第288話 俺は小さい方が好きと疑われたい

 確か、「怪我をした友達に千羽鶴を折ってたから、千鶴と呼ぶようになった」的なことを言った気がする。

「日本地図のテストで満点を取ったと思ったら、実はズルしてカンニングしてたから地図とズルで千鶴」……みたいなことも言ったような……。

 とにかく、タイルの上に正座しながら、ガトリングの如く思い付く言い訳を全部口にしたところ、肩まで湯に浸かっている5人には、少し引かれながらも頷いてもらえた。

 俺のことは変なやつだと思われたかもしれないが、千鶴の正体がバレないならそのくらいの好感度は捨ててやろう。


「関ヶ谷さん、やたら未来乃さんについて語ってますね……」

「もしかして、未来乃さんのことが好きなんでしょうか?」

「魅音、それは無いわ。関ヶ谷さんには愛する彼女がいるんだから」

「気持ちが揺れてるのかな〜♪ミラノたそ、胸はないけど可愛いし、そういうのが好きな人にはたまらなそうだもんね〜♪」

「無きにしも非ずですわね。まさかお兄様が貧乳好きだったとは……」


 5人のヒソヒソ話が、周りに自然の音しかないせいかはっきりと聞こえてくる。結城だけは俺の事を信じてくれているのは意外だが、それ以上にその他の声が痛い……。

 慌てて弁解したのが裏目に出てしまったらしい。スルーしてその後も答えずに無視し続けるべきだったのだろうか。

「結城先輩は、その……ひ、ひんにゅー好きの関ヶ谷先輩は嫌ですか?」

 ちゃぷちゃぷと水音を立てながら移動した魅音は、結城の顔を覗き込みながらそんなことを聞いた。

 俺が貧乳好きってのは彼女の中で確定してしまったらしい。別に嫌いではないが、そう思われるのはなんとなく納得がいかないというか……。

 結城は少しの間考えると、大半が濁り湯に隠れている自分の胸に軽くタッチしながら首を傾げる。

 そもそも異性としての意識が薄かったから今まで考えたこともなかったが、結城って意外と胸がある方なんだよな。

 つまり、この湯の中にいる5人の共通認識下の俺にとって、彼女は恋愛対象からかけ離れた存在になるわけだ。

 それが意味することと言えば、『告白してもいないのに振られて、興味無いけど何故か傷つく』の状態になる的なやつで――――――――――――。


「…………呪い殺す、かな」


 結城はジト目で俺を見上げると、いつもよりワントーン低い声でそう言った。オカ研の長である彼女が言うと、本当に呪われそうで怖い。

 てか、貧乳好きなだけで呪い殺されるってどんな物騒な世界だよ。むしろお前が持たざる者達に呪われろ。……いや、俺はロリコンじゃないけど。

「わ、私も小さい方が好きと公言するのは、あまり良くないんじゃないかなと思いますね……」

 そう遠回しに俺を拒絶する御手洗さんは、警戒しているのか顎の先が湯に触れるほど体を隠していた。

「ユアちゃんのは小さくはないと思うけど……リコちゃんが狙われそうだから反対かな〜♪」

 か、神代さんまでそんなことを……。ってそれ、遠回しに御手洗さんのことをディスってないか?

「悠亜ちゃん?今、私のが小さいって言った?」

「あはは……く、口が滑っちゃったかなぁ……」

 目をキョロキョロとさせながら、少しずつ御手洗さんから離れていく神代さん。だが、どこか笑顔が怖い御手洗さんは、容赦なく彼女に詰め寄っていく。

「前に言ったよね?次言ったら、お仕置だからって」

「り、リコちゃん?そ、その手は一体……」

 温泉の壁に追いやられた神代さんは、怪しい手つきをする御手洗さんを見て声を震わせる。そして次の瞬間。

「かくごぉぉぉぉっ!」

 逃げようとする神代さんの腕をがっちりと捕まえた御手洗さんは、意地の悪い笑みを浮かべて、後ろから神代さんを抱きしめた。同時に神代さんの体がピクッと跳ねる。

「リコちゃ……ダメだよぉ……」

「悠亜ちゃんの弱いところ、ちゃんと知ってるんだからね〜♪」

「そこはだめぇ……」

「ふふふ、悠亜ちゃんは相変わらず可愛い声出すんだから〜♪」

 神代さんが身をよじる度、水面が揺れて波紋が生まれる。この濁り湯の下で一体何が行われているのか……想像しようとして、慌てて思考回路をシャットダウンした。

 てか、こいつら……お互いにキャラが戻ってないか?こういう場面では、本当の性格の方が表に出てきてしまうのだろうか。

「お、お二人ともっ!関ヶ谷先輩もいますから、その……破廉恥なことはやめてくださいっ!」

 目の前で起こっている百合展開に耐えられなかったのか、魅音が声を上げた。よく言った、魅音!

 俺は彼女の勇気ある行動を心の中で称える。しかし、注意された側の2人は、彼女にキョトンとした目を向けていた。

「……破廉恥?」

「なんのことですか?」

 まるでなんの事を言われているのか分かっていないみたいな……。

「い、今してるじゃないですか!お風呂だからって、その……胸を……」

『ここまで言えば分かって!』と言いたげに2人を見つめる魅音だが、やはり理解できないらしく、御手洗さんと神代さんは互いに目を合わせて首を傾げた。

 そして、湯の中に隠れていた体を少しだけ持ち上げ、胸が見えない程度に水面上へ露出させた。そこで俺たちは、彼女らのしていたことの正体に気が付く。

 御手洗さんの手は、神代さんの胸ではなく肩に乗っていたのだ。

「肩を揉んでいただけですよ?」

「ユアちゃん、胸が大きくなったせいで肩凝りがすごくて……この攻撃が効果抜群なんだよね〜♪」

 肩を押さえながら首を左へ右へ動かす神代さんに、俺は『なんだ、そういう事か……』と、思わずため息をこぼす。

 これが予想が外れた安堵感から来るものなのか、それともその逆か。それは自分でも分からないが、とりあえず後者ではないことにしておこう。

 神代さんはまた地雷を踏んでしまったらしく、「胸が大きく……自慢かなぁ?」と引き攣った笑みの御手洗さんに、ほっぺを引っ張られていた。

 傍観者としてなら、仲睦まじい2人のやり取りは微笑ましく心癒されるので、とりあえず助け舟は出さないことにする。

 ご立腹な御手洗さんも、立場が弱まっている神代さんも、こういう時じゃなきゃ見れなさそうだし。


 戯れる2人を眺めながらほっこりしていると、露天ということもあって冷たい風が吹き込んできた。

「うっ……さすがに寒いな」

 身にまとっているのがタオル1枚な上に、体や髪は水分を含んでいる状態だからな。そこに冷風が来れば、体感的には北海道の海に着衣水泳するくらい寒い。したことないけど。

 俺が手のひらで肌を擦っていると、結城が不思議そうにこちらを見上げてきた。

「なんで浸からないんです?そんな所にいたら寒いのは当たり前でしょうに……」

 彼女の意見はごもっともだ。目の前には温かい温泉があって、凍えそうな状態の俺にとってそれは、アリの前にケーキを置くようなもの。

 だが、ここに飛び込むことを良しとしない俺が、自分の中にいるのだ。

「だって、女子と同じお湯に俺が浸かるんだぞ?お前たちにしたら気持ち悪いだろ」

「いや、そういう考えに至ってること自体が気持ち悪いんですけど」

 即答されてしまった。卓球でスマッシュを打ったら一瞬で返された時の『あっ……』、あれと同じような気分だ。

「関ヶ谷さんがそういうこと考えるのは、思春期の娘に『パパの靴下と一緒に洗濯しないで!』って言われた時でいいんですよ」

「やけに例えがリアルだな。もしかして、お前もそういうタイプなのか?」

「いえ?わっちは今でもお父さんと一緒ですよ」

「え、お風呂が?」

「ばっ……バカですか!?洗濯ですよ、洗濯!」

 俺の言葉に顔を真っ赤にして、思いっきりお湯をかけてくる結城。お湯と言っても外気に触れるとすぐに水に戻るため、余計に風が冷たく感じる。

「関ヶ谷先輩、デリカシーって知ってますか?」

 魅音には、哀れむような目でこちらを見上げながらそんな事を聞かれてしまう。冗談のつもりだったんだが、さすがにからかいすぎたか……。

「って、お前たちこそデリカシーなんて言えるのか?そもそも温泉には、俺と未来乃が先に入る予定だったろ?」

 約束を破っておいて……と文句を垂らすと、結城は「だって」と口先を尖らせた。

「だって、ミラノさんと2人きりなんて、何するか分からないじゃないですか……」

「た、確かに……」

 千鶴が女の子だという設定で通ってる以上、俺があいつと一緒に入るということは、結局男女で混浴してると思われてしまうのだ。

 そうなると、たとえこの時間に入ることを許可されている結城や魅音、神代さんや御手洗さんが入ってきても、倫理がどうとかを言える立場にないのは明らか。

 まあ、静香については『極道家の所有物ですので!』と言われて終わりだろうから触れないでおこう。

 ちなみに、彼女は先程からずっとデジカメで景色を撮影している。湯気で壊れないか気がかりだが、それよりも画角内に御手洗さん達が入ってるように見える方がもっと心配だな。盗撮は犯罪です。

「結城先輩、『荷物があったら先にバレて入ってこないから』って、カゴを隠したんですよ?」

「ちょ、魅音!?それは言わない約束だって……」

 微笑む魅音の言葉に、恥ずかしそうに顔を逸らす結城。カゴが足りなかったのはそういう事だったのか。謎が解けてスッキリした。

 まあ、結城らの約束破りは俺の信用のなさが起こした自業自得ってことになるんだろうか。

 それなら、彼女達を責めることは出来ないよな。実際、千鶴に押し倒されてるわけだし。

「だ、だから!その……」

 結城はまだ少し赤い顔をこちらに向け直すと、温泉の縁にある石に両手を乗せながら、珍しくたどたどしい口調で言った。


「わっちがここまでしてあげてるんですから、入らないなんてのはナシですよ……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る