第284話 極道のお嬢様は(男)友達について確かめたい

「なるほど、そういうご関係ですのね……」

 うんうんと首を縦に振る静香。千鶴を『俺の中学の時の友達』として紹介したのだが、この様子を見るに納得はしてもらえたみたいだ。

「2人きりの旅行、部屋は1つ、そして相手は美少女……」

 彼女は何かを呟きながら、腕を組んで唸る。そして何かを思いついたように顔を上げると、俺に向かってピシッ!と人差し指を向けた。

「納得できませんわ!」

 前言撤回、納得してなかったことが判明。

「何が納得できないんだよ」

 俺がそう聞くと、静香は「全部です!」と不満そうに眉をひそめる。

「こんな可愛い娘と2人っきりなんて、なにか起きない方がおかしいですわ!」

「おかしいのはお前だけだ。てか、娘って言うな、娘って」

 俺はあからさまにため息をつく。静香はお嬢様のくせにむっつりさんだからな。こういう話をすると結構疲れる。

 エミリーが約10年後にこうなるって分かってたら、俺は果たして仲良くしていたかどうか……。いや、どっちにしても幼稚園児にむっつりは理解できないか。

「とにかく、未来乃とは普通に旅行に来ただけだ。何も起きてないし、起こすつもりもない」

 ここまで断言しておけば、静香も納得してくれるだろう。そう思ったのだが、そう簡単に解決する問題ではなかった。

「そこまで言わなくてもいいじゃん……」

 静香からの疑いを晴らすことに集中しすぎて、逆に千鶴を傷つけてしまったのだ。いや、俺としては本当に何も起こすつもりは無いんだが、彼からすると単に拒絶されてるだけなわけで……。

「あー、女の子泣かせですわ〜!」

「お前のせいだろうが」

 小学生レベルのいじりをしてくる静香にとりあえずデコピンを食らわせておいて、俺は早足で千鶴の傍に移動する。

「未来乃、泣かないでくれ……」

「じゃあ、結婚して」

「それは無理だ」

「ううっ……即答だよぉ……」

 泣き止ませようと思ったら、余計に悲しませてしまった。でも、男同士じゃ結婚は出来ないし、これ以外に選択肢がないんだよな……。

「泣いてる女の子って可愛いですわよね。いじめたくなります♪」

「お前はサラッとドSアピールすな。未来乃が普通に怖がってるから!」

 座ったまま後ずさりする彼の背中を優しく撫でてやる。「私、碧斗に苛められたい……」と囁いてくるが、聞こえないふりをさせてもらった。


「お兄様、こんな美少女達が傍にいて、本当に何も思わないのですか?」

 俺の目をじっと見つめながら、そう再確認してくる静香。昔から、見つめ合って目を逸らしたら嘘をついてる……なんて話を聞くが、日本人ってそもそも目を逸らしながら話すものだから関係ないと思うんだよな。

 てか、ちゃっかり美少女の枠に自分を入れてるあたり、さすがお嬢様だ。そういうの、嫌いじゃないけど。

「可愛いとは思うが、他には何も思わん。友達なんだから当たり前だろ?」

「本当にそうでしょうかねぇ……?」

 フフフ……と笑いながら、ゆっくりと俺と千鶴の周りを回る静香。この顔、よく分からんが馬鹿にされてる感がしてイラッとするな。

 2周ほど歩くと、足を止めた彼女は『わかった!』とばかりに手を叩く。

「未来乃様は男なのですわ!」


「……」

「……」

 静香の言葉に、俺と千鶴は数秒間目を合わせる。そして。

「「えっ!?」」

 同時に目を見開いた。まさか、ここまで完璧な女装を見破られたのか?そんな馬鹿な。

「待て待て、何を根拠にそんなことを……」

「そ、そうだよ!私が男に見える?」

 今からでも誤魔化せないかと、俺達は慌てて静香に詰め寄る。彼女はそんな様子に少し驚いた後、「ち、近いですわ……」と照れたように笑った。


 俺達は一度心を落ち着け、静香と向かい合うように正座した。

「それで、どうして私が男だと……?」

 千鶴がそう聞くと、静香は顎に手を当てて考える素振りを見せた後、ペロッと舌を出した。

「勘ですわ♪」

「「……え?」」

 またも千鶴と俺の反応がシンクロする。

「勘ってどういうことだよ」

「そのままの意味ですわよ?適当に言っただけ……の方がわかりやすいですか?」

 勘、適当……そんなものに俺達は驚かされたのかよ。そう思うと、体からどっと力が抜けた。

 要するに、千鶴の女装がバレた訳ではなく、単にジョークで口にしただけってことだ。そのジョークが的を得てたなんてこと、静香は微塵も思ってないんだろうけど。

「そういうことなら、もうこの話は終わりにしよう」

「そうだね!夕食も終わったし、次はみんなで……」

 安堵感みたいなものに包まれ、痺れかけの足でゆっくりと立ち上がる俺。千鶴は完全に痺れてしまったのか、足を伸ばしてふくらはぎをさすっている。

 そんな、話を切りあげるモードに入っている俺たちとは対照的に、静香は不思議そうに千鶴を見つめていた。

「でも、さっきの慌てよう……なんだかおかしかったですわ」

 その一言で、俺達は再度固まる。上手く誤魔化したと思ったが、やはり焦りが前面に出てしまっていたらしい。

「そ、それはもういいだろ?」

「そうだよ、静香ちゃん。私は女の子だから、疑われると傷ついちゃうし……」

 なんとか詮索をやめさせようと思いついた言葉を投げ掛けるが、静香は少しずつ千鶴の方へと歩み寄っていく。

「疑ってる訳ではありませんわ。信じるために、確かめるんですの」

「そ、それを世の中では疑ってるって言うの……んにゃっ!?」

 静香に押し倒された千鶴が可愛らしい声を上げる。見る人が見ればとても萌えるシーンだろうが、俺の心臓は俺のじゃないんじゃないかと思うほど、早く鼓動していた。

「し、静香!やめるんだ!」

「ふふふ、お兄様……大丈夫ですわ」

 そう言いながら振り返る彼女に、俺は思わず息を飲む。その瞳から、その笑顔から、人間味を感じられなかったのだ。

 俺が止まっている間にも、静香の手は千鶴のスカートを掴み、焦らすようにヒラヒラと揺らされる。

 その度に千鶴は体をビクッとさせ、静香はその反応を楽しんでいるかのようにニヤリと笑った。

 そして、ついにその時が訪れる。


「こんなにいい匂いがする娘ですから。男の子なはずがありませんわ。女の子に決まって―――――――」


 思いっきりスカートをめくった彼女は、その中を覗き込んだまま固まった。

「し、静香……?」

 顔の前で手を振っても、ほっぺをつねってみても反応がない。まるで抜け殻みたいだ。

「だ、だからやめてって言ったのに!」

 千鶴は涙目でそう声をあげると、バッとスカートを下ろして俺の背後へと逃げ込む。それでも静香はずっと同じ体勢で動かないままだ。

「なあ、未来乃。今日のパンツは何色だ?」

 動かない静香を眺めながらそう聞くと、彼はしばらく恥ずかしそうに口をもごもごとさせていたが、やがて耳元で囁くように教えてくれた。

「…………透明、かな」


 静香が固まるのも納得だわ。なんてもんを見せちまったんだ……。



 その後、しばらくして意識を取り戻した静香は、何故か千鶴の件についてを丸々覚えていなかった。

 人は衝撃的な出来事に直面すると、脳が勝手にそれを取り出せないようにしてしまうことがあるらしい。

 覚えていることで、自身に精神的なショックを与えたりするために、自己防衛能力が働くんだとか。静香の場合もそれなのだろうか。

 実のところは分からないが、とにかく未来乃の千鶴(隠語)について、外部に広まることが無さそうで安心した。

 ちなみに、千鶴にはちゃんとパンツを履かせておいた。今度、またいつ見られるか分からないしな。


「あっ、未来乃様、はしたないですわよ!」

「え?……あ、スカートめくれてた……」

「ふふふっ、可愛らしい柄ですわね♪」


 ネコちゃんおパンツは、しっかり記憶に焼き付けられたみたいだけど。

 それにしても、記憶喪失とはご都合主義な世界だよな。他のことに影響しなきゃいいけど……。

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