第319話 黒崎さんは司会がしたい

 空くんと美里先輩の仲が進展したのかどうか。その答えも分からないまま、彼の出番は次の学生司会者と交代したことで終わってしまった。

 その交代相手は、漆黒のセーラー服に身を包んだいかにも優等生そうな女の子。あの色気を感じないと噂の制服は、確かこの辺にある4校の中で最も偏差値が高いと言われている―――――――――。


黒華桜ヶ崎学院こっかおうかざきがくいん黒崎くろざき さきだ。よろしく頼む」


 その可憐で凛々しい顔つきに反して、さながら戦姫を彷彿とさせる隙のないたたずまい。鋭く突き刺さってくるような声とセリフには、一切の無駄を感じられなかった。

 さすがは俺たちの学校とは格が違うと言われるだけあるな。規律を重んじ、学業だけでなく部活にも勤しむことを義務とした黒華桜ヶ崎学院は、偏差値どころかスポーツの成績でもこの4校の中で群を抜いてる。

 あの学校には普通科と体育科という2つのコースがあるらしいのだが、体育科に入るための試験には通常の科目に加えて体育が取り入れられており、もはや才能がなければ合格は不可能と言われるほどだ。

 言わば、高校生の化け物を量産する学校だな。超高校級とか沢山居そう。

 そして舞台の上に立つ黒崎 咲。彼女の噂は俺も耳にしたことがあった。


 入試でも体育でも両方で首席をとった天才生徒会長……だと。


 本人を目にしたのは初めてだが、その姿を見て改めて思う。その華奢な体のどこにそんな力を秘めているんだろうか。

 多分、実力で張り合えば万能な笹倉でも勝てないんじゃないだろうか。というか、黒華桜ヶ崎学院の体育科の生徒は、ほとんどが笹倉と同じかそれ以上の身体能力を持っているはずだ。

 きっと釘バット片手に乗り込んでも、左腕1本で返り討ちにされるんだろうな。いや、乗り込む予定は無いけど。

 しかし、そんなハイスペックJKの黒崎 咲がこんなイベントに助力してくれるとは、怖い集団かと思っていたけど意外といい人なのかもしれない。

「……」

「ん?どうした?」

 笹倉がなんだか不満そうに舞台を見上げているのに気がついてそう聞いてみる。すると、彼女は呟くように言葉を発した。

「黒崎さん、中学の時の同級生なの。私が落ちた学校にあの子は行けたんだと思って……」

「笹倉も目指してたんだな。体育科か?」

「ええ、そうよ。普通科には合格したけれど、それじゃ自分が入試で負けた相手を毎日見ることになるじゃない?それが嫌だったからこっちに変えたの」

 何となく、笹倉らしいと思ってしまった。人一倍プライドが高くて、意外と負けず嫌いなあたりが。

 確かに自分より優れていると見せつけられるのは、彼女のように優秀な人ほど辛いだろうし、無理して普通科に通っていたよりは、今の方がきっといい学校生活を送れていると思う。

 事実は比べようがないからわからないけど、俺としては2年前の彼女の選択にすごく感謝していた。

「でも、こっちに来てくれてよかった。じゃなきゃ、俺は笹倉と出会えなかったわけだし」

「もぅ、今はそんな冗談言ってる雰囲気じゃないわよ?」

「冗談じゃないから言ってるんだよ。笹倉と会ってから、俺はすごく変われたんだ。幸せって言うのか?たくさん感じさせてもらったし……」

 途中から気恥ずかしくなって、だんだん声が小さくなってしまう。そんな俺に笹倉は楽しそうに微笑んで、それからそっと手を握ってきた。

「別に行けなかったことを悔やんでいるわけじゃないわ。だって、私は胸を張って言えるもの。碧斗くんと同じ学校を選んでよかったって」

「……俺もだ」

「ふふっ、知ってる」

 いたずらな笑顔でからかうように見上げてくる彼女。もしかすると、俺もクリスマスの魔法とやらをかけられたのかもしれない。

 その表情をずっと守ってやりたいって気持ちが、じわっと胸の中に染み渡るのを感じたから。

 きっと、この気持ちは『好き』よりも『愛してる』の方が近くて、その根本にあるのは独占欲みたいな重苦しいものなんだろうけど、それが笹倉のことを大切に思う気持ちの塊なのだから否定はできない。

「笹倉が知ってるのを、俺も知ってる」

 そう言葉を返せば、彼女はそうきたかと言いたげな楽しそうな顔で、「……バレちゃった」と呟いた。

 その表情があまりにも綺麗で、俺は心臓が跳ね上がるのを感じる。人前でイチャつくカップルに心の中で文句を言ったばかりだが、俺も人のことは言えないのかもしれない。


 ……今、すごく抱きしめたい欲に駆られてるし。


 そんな俺の気持ちを察したように、笹倉は握っていた手を一度離し、腕に体を引っ付けるようにしながら恋人繋ぎで再度繋ぎ直した。

 そして口パクで『これで我慢して』と、口元をニヤニヤとさせながら伝えてくる。胸を当ててくるのはわざとなんだろうからツッコまないとして……。

「これで我慢するんだから、褒めてくれてもいいんだぞ?」

「……じゃあ、帰ったらたくさんご褒美あげよっか」

「やっぱり危険な匂いしかしないから遠慮させていただきます」

 同じ言葉でからかい返したはずなのに、何故か俺の方が返り討ちにあってしまった。この差ってなんですかって嘆いちゃうぞ。


「…………」

 そんなイチャイチャ全開だったせいか、気がつくと舞台の上から黒崎さんにじっと見つめられていた。

 もしかして、規律を重んじる黒華桜ヶ崎学院では、こういう行為も禁止されているんだろうか。

 なんだか、すごい剣幕で睨まれている気がするし、それに気がついたカップル達も、一気にしんと静まり返ってしまった。

「イベントでこの雰囲気、やばくないか?」

「た、確かにそうね……」

 小声で囁き合う俺と笹倉。多分、周りの人達も同じようなことを思ってると思う。

 だが、この時の俺たちはすっかり忘れてしまっていた。


 偏差値も高く、スポーツでも優秀な天才たちの集まる黒華桜ヶ崎学院の生徒の7割が―――――――――



 ――――――何故かお笑い界に進むという事実を。


「コンタクトつけ忘れて目付きが悪くなった人の真似でした〜!」

「「………………」」

 多分、黒崎さんには向いてないと思うけど。大丈夫、笑えないってことはまだ伸びしろがあるってことだから……うん、頑張れ。

 あなたの夢をあきらめないでって、岡〇孝子さんも言ってるし。



「完全に忘れていたわ。黒崎さんが『クーリ〇シュ』と呼ばれていた理由を……」

「ああ、すごく納得してる自分がいるぞ……」

 黒崎さんが舞台を降りる頃には、その場にいた彼女以外の全員が色んな意味で震えていた。

 まず、ギャグが寒すぎて誰も笑わない。それだけでも身震いしてしまいそうなのに、黒崎さんはギャグをする時以外は凛々しい表情で観客を眺めているのだ。

 心做しか、その鋼のメンタルへの震えの方が大きかった気がする。まあ、他が完璧すぎるせいで、神様はそういう枷をつけるしか無かったんだろう。

 勉強もスポーツも優秀な天才JK……なりたいかと言われたら、俺はなりたくないな。

 結論、ギャグセンは大事。


 ちなみに彼女が紹介した参加者は2人組でコントを見せてくれた。かなり面白かったんだが、黒崎さんの『エリマキトカゲの真似〜!』で一気に熱が消えた。

 まあ、順番が悪かったってことだな。2人組、恨むならイベントの主催者を恨めよ。てか、漆黒生徒会長はもう二度と出てくるな。夢見る男子生徒が泣いちゃうから。


「……共感性羞恥の墓場って、ここの事だったのね」

「むしろ、あれと知り合いなのによく耐え切ったな」

 耳まで真っ赤にしながら、安堵したような表情を見せる笹倉を、俺は素直に賞賛した。俺だったら中盤にあった『手持ち扇風機の真似〜!』で逃げ出してたと思うし。

 ちょっとクオリティが高いところが、さらに羞恥心を煽ってくるんだよな。

「早苗は大丈夫だろうか……」

 そろそろ登場するであろう幼馴染のギャグセンを心配しつつ、一旦はクー〇ッシュから解放されたことを心から喜んだ。


 ……冬って意外と暖かいんだな。

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