第295話 極道さんは肝試しがしたい②

「私、お兄のことが好き!」


 それは告白だった。

 友達として?なんて野暮なことを聞く必要が無いことくらいは、その表情から察せる。

 照れて視線を逸らしたい気持ちがありながらも、それをしてはいけないと健気に見上げてくるその瞳からは、確かな決意みたいなものを感じられた。


 少し前までは存在すら知らず、昨日まではただのクラスメイトだと思っていた彼女が、今日になってかつての友達だということを知り、そしてたった今想いを告げられている。


 あっという間に流れていった時の中で、ここまで彼女に対する目が変わったのだ。思い返せば、すごく不思議な気もする。

「正直に言うとね、再開してすぐにエミリーだって言えなかったのは……怖かったの」

 彼女は一段階段をのぼりながらそう言った。

「もしかすると、お兄は別人みたいになっちゃってるんじゃないかって。そう思うと、怖くて言い出せなかった……」

 また一段のぼり、エミリーの頭の高さが俺よりも少し高くなる。俺は彼女の潤んだ瞳を見た途端、胸を締め付けられるような感覚を覚えた。

 エミリーだなんて分からなかったのだから、仕方ないといえば仕方ない。でも、一緒にいたのに気持ちに気付いてあげられなかったことは、彼女を想う人間として言い訳できない。


 だが、そんな胸の痛みは、最後の段に飛び乗ったエミリーの、振り返りざまの笑顔で消し飛んでしまった。


「でも、お兄はなにも変わってなかった。昔と同じように、温かくて優しいままだったよ♪」

 心配する必要なんてなかった。彼女はそう言って満面の笑みを見せる。神社の背後から少しだけ顔を覗かせる月の光が、彼女の影を俺の足元まで伸ばさせていた。

「幼い頃に感じた正体の分からない感情。それが会えなかった10年で少しずつ大きくなって、それが何なのかを知ってからは、もう抑えられなかったの」

 エミリーは胸の部分をぎゅっと握りしめると、内側から溢れるものを外へ押し出すように大声で告白した。


「私はお兄が好き!ずっと変わらずに私を受け止めてくれる、優しいお兄が大好きぃぃっ!」


 もしかすると、結城たちのいるところまで聞こえてしまうかもしれないほど大きな声。それは、微かに響きながら木々のざわめきの中へと吸い込まれていった。

「エミリー、俺……」

「お兄、いいの!返事はわかってる。10年以上も会わなかった相手の告白になんて答えれるはずがないもん」

 俺の言葉を遮るように言葉を挟んだ彼女の表情からは、後悔だとか悲しみだとか、そういうものを一切感じられない。

 むしろどこかスッキリしている感があった。

「でも、これだけは覚えておいて欲しい」

 エミリーはそう言って、俺の目の前まで降りてくる。その時の彼女の月よりも優しい微笑みが、どこか神秘的に感じられた。

「離れているから好きにならないわけじゃない。好きって感情は一度芽生えたら、どこにいても布を継ぎ足すみたいにどんどん大きくなっていくの」

 彼女の小さな手は、俺の手を両手で握って胸に抱きしめるように移動させる。その瞳は俺の指を愛おしそうに見つめ、その末に薬指の先へ軽く口付けをした。


「空白の時間もずっと想い続けてた。だから、好きの気持ちはサナにだって負けてないよ?」


 それはまさに、この場にいない早苗に対する宣戦布告。昔馴染みである彼女のことも、エミリーは敵に回す決意をしたのだ。

「エミリー、でも俺はお前を恋愛対象として見れてないんだ。それでもいいのか?」

 静香としてもそうだが、エミリーと知ってからはいよいよ『友達』とか『妹分』みたいな目でしか見れていない。

 確かにエミリーは可愛いが、やはり10年という時間は彼女にとっても俺にとっても、気持ちの方向を定めてしまうのに十分過ぎた。

「大丈夫だよ、だって恋愛は単純なリバーシじゃないもん。白をひっくり返せば必ず黒になるわけじゃない、私という色が出ることだってあるんだから♪」

 エミリーはそう言って笑うと、俺の手をそっと離した。彼女の口付けの感覚がまだ微かに残っている。

「ありがとうな、エミリー」

 俺が笑ってみせると、彼女もまた笑い返してくれる。

 想いを返してやることは出来ないけれど、やっぱり好きだと言ってもらえることはすごく嬉しかった。これから、空白の時間の分まで少しでも埋めてやれればいいな。そんなことを思いながら、はにかむエミリーの頭を優しく撫でた。


「私、お兄が望むなら愛人にもなるよ?経験はないけど知識だけはあるから!」

「純情すぎるのも時に悲しいな……」


 さすが18禁コーナーで保健体育を学んだだけはある。知識が偏りすぎて、2番目でもいいから!状態になってしまったらしい。

 もちろん、俺に不倫する勇気なんてないから望むことは無いんだろうけど。

 ただ、『経験はない』という一言にどこかほっとしている自分がいたのは、俺だけの秘密だ。

 きっと大切な友達だからだろう。そうに決まってる。……そう、思いたい。



「そう言えば中学の時の話、まだ途中だったよな」

 神社からの帰り道、ちょうど会話が途切れたところで俺はそう口にした。エミリーにとってはあまりいい思い出じゃなさそうだし、正直聞いていいものか迷ったが、やっぱり彼女のことは知っておきたかった。

「エミリーさえ良ければ、続きを話してくれないか?」

 エミリーの意思に反してまで聞こうとは思わない。この行為自体が彼女を傷付けるというのなら、俺は全部忘れてやるつもりだ。

 しかし、エミリーは少し悩んだ後、小さく微笑んで見せてくれた。

「いいよ?お兄には全部知って欲しいから」

 彼女はそう言って、手の触れ合う程の距離を肩の触れ合う距離まで縮める。なんというか、彼女の過去を知ることで、心理的な距離も縮まっていくような気がした。

「私、色々やったけどそれでも無理で、もうずっと一人なんだって諦めちゃったの」

 暗い話になりかけているのを察したのか、エミリーは間髪入れずに「でもね」と言葉を続ける。

「1人だけ仲良くしてくれた子がいたんだ」

「おお、それは良かったな。ひとりぼっちじゃなかったってことか」

「うん!きっかけは私のハンカチが風に飛ばされて、それを木登りが得意だったあの子が取ってくれたことなんだけど……」

 やけにアニメチックな出会いだな。あの子と言うからには、おそらくボーイミーツガールじゃくてガールミーツガールなんだろうけど。

「すごいんだよ!スルスルって登って、ぴょんって飛び降りてきたの!さすがにあの時は私も惚れかけたね」

 エミリーは「きゅんだよ!」と力強くガッツポーズする。それじゃあ、人の首根っこをギュンしちゃう人にしか見えないけど。

「仲良くしてくれる奴がいたなら、学校生活も楽しかったみたいだな」

 俺の言葉に、エミリーは大きく頷く。初めは悲惨な話かと思ったが、その良い奴のおかげで彼女はいい思い出になりましたって話か。

 そいつには俺も感謝しないとな。おかげでエミリーはこうして笑顔で過ごしてくれてるわけだし。

 名前、聞いておこうかな?いつか会った時にお礼を伝えるためにでも。……なんて、その時の俺は冗談のつもりで考えていた。だが。


「うん!《《さあやちゃん》》のおかげで他にも友達が作れたもん♪」


 いざ名前が出てくると、俺は思わず歩みを止める。楽しそうに笑っていたエミリーも2、3歩先で止まって振り返った。

「お兄、どうかした?」

「今、なんて言った?」

「え?友達が作れたってこと?」

「違う、もう少し前だ」

 聞き返すまでもなくはっきり聞き取れた。でも、あまりに突然で、その名前については確認しておかないといけない気がしたのだ。

ちゃんのおかげで……?」

 やっぱりそうだ。彼女が口にしたのは、『さあや』の名前で間違いない。

「さあや……」

「お兄、さあやちゃんのこと知ってるの?」

 俺の様子に違和感を感じたのか、エミリーは首を傾げながらそう聞いてくる。

「……いや、わからない」

 本当なら知っていると答えたかったが、確信が持てなかった俺は首を横に振るという選択肢を選んだ。

 だって、もしかすると単に同じ名前というだけかもしれない。『さあや』なんて名前、溢れている訳では無いがたくさんはいるだろうし。

 だが、ここまでピンポイントに被ると、やはりなにか不思議なものを感じずにはいられないよな。

「心当たりがあるなら、今度さあやちゃんに会ってみる?」

 エミリーの提案に、俺は少し悩んでしまう。

 もし本当に『さあや』なら会いたい。いつもふと現れてすぐに居なくなってしまう彼女と、互いの了解の元で会えるようになるのなら、それ以上に嬉しいことは無いから。

 でも、俺は最終的に首を横に振った。

「……いや、知らない男に合わされてもあっちが困るだろうし、それは遠慮しとく」

 人違いの可能性の方が高いし、『さあや』はきっとまたいつか現れてくれる。自分の中にそんな確信があったからこその断りだった。

「ふふっ♪会いたいなんて言ったら、私、嫉妬しちゃうところだったよ」

「自分から言っておいてか?」

「女の子は複雑なの!女心が分からないとモテないよ!」

 頬を膨らませて不満そうな顔をするエミリー。だが、少しすると「モテなくていいけどね?私がもらうから……」と囁いてくる。

 もらうって言い方だと、俺が仕方なく拾ってもらったみたいになるからやめて欲しいんだが……。

「でも、そうか……嫉妬しちゃうのか」

 俺は聞こえるか聞こえないかくらいの小声でそう呟くと、あえてからかうような表情を意識しながら言った。

「じゃあ、さあやちゃんに会いたいなぁ〜」

 ニヤニヤ顔が効果を増幅させたのか、エミリーは慌てたように「だめだよ!」と言いながら首をブンブンと振る。

「さあやちゃん可愛いから、お兄が浮気しちゃう……」

「エミリーも可愛いから大丈夫だろ。可愛い子耐性はついてるぞ?」

「も、もぉ……お兄のえっちぃ……」

 彼女は照れたよう顔を赤くしながら、弱々しい手つきで俺の方を叩いてくる。もはや叩くと言うより撫でると言った方が近い気がするけど。

 俺の発言の何がえっちなのかは分からないが、ともかくエミリーの反応が可愛かったから良しとしよう。


「……って、かわいいから浮気するってどういうことだよ。俺はそんなやつだと思われてるのか?」

 そんな遅れたツッコミに、彼女は舌を出してとぼけるだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る