第296話 フードさんは肝試しがしたい①
「最後は魅音だな」
「はい!ようやく回ってきました!」
割り箸を引くまでもないと思うが、一応形式的なものとして、結城の握っていた1本の割り箸を魅音が取るという行為を済ませた後、俺達はようやく森へ入った。
今更だがこの肝試し、肝を冷やす要素が全くないから、単に暗い道を散歩してるだけなんだよな。
まあ、なんだかんだみんなとの会話も弾んでるし、異論は全くないんだけど。
そんなことを思いながら歩いていると、不意に魅音が服を掴んできた。なんだろうと振り返ると、彼女はさっき神代さんも座った、ちょうどいい石のある休息エリアを指差す。
「関ヶ谷先輩と話したいことがあるんです。神社に行く代わりにここで聞いてもらえませんか?」
彼女はそう言いながら、俺の答えを聞くよりも先に歩き出す。魅音にしてはやけに強引だな。
わざわざ『行く代わりに』と言うってことは、長くなる話ってことだろうし、大事な内容なのだろうか。
「でも、飴を持ってこないとだろ?」
「大丈夫です、ちゃんと持ってますから」
魅音が差し出した手のひらの上には、ちゃんと飴玉が乗っていた。
「話をする時間を作るために、先にこっそり取っておいたんです」
「そこまでして話さないといけないってことか?」
「……はい、大事な話です」
ここまで言われてしまえば仕方がない。特に強引に肝試しを続ける理由もないし、彼女の言う通りにしておこう。
「わかった」
俺は2度ほど首を縦に振ると、どこか神妙な面持ちの魅音に続いて、道の脇の方へと進路を逸らした。
魅音は俺に座るように言うと、自分は落ち着きがないように3m程の距離を同じ場所で行ったり来たりし始める。
なんとなく、動物園にいる虎を見ている気分だ。寝てばかりでもつまらないから動いてくれるのはいいが、どういう目的で歩き回ってるのかは分からないんだよな。もしかして、展示部屋の出口でも探しているのだろうか。
まあ、魅音は出口というか、話の入口を探してるみたいだけど。
「…………」
俺はただただそんな彼女を目で追っていた。大事な話だと言われたからには、むやみに急かすのも悪いと思ったから。
彼女自身の言えるタイミングで話してくれればいい。月はしばらく見ないうちに傾きを変えていたが、寝不足なら明日の帰りの電車で寝ればいいだけだし、既に深夜も深夜なのでもはやどれだけゆっくり悩んでもらっても、眠りの質に関しては大差ないだろう。
「…………」
そう言えば、この森にはフクロウとかいないんだろうか。木々の間からホーホーなんて聞こえてきてもいいと思うんだよな。もしかして、あいつらって冬は活動しないのか?
あれこそが不気味さを増すというか、影の肝試し構成員的な役割を果たしているというか。まあ、当のフクロウがこんなこと聞いたら『お前たちの娯楽に付き合わせるなや』って怒られそうだけど。
「……関ヶ谷先輩」
おっ、ようやく魅音が話し始めた。俺は彼女の言葉に耳を傾け、体も自然と声の聞こえる方へと向いた。
「後で突っ込まれるのも困るので、先に言っておきますね。この肝試し、私が最後になることは最初から決まっていたんです」
「……ん?どういうことだ?」
最後になることが最初に……って、初めからちょっと頭がこんがらがりそうなんだが。
「このペンを使ったんです」
そう言って魅音が取りだしたのは、一見すると普通の赤ペン。だが、その表面には『時間差で色が浮き出る!』と書かれていた。
「このペンで書いた線は、初めは透明なんですけど、決められた時間が経過すると赤く色がついてくるんです」
「ああ、そう言えば『気付かないうちに血まみれドッキリ』みたいなのをテレビで見たな。あの時の血のりと同じか」
主に芸人がターゲットになっていたのだが、偽番組の途中でじわじわと赤色に染るTシャツは、見ていて少しトラウマになるレベルだった。
血のりだと分かっていても、色の現れ方が染み渡る感じでリアルだったんだよな。いや、本物を見た事があるわけじゃないけど。
「あの割り箸、私だけにわかる程度の傷がついていたんです。10分後、20分後、30分後、40分後、それぞれの時間で浮き出てくるようになっていたので、傷を確認して別のを選んでました」
「なるほど……」
要するに、魅音が一番最後になったのは偶然ではなかったということだ。でも、そもそもどうしてそこまでして最後になる必要があったのだろうか。
その答えは、すぐに魅音の口から聞くことが出来た。
「私が最後になった理由は、他の皆さんが終わってからじゃないと聞けないことがあるからなんです」
彼女はそう言うと、俺から少し目を逸らした。何か言いづらいことがあるということだろう。
無理して言わなくてもいいと言ってやりたい所だが、ここまで来てしまったらやめさせる方が酷かもしれないと思い、言葉を喉奥に引き戻した。
「その……既に5人と肝試しに来たわけですけど……」
神妙な面持ちはいつからかほんのりと赤く染まり、口は少し開いて閉まり、まあ開いてを繰り返している。
この表情……魅音の聞きたいことってもしかしてだけど……。
「な、何か特別なことは起こりましたか……?」
上目遣いの伺うような視線、緩やかなカーブを描いた不安そうな眉、下唇は何かを堪えるように噛み締められ、何も持たないことが落ち着かないのか、その両手は彼女のスカートをしっかりと握りしめている。
なんとなく、『○○君って彼女いるの……?』と主人公に聞くヒロインの姿が思い浮かんだ。もしかして、この質問はそういう系なのか?
返事を待つ魅音と目が合って、ふとそんなことを思ってしまう。だが、俺はすぐに首をブンブンと振った。
……いやいや、そんなわけないだろ。いくら魅音が優しくていい子だからって、勘違いして変な妄想をするのはそれこそ先輩失格だ。
魅音はコミュ障を解消してから、友達が圧倒的に増えた。学校の廊下ですれ違ったとしても、いつも隣に誰かがいるくらいだ。
そんな彼女に限って、俺の事を『先輩』として以外の目で見てるなんてことはないだろ。
同学年でも俺より魅力のあるやつはたくさんいるだろうし、そういう奴も魅音のことを気になっている可能性は十分ある。
彼女のような完璧な女の子が近くにいて、気にならない方がおかしいとさえ思う。
そこらの男では、器的な意味で到底釣り合わない……いや、魅音はそれでも釣り合わせようと頑張るんだろうけど、自然体のまま対等に付き合えるやつなんて、学校にも何人いるかどうかってくらいだ。
そんな彼女がまさか……って、だから俺はどうしてそう言う方向に話を持っていくんだ!
魅音が口にしたのは『特別なことは起こりましたか』ってだけで、普通に気になっているだけかもしれないだろ。
俺だって女子と2人で歩いている知り合いがいたら、『おお、なんか進展あった?』って聞くこともあるだろうし。
そう、さっきの質問自体には何ら特別な意味なんて含まれてなくて、深く考える必要もない後輩の単純なQ&AのQだ。
ならば、Aを返してやるのが普通の流れだ。古文でよく見かける男と女の歌の掛け合いみたいに、送られたら送り返すってのがマナーだしな。
「いや、何も無かったぞ」
そう、普通に答えるだけ。余計な邪推は厳禁だ。どうしてわざわざ肝試しをせずに話すのかとか、やけに落ち着きのないように見える理由とか、そんなのは気にしなくていい。
「……嘘、つくんですね」
だが、邪念を払おうとする度に、魅音の表情の影が濃くなっていくような気がした。
「静香先輩に告白されてたじゃないですか。あの声、ちゃんと聞こえてたんですよ?」
彼女の言葉に、俺はそう言えば……と思い出す。あいつ、結構大きな声で叫んでたもんな。聞こえてもおかしくないとは思っていたが、まさか本当に届いていたとは……。
「それに、他の皆さんとだって、入る時よりも帰ってくる時の方が距離が縮まっていました」
「それは魅音の気のせいじゃないか?」
「気のせい、で片付けられるんですか?」
すぐに帰ってきた言葉に、俺は思わず「うっ……」と声を漏らした。
思い返してみれば、確かにみんなの今まで知らなかった一面がしれたことで、心の距離と共に物理的な距離も縮まっていたのかもしれない。
なんにしろ、彼女らとの距離は意識的なものじゃなかったから、俺もそれ以上の否定はできなかった。
「その表情……認めるってことですか?」
ただ、まるで追い詰めるようなその質問の仕方は、普段の魅音とは全く違う。まるで別人のような今の彼女に、俺は違和感を覚えずにはいられなかった。
「ああ、認める。……でも、なんで魅音がそんなこと聞いてくるんだよ」
その問い返しに、彼女は一瞬だけ視線を下に向けた。聞かれたくなかったことを聞かれてしまった、そんな感じの表情だ。
だが、俺に答えさせた手前断れないと悟ったのか、魅音は観念したようにため息をつく。
「そんなの決まってるじゃないですか……」
そんな呆れを感じさせる行動とは相反した悲しそうな瞳をこちらに向けながら、今にもプツリと切れてしまいそうなか細く震える声で。
「もう、ライバルは増えて欲しくなかったんですよ……」
彼女はそう言って、ポツリと涙を零した。
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