第324話 俺はぬいぐるみを家に入れたい

 せっかくだからクリスマスパーティに誘おうかとも思ったが、あまりに幸せそうな2人を邪魔するのもなんだと、橋の上で俺達はそのまま別れた。


「唯奈、すごく嬉しそうだったわね」

「ああ、塩田なら大丈夫だと思ってたが……いざ本当になると嬉しいもんだな」

 彼が散々悩んでいたことを知っているからだろうか。自分の事のように笑顔になってしまう。夏からずっとだもんな、彼の想いは。

「なんだか私だけ置いていかれてる気がする……」

 何も知らない早苗は、1人でキョトンとしていた。

「気のせいだろ」

「気のせいよ」

「そうなのかなぁ……」

 訝しげな視線を向けてくるが、経緯いきさつを話すのも面倒だし、しつこく聞いてくる声を無視して俺達は家まで帰った。


 だが、玄関前で気がつくことになる。物理的に抱えられた問題に。

「クマのぬいぐるみが家に入らない……」

 なんと、ドア枠よりも大きいせいで、家の中にぬいぐるみを持ち込めないのだ。笹倉の家なら確か両開きのドアだったから大丈夫だと思うが、一般的な大きさの家には入るはずがない。

 かと言って、外に置いておくのも気が引ける。

「そうだ、窓からなら入るんじゃないか?」

「それよ!」

 リビングの窓なら、ドアよりも大きかったはず。このぬいぐるみも押し込めばなんとかなるだろう。


 ――――――――――まさか、この考えが自分達を後悔させることになるとは、この場にいる誰も想像していなかった。


 家の外周を回って窓の前に立った時に見てしまったのだ。廊下からリビングへ通じるドアの前で巨大クラッカーを構える茜と咲子さん、そして『ドッキリ大成功』と書かれたプラカードを抱える葵、3人のウキウキした表情を。

「テレビだったらカットだぞ、これ……」



 その後、いかにも初見です風を装ってリビングに入った俺達は、オーバーなリアクションでなんとか誤魔化した。

 騙すこと自体には少し罪悪感があるが、楽しそうな笑顔を見ていると、悪い嘘ではないからいいかと言う気持ちになる。

 一旦外に敷いたレジャーシートの上に置いていたぬいぐるみは、予定通り窓から家の中へ。いつの間にか設置されていたクリスマスツリーの横に座らせておいた。

「もふもふですぅ……」

「けっこう気持ちいいな……」

 小学生なら2人で乗れるくらいの大きさはあるから、茜と葵はその触り心地の良さを幸せそうに堪能している。

 抱きしめられたり、顔を埋められたり、スリスリされたり……ちょっとだけ羨ましいと思ったのは俺だけの秘密だ。

「あんなにぬいぐるみが好きなら、ここに置いていこうかしら。持ち帰るのも大変だもの」

「でも、いいのか?せっかく1位だったのに」

「ここには頻繁にくるから、家に置いておくのと大差ないわ」

 そう言って微笑む笹倉。本当に優しいやつだな……なんて感動した矢先。

「このぬいぐるみ、あおにぃの匂いがします!」

「多分、運ばされてたからだろ。でも、悪くないな……」

 匂いを嗅ぎまくる双子の姿に、笹倉の目の色が変わった。

「やっぱり持ち帰らせてもらおうかしら……ふふふ……」

 何を考えているのかは分からないが、よからぬ事を企んでいるのは確かだと思う。鼻息がすごく荒いし……。


「あおくんの匂いは私が全部吸い込むからっ!」

「ま、待ちなさい、小森さん!その匂い分子は私のものよ!」

「あおにぃの匂い……♪」

「うぅ……この匂い、眠くなってきちまうよぉ……」


 飛び込もうとする早苗を必死で止める笹倉、ぬいぐるみの上でウトウトし始める双子。

 その光景を少し離れた場所で眺めていた俺に、咲子さんはニヤニヤしながら言った。

「碧斗君は幸せ者ね、おばさん羨ましいわ」

「わざわざ口にしないでくださいよ……」

 自覚すると本当に幸せすぎて死ねるから。

「ふふっ、これで早苗を貰ってくれれば、何も言うことは無いのだけれど……」

「……まあ、考えておきます」

「あら、断らないのね?早苗も頑張ったってことかしら」

 咲子さんがそう言ってクスリと笑った直後、家の中にインターホンの音が響く。誰か来たらしい。もしかするとエミリーだろうか、彼女ならありえなく無いよな。

「はーい」と返事をして玄関の扉を開けると、発泡スチロールの箱を持った宅配便のお兄さんが立っていた。さむいのか、やたら帽子を深く被ってるな……。

「お届けものです」

「ご苦労様です、こんな日まで大変ですね」

「いえ、仕事ですから」

 そう言いながら、箱を差し出してくるお兄さん。あれ?この荷物……どこにも送り状的なのが付いてないな。

「碧斗くん、何が来たの?って、それは……」

 リビングの方からひょこっと顔を出した笹倉は、発泡スチロールの箱を見ると眉を八の字にした。そしてこちらに近付いてくると、箱を受け取って念入りに確認してから宅配便のお兄さんの方を向く。

大和やまと兄さん、どうしてそんな格好してるのよ」

 笹倉はそう言って、宅配便のお兄さんの頭から帽子を奪い取る。すると、その下から出てきたのは見知った顔だった。

「大和さんだったんですか!?全然気付かなかった……」

「ちょっとコスプレでもして盛り上げてやろうと思ってな!」

「ハロウィンじゃないんだから……」

 大和さんは、180以上ある大男で肌も焼けていて怖そうだが、実はすごく優しい性格をしていて、なおかつ従妹である笹倉のことが大好きなシスコンお兄さんだ。

 夏の海ではお世話になったなぁ。……あれ、なったっけ?

 笹倉は呆れたような顔をしているが、そもそもどうして大和さんだと気付いたんだろう。俺には全く分からなかったのに。

「碧斗くん、これ。私の手作りしたクリスマスケーキよ。この時間に大和兄さんに届けてもらう約束をしていたの」

「ああ、だから箱を見て気付いてたのか」

 そういうことなら納得だ。それにしても、普通にこんな宅配便のお兄さんが家に来たら、かなりビビるんだろうな……。

「ていうか、わざわざ作ってくれたのか?」

「ええ、前にケーキを作るって約束したでしょ?」

 そう言えばそんなこと言ってたな。しばらく何も無かったから、忘れているもんだと思ってたんだが……なるほど、今日のために取っておいてくれたのか。

「あ、そうそう。黒い車で走ってきたおじさんにこれも渡せって頼まれたんだ。中身は何が入ってるのか知らないけどな」

 大和さんはそう言いながら、玄関前に置いていたやたら大きくて重い箱を渡してきた。待ってくれ、本当に何が入ってんだよ。これ40キロくらいあるぞ……。

「そんなもの持ってきて大丈夫なの?」

「ああ、爆弾ではないからって言ってたから大丈夫だと思う」

「余計に心配よ!」

 従兄妹同士でコメディチックなやり取りをしているのはいいが、この重さで中身が爆弾ならここら一帯は消し飛ぶと思う。

 それに黒い車って……まさか、そんなわけないよな。

 そう思いながらも、俺は恐る恐る発泡スチロールの蓋を開けてみる。


「…………」


 中にいるそいつと目が合って、俺は元通りに蓋を閉め直した。

 うん、きっと今のは見間違いだ。発泡スチロールの中に人が入ってるように見えるなんて、俺もきっと疲れてるんだな。

 おかした幻覚を二度と見ないように、このままガムテープでぐるぐる巻きにして、大阪湾に浮かべに行こう。


 ……多分沈むと思うけど。

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幼馴染ちゃんは俺の恋路を邪魔したい プル・メープル @PURUMEPURU

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