第289話 俺はオカルトさんに新発見がしたい
……あれ、こいつってこんなに女の子らしかったっけ?
結城の言葉を受けた俺の、心の第一声がそれだった。だって、普段とのギャップがすごすぎるし。
トラブルメーカーで周りに迷惑をかけてばかりで、いつも落ち着きのない騒がしい彼女の控えめな視線。
温泉の熱のせいか、それとも魅音にからかわれたせいか、ほんのりと赤みがかった肌。
そして何より、『俺のために何かした』というセリフ。普段なら絶対に言わないだけあって、特別感を感じざるを得なかった。
見上げられるという立ち位置なだけに、過剰に感情が刺激されているのかもしれない。俺もこのシチュエーションに酔ってしまっていたのだろう。
そして今、俺は彼女の隣で肩まで湯に浸かっている。体が冷えきっていたからか、余計に温泉特有の高めな温度が疲れに染みた。
「いい湯ですなぁ……」
「お前は銭湯通いのおじさんかよ」
頭の上にタオルを畳んで置いている様がそっくりだ。
ただ、いつも下ろしている髪が、湯に浸かってしまわないようにと、高めの位置でまとめられているせいで視界に入ってしまううなじを意識すると、どうしても彼女から目を逸らしてしまう。
「……どうかしました?」
そんな俺のおかしな動きに気付いたのか、結城は不思議そうに首を傾げる。どうしてこの状況で平然としていられるのか……と思ったが、よく見ると彼女の肩は強ばっていた。
首を傾げておきながらも、俺がその声に反応すると顔を正面に戻してしまう。そんな彼女の様子に、緊張してるのは俺だけじゃないのだと少し安心できた。
「いや、なんでもない。景色が綺麗だなって思っただけだ」
「そうですね……」
どこか曖昧な表情で頷く結城。その瞳に映っているものを見つけて、俺は聞こえるか聞こえないか分からないくらいの声で呟いた。
「……月が綺麗ですね、なんつってな」
彼女はそれに対して、「もぉ……」と頬を緩ませながら俺の肩を軽く叩いてくると。
「沈まなきゃいいのに」
そう独り言のように零して、ため息をついた。
そんな結城のことを、どこか切なげに見つめている魅音の視線に、俺が気付くことはなかった。
女性陣が先に上がると、タオルを巻く前に俺に見られてしまうということで、俺が先に出ることになった。
いや、俺もタオルを巻く前に見えるのは同じなんだが……民主主義的に人数が少ない方が負けることは決まっているので、大人しく言うことを聞いておく。
一応みんな約束通り目を閉じていてくれたらしいし、そこは問題なかったけど。
着替えを終えた頃、曇りガラスの向こう側から結城に、「肝試しに行くので、外を歩ける格好でいてくださいね」とお願いされたから、部屋に戻ったら上着を用意しておこう。
そう頭のメモに追加しつつ、俺も風呂の中に聞こえるように着替え終わった旨を伝えた。そして、彼女らが出てくる前にさっさと脱衣所を後にする。
だが、その直後に事件が起きた。
「誰か、助けてぇぇぇ!」
何かに驚いたような……これは結城の声だ。俺は慌てて脱衣所へと駆け戻る。
「どうした!?」
俺が中へ飛び込むと、そこにはタオル1枚だけに身を包まれた姿の5人の少女がいた。……あ、まずい。
いくら助けを呼ぶ声が聞こえたからと言って、この状況にならないようにと先に上がったのは俺だ。なのに、その避けていたことをしてしまったのだから、怒られても文句は言えない。
ビンタやグーパンチ2回くらいまでなら覚悟したのだが、どうやら今の彼女らはそれどころではないらしかった。
「関ヶ谷先輩、無いんです!」
魅音が焦ったようにそう口にする。『何が』を言わないあたり、相当切羽詰まっているらしい。
しかし、俺が聞き返すよりも早く、結城がその答えを教えてくれた。彼女は脱衣所の奥の角を指差すと。
「あそこに置いてあったカゴがないんですよ!」
そう言って頭を抱えた。
確か、彼女らは着替えを入れたカゴを隠してたんだっけ。ここで言う無くなったカゴとは、おそらくそれのことだろう。
「もしかして、旅館の人が片付けちゃったんでしょうか……」
魅音はそう言うが、普通中身があるカゴを持っていったりはしない。そう伝えると、結城が眉をひそめながら首を横に振った。
「バレにくいようにってわざわざカゴを重ねて、その隙間に着替えを入れたりしてましたから……」
「なかなか綿密だな」
でも、確かにそのやり方なら旅館の人が『カゴが積んであるから、片付けておこう』と思ってしまっても無理はない。
コンビニやスーパーで、積んであるカゴの隙間に何かが挟まってるかもなんて思う人は居ないだろう。つまり、そういう事だ。
「着替えがなかったら、部屋に戻れないです……」
「ユアちゃん、そういう性癖は持ってないよ〜?」
御手洗さん、神代さんも不安そうな顔をしている。確かにタオル一枚で廊下を歩かせる訳にはいかないもんな。変なことに巻き込まれても嫌だし。
「今動けるのはお兄様しかいませんわ。私達を助けてくださいませんか?」
静香もまた、心配そうな面持ちでそうお願いしてきた。エミリーにこんな顔をさせてしまったと思うと、胸がぎゅっと締め付けられてしまう。
そもそも、俺は頼まれなくても助けるつもりだからな。ここで彼女らを見捨てられるほど、心に闇は抱えていないつもりだし。
「すぐ旅館の人に言って探してもらうからな」
湯冷めしないように、もう一度浸かって待っていてくれと言い残し、俺は再度脱衣所を飛び出した。
「あっ!あれは……」
カゴが見つかるのに、そこまで時間はかからなかった。なぜなら、廊下で積み重ねられたそれを運んでいる中居さんに会ったから。
「中居さん!ちょっと待ってください!」
少し離れたところから呼び止めると、彼女はカゴを揺らしながらゆっくりとこちらを振り返った。
「あ、ネコの間のお客様ですね!どうかされましたか?」
意外と普通に対応してくれるんだな。四六時中テンション高いのかと思ってたのに。
「そのカゴ、着替えが入ってませんか?」
「見たところ入っていなかったので、清掃してから戻そうかと思っていたのですが……」
彼女は首を傾げた後、そっとカゴを床に下ろして中身を調べ始める。もちろん1番上のカゴには何も入っていない。だが、それを退けてみると。
「あっ、ありました!」
彼女が手に取って掲げたのは、クマの描かれた布……いや、パンツだ。他にも服やスカートも入っているのに、どうしてこれを選んだのかは謎だが、とりあえず見つかってよかった。
「この下にも入ってるみたいですね?」
中居さんはそう言うと、2段目のカゴも脇に避ける。そしてまたもパンツを取り出して広げた。
「うわぁ……なかなか大人っぽいのを穿いてるんですね……」
女子である中居さんが見ても若干引くほどのソレ。俺も確かに真紅のレース付きパンツはちょっと……と思っちゃうな。
「一体どなたのでしょうね〜♪」
「あり得るとすれば結城……いや、あいつはさっきのクマパンツか。意外と魅音だったり……」
早苗が結城のスカートの中に頭を突っ込んで、『クマさんおパンツです!』って叫んだの、未だに覚えてるからな。
まあ、悪魔とか仮面ライダー柄を身につけているよりはいくらかマシか。もしあいつの感性がそこまで絶望的だったら、むしろ俺が選んでやりたくなっちゃいそうだな。
下着のプレゼントとか、突き返される未来しか見えないけど。
「お次はどんなおパンツでしょうか!」
「おお、早く見せてくれ!」
多種多様なバリエーションと意外性、そのるつぼにハマってしまった俺は、カゴを揺らして焦らしてくる彼女に、思わず声が大きくなってしまった。
だが、すぐにそのテンションはゼロを通り越してマイナスまで落ちる。
「…………佳奈?そんな所で何をしているのかしら」
だっていつの間にか、中居さんの後ろに引き攣った笑顔の真理亜さんが立っていたから。
「ふぇ?」
腑抜けた声を出しながら、真理亜さんの前にへたり込む中居さん。彼女が手を離したことで残りのカゴが倒れ、入っていた着替えが全部飛び出てしまった。
「ま、真理亜さん……これはその……」
俺がなんとか言葉を絞り出そうとしているのを、真理亜さんは変わらない微笑み(闇属性)で見つめる。だが、俺が何も言えないのだと判断したのか、倒れたカゴを丁寧に集め始めた。
そして、着替えも元通りになるよう、カゴとカゴの間へ戻していく。……ただ1枚の布を除いて。
「このことは他の方へは言わないでおきますね。その代わり、静香のこれを受け取ってください」
そう言いながら、重ねられた手の上に置かれたのは、先程の真紅のパンツ。これがまさか静香のだったなんて……し、信じられない。
「ふふっ、静香は占いを信じやすいタイプなんです。今日のラッキーカラーが赤だと教えてあげたら、すぐに私のを貸してほしいと……」
「結局あんたのかい!」
俺はそのパンツを床に叩きつけるように投げ捨てた。それを見た真理亜さんは、わざとらしく嘘泣きをする。
「およよ……静香の匂いをくんかくんかしたくないと仰るのですか?」
「しませんよ!?てか、その匂いは真理亜さんのですよね!?着替えですから、静香はまだ穿いてませんし……尚更ですよ!」
まともな人だと思っていたのに、静香のことになるとおかしくなるタイプなんだな。これが世にいう親バカってやつなんだろうか。
「なら、温泉に入る前に静香が穿いていたものをお持ち――――――――――――――――」
「結構です!」
もう付き合っていられない。俺はカゴを持ち上げると、その場から逃げるように立ち去る。
背後から「パンツの忘れ物ですよ〜?」と言う声が飛んできたが、それでも無視して真っ直ぐ温泉へと戻った。
その後、静香が「私の下着だけ無くなってますわ!」と焦っていたが、そっと知らないふりをしておいた。元はと言えば、悪いのは俺じゃなくて中居さんだし。もっと遡れば、下着を貸した真理亜も悪い。
そもそも、占いでラッキーカラーが赤なんて言われなければ良かった話だから、結果的に占いが一番悪いな。
そういう訳で、俺はあたふたする彼女を放置して、先に脱衣所の外で待つことにした。
「下着、誰かから借りれたのか?」
と、出てきた彼女に聞いて、首を横に振られた時には襟首を掴んで引きずり戻したけど。
さすがにスカートでノーパンは性癖を疑うぞ。
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