小森さんも住ませてあげてもいいわね」

「扱いが酷いな?!せめて家には入れてやれよ」

 てか、笹倉の脳内家族に、一応あいつも一緒にいる設定にはなってるんだな。優しいのか優しくないのかよく分からんけど。

「週一回は碧斗くんと一緒に寝させてあげましょうか。犬小屋で」

「いや、早苗が入るんじゃなくて俺が外に出るのかよ」

「でも、その場で子供を作ったりしたら追い出すわ。人工授精以外許さないから」

「あ、作ること自体は許容するんだな……」

 もう、笹倉の理想がどこにあるのか理解できない。多分、俺には想像もできないことになってるんだろうな。

「あ、猫は40匹くらい飼いたいわ」


 ………………ほらね。



 しばらくして、参加者による漫才が終わった。今度はシラケさせる担当がいないから、空気は温まったままだ。

 その後、紅葉によるHelloRainハローレインのアルバムの宣伝などがあり、彼女は役目を終えて戻って行った。

 なんだか、紅葉とチラチラ目線があった気がするが……多分、コンサートでアイドルにウィンクしてもらえたと、多くのファンが同時に勘違いするのと同じ現象だよな。

 いくら知り合いだからって、そこまで見てくる理由もないだろうし。

「いやぁ、さすが人気アイドルですね!肌がピチピチで羨ましいです!」

 司会のお姉さんがそんなことを言いながら登場した。よく考えたらこの人が出てくる意味ないんだよな。いや、元気になったのは良かったと思うけど。

「では、次の学生司会者で最後となります!少し緊張してるみたいなので、温かいめで見守ってあげてください!」

 最後……ということは、ついにあいつの順番が回ってきたという訳だ。

「リラックスして、大丈夫ですよ!観客はみんな死んだ魚だと思えばいいんです!」

「も、もっと緊張しちゃいますよぉ……」

 舞台裏から聞こえてくる不安そうな声。間違いない、早苗だ。

「それなら、パインアメだと思いましょう!」

「ど、どういう状況ですか……?」

 お姉さん、励ましてあげる努力はいいと思うけど、困惑させるのだけはやめてやってくれ……。緊張してる時の早苗って、冗談とか通用しないから。

「とりあえず、当たって砕けましょう!」

「わ、分かりました!く、砕けてきます!」

 砕けちゃダメだろ……と思いつつ、ようやく舞台に上がってきた早苗を見つめる。足は震えているし、マイクを持つ手も同じだ。

 それでも決められた位置までしっかりと移動して、観客をぐるりと見渡す。そして俺の姿を見つけると、小さく手を振ってきた。

 何とか大丈夫そうで安心した。ただ、一つだけ言わせて欲しい。


 早苗の中で、死んだ魚かパインアメに俺はなってないってことでいいんだよな?

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