第294話 極道さんは肝試しがしたい①
「次は私ですわ!お兄様、行きますわよ!」
印のついた割り箸片手に張り切る静香に手を引かれて森の中に入った。
彼女は少し歩くと、周りに誰もいないことを確認して口元を緩ませる。
「お兄、2人きりだね♪」
エミリー側の話し方に変えた彼女は、甘えるように俺に抱きついてくると、胸に顔を埋めてスリスリと頬ずりしてきた。
「そんなことしてたら歩けないだろ?」
そう言ってやると、エミリーはぷぅと頬を膨らませて、「女心がわかってないよ!」と抗議する。肝試し(4回目)に女心もへったくれもないと思うんだが。
「せっかくお兄と再会できたんだから、楽しまないと損だもん!」
「さっきから思ってたんたが、どうして転入してすぐにエミリーだって言わなかったんだ?」
純粋な疑問だった。すぐに言ってくれていれば、俺達はもっとたくさん思い出を語り合えたかもしれないのに。
「だって、いきなり言っても信じてくれなかったでしょ?」
「た、確かに……」
思い返してみれば、静香としての第一印象は『高飛車なお嬢様』だ。幼き頃のエミリーとは全く違う。そんな状態でエミリーであると言われても、信じきれない可能性は十二分にあった。
「だから今日がチャンスだと思ったんだよ♪今回こそ、お兄の中に私を一番濃く残せると思ったから」
そう言いながらはにかんだように笑う彼女の言う通り、今日の再開によって俺の中にはしっかりと『エミリー』が刻み直されていた。
空白の時間が長かったせいで、思い出と現在との違いは多いけれど、静香としての時間があるおかげで、そこまで大きな違和感もない。
「もしかしてなんだが、これを見越して転入してきたのか?」
まさかとは思うが、事実と事実を結んでいくとそのまさかはかなり現実味を帯びていて……。
「ううん。こうやって旅行先で一緒になったのも、そこでお兄に私を思い出して貰えたのも、全部偶然だよ?」
彼女のその言葉さえどこか嘘のように感じてしまう。ただ、偽る理由が思いつかないから、きっと俺の思い違いなんだろう。
頭のいい笹倉ならともかく、エミリーに限って策士が過ぎるなんてことは無いだろうし。
俺達は歩きながら、適当な話をして互いに体を温める。他愛ない会話っていうのは、気温すらも忘れさせてくれるものだからな。
だが、階段を登り始めて少しした頃、その内容がちょっと変わり始めた。
彼女が話したのは、幼稚園に来なくなってから俺と再開するまでの十数年についてだ。その期間は俺にとって丸々早苗との関係を育んできた時間と一致するわけで、どれほど長く大きな意味を持つ期間なのかが容易ではないが想像はできた。
「お兄とさよならした次の日から、私はまた家に引きこもる生活が始まったんだ。小さかった私も、さすがにお父さんが自分を守るためにそうしてくれてることはわかってたから、文句は言わなかったの」
俺達が外で遊んでいる時も、エミリーは屋敷の中でひとり。あの頃はそんなこと想像もしなかったが、今となってみれば少し残酷な事だったのかもしれない。
かと言って、何も知らない俺にはどうすることも出来なかっただろうけど。
「外に出られないこと以外は何不自由なかったから。でも、中学生2年生になってから普通に外に出られるようになって、世間を知らないということが悪い方に転がっちゃった……」
それまでの彼女の世界は、屋敷の壁の内側しか無かった。それが一気に学校という他人ばかりの場所に放り込まれたとなれば、それまでの常識はほとんど通用しない。
要するに、これまで通りの過ごし方では周りから浮いてしまうのだ。例え金髪や青い瞳がなくても、そういう奴は自然と周りから避けられる。
中学2年という中途半端な時期となると、周りで交友関係もしっかり作られていることもあって、尚更輪に入りづらく感じるだろう。
「私、それまで出来た友達がサナとお兄しかいなかったから……どうやって作ればいいのかわからなくて、色々と試してみたの」
感性がお嬢様で、飛び入り参加の転入生と仲良くしようと思えるのなんて、天使か強制的にお世話係にさせられたやつしかいないと思う。
友達の作り方なんてものは俺もはっきりとは分からないが、それだけに他人と関わる機会の無かったエミリーにとっては、トライしてみようという気が起きることさえすごいくらいだ。
「初めは色んな人が話しかけてくれたけれど、それは転入生だからって理由だけで、日が経つにつれてみんな離れていっちゃったの」
「転入生ってのは物珍しいからな。エミリーみたいなのが転校してきたら、黙っちゃいないだろうし」
俺の言葉に彼女は、「それは、私が変わってるからってこと……?」と少し悲しそうな目をして首を傾げる。
確かにエミリーの転校初日の挨拶は少し引くくらい変わっていたが、それもお嬢様育ちだということを考慮すれば、そこまで大したことでもない。
勘違いで悲しませるのも辛いからと、俺はすぐに首を横に振った。もはやエミリーに対して隠し事をしたり、伝えるのを躊躇ったりする必要は無いだろう。素直でいいのだ、素直で。
「いいや、お前が可愛いからだ。そんな見た目してたら男子はもちろん、女子だって放っておかないだろ」
そう、エミリーは可愛い。これは昔馴染みだからとかそういう色眼鏡査定ではなく、獄道さんと呼んでいた頃からも思っていたことだ。
ただ、世間知らずなところやお嬢様感を前面に出していることで、少なからず損をしているというのは確かだろう。
何かきっかけでもなければ、お嬢様に話しかけるのはハードルが高いからな。俺はそれ以前に極道の長である仁さんと話しているから、気付かないうちに大物耐性が出来てたおかげで平気だったっぽいけど。
「放っておかないだなんてそんな……私は全然モテないし……」
エミリーは照れたように頬を赤くしながら、右手と左手の人差し指を合わせてツンツンする。こんな姿、他のやつが見たら1発KOだろうな。
「モテないのは俺達と一緒にいるからじゃないのか?」
そう言うと、彼女は『どういうこと?』と言いたそうな目をする。別に『俺みたいなやつといると評判が下がる』とか自虐しているわけじゃないぞ?
正直に言って、笹倉や早苗は超可愛い。好きな人エフェクトもあるかもしれないが、2人とも告白されるというイベントは経験しているし、世間的にも認められるレベルの可愛さだと思う。
だが、そんな彼女らは実際にはモテていない。今年に入ってから、褒めるような声はちらほら聞くものの、呼び出して告白だとかラブレターだとか、そういう類のものは俺の知る限り一切受けていない。
俺が唯一知っているとすれば、千鶴の早苗への気持ちくらいだろうか。今となってはまだ現存しているのかも怪しいところだけど。
顔はいいけど中身が悪くてモテないというのなら説明はつく。だが、あの2人は色んな意味でいい性格をしているのだ。中身悪いから説はこの時点で既に破綻した。
「そこで俺は思い至ったんだ、2人がモテない理由に」
「なんだったの?」
エミリーは興味ありげな目でじっと見つめてくる。俺はそれに応えるように、少しだけ溜めてから答えを発表した。
「あの二人は、俺に対して公開で気持ちを伝えてくれてるんだよ。好きな人がいることがわかってる相手にわざわざ告白してくるのは、よほど自信のある奴か、もしくはバカだけだ」
他の案としては、コロ助がなにかしているのかしれないと思ったが、それなら早苗への相手まで消えているのはおかしいからな。
「でも、私は伝えてないよ?やっぱり普通にモテないだけなんじゃ……」
「いや、多分勘違いされてるんじゃないか?」
「……勘違い?」
エミリーの問い返しに俺は頷いて見せた。
「教室であんなベタベタしてきてたら、周りが『獄道さんは関ヶ谷のことが好きなのかな?』と思ってもおかしくないだろ」
俺も何気に喜んじゃってたからな。お兄様なんて呼び方もされてたし、客観的に特別な関係だと見て取れなくもない。
「要するに、笹倉や早苗と同じようにエミリーも勘違いされて、好きでも告白できないでいる奴がいるってことだな」
「うーん、そうなのかなぁ……」
エミリーはよく分からないという風に首を捻るが、すぐに納得したように頷いた。
「それならそれで、私にとってはいいことかもしれない」
「ん?どういうことだ?」
彼女は俺の問い返しにクスクスと笑うと、そっと俺の手をとって両手で挟み込むように握る。そして、少し恥ずかしそうに言葉を紡いだ。
「私がモテたい相手は、お兄だけだもん♪」
その言葉に思わず足を止める。気がつけば神社のある一番上の段まで、もう3段しか無かった。
「えっと……」
なんと返せばいいのかわからず悩んでいる間も、エミリーは急かすことなくただじっと見つめてくる。
「エミリー、今のってもしかして……」
確証が持てず、曖昧に言葉を切ってしまったが、それでも続きを察してくれたらしい。彼女は耳まで赤くしながらも、俺から視線を外すことなく小さく頷いた。
「私、お兄のことが好き!」
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