第279話 花摘みさんは親友の過去について話したい

「お兄さん、足元には気をつけないとダメだよ〜?」


 そう言いながらコートに着地したのは、テニスをしていそうと言えば伝わりそうな、いかにも『スポーツやってます感』のある服装の神代さんだった。

「神代さん、上手いな……」

 今目の前で起きた美しいプレーに、思わずため息をこぼすように呟くと、当の本人である神代さんは嬉しそうに笑いながらラケットを素振りして見せた。

「ユアちゃん、こう見えて中学ではバド部だったんだよ〜♪」

 神代さんが『どう見えて』いると思っているのかは謎だが……なるほど、それなら先程のフォームも納得だ。経験者でなければ、ジャンプしながら綺麗にスマッシュを打つなんて出来ないだろうし。

 前からスポーツが出来そうなイメージは少なからずあったが、改めてその事実を目の当たりにすると開いた口が塞がらないな。

「あれ、うちの学校にもバド部ってあったよな?入らなかったのか?」

 今のワンプレーだけでも、彼女に実力があることはよく分かった。そのレベルであるにも関わらず、彼女が所属しているのはオカ研だ。正直、宝の持ち腐れってやつだと思う。

 ただ、その感覚はあくまで部外者の俺の意見でしかなくて……。

「ユアちゃん、バド部とは中学で縁を切ったの」

 明るさも暗さも測れない声色で放たれたその一言に、思わず首を傾げた。

「縁を切ったってどういう……」

「ううん、やっぱりなんでもないよ〜♪ユアちゃん達も向こうでやってるから、後でダブルスでもしようね〜♪」

 神代さんは俺の言葉を遮って、逃げるようにそそくさとコートを出ていってしまう。聞いてはいけない事だったのだろうか……。

 そう思いながら彼女の背中を目で追いかけていると、その先で御手洗さんがこちらを見ているのに気がついた。

 彼女も俺と目が合うと、小さくお辞儀をしてからこっそりと手招きをする。こっちに来てくれということらしいが……。

「あ、結城!少しの間、未来乃の相手をしてやってくれ!」

 偶然通りかかった結城を捕まえてラケットを握らせ、「わっち、これからボルダリングを……」と文句を言うので、ポケットに入っていた100円玉もついでに握らせてから御手洗さんの方に駆け寄った。

「ミラノさん、行きますよ」

「はい!」

「……あれ、サーブってどうやってやるんですっけ?」

 という声が聞こえてきたので、結城は100円分働いてくれているらしい。


「御手洗さん、どうしたの?」

 俺がそう聞くと、彼女は「少し座りましょう」と言って、俺をベンチまで連れて行った。目の前では魅音と神代さんがバドミントンをしている。わざわざここを選んだ理由って……。

「私、さっきの悠亜ちゃんの話……聞いてたんです」

 やっぱり神代さんについての話か。一番親しい御手洗さんなら彼女について何か知っていて、だからこそ思うことがあるんじゃないだろうか。

「悠亜ちゃんは言いたくなかったみたいですけど、さっきの感じだと悠亜ちゃんが悪く思われちゃいそうなので……」

 御手洗さんの言葉に、俺は心の中だけで頷く。もちろん神代さんが悪いことをするとは思っていない。ただ、『縁を切った』と言われるとそのインパクトが凄すぎて、少し戸惑っていたのは事実だ。

 神代さんには悪いが、本当のところを知っておきたいという気持ちが俺の中にはあった。

「悠亜ちゃんがバド部をやめたのは、ちょうど私とキャラを交換した頃のことなんです」

「それってもしかして……」

 俺が聞き返すと、御手洗さんは小さく頷いた。

「辞めさせられたんです。髪色のせいで……」



 悠亜ちゃんはすごく強い選手でした。県大会では1年生の時から上位にいて、2年生では全国大会にも出たくらいです。

 私が言うのもなんですけど、悠亜ちゃんってあんな格好していながら、すごく努力家なんです。おまけに優しくて、仲間思いで……だから、みんな応援していました。

 でも、中3の春のことです。悠亜ちゃんが私のために髪色と性格を変えたのは。

 悠亜ちゃんがいないと弱小と呼ばれるくらいでしたが、規律だけは厳しい部活だったので、あの子は監督に『髪色を直さないなら退部しろ』と怒鳴られたんです。

 偶然そこに居合わせた私は、悔しさのあまり思わず飛び込んでいきそうになりました。でも、悠亜ちゃんはそんな怖い監督にも引かずに言い返してくれたんです。


『ユアちゃんとリコちゃんのアイデンティティを奪われるくらいなら、ラケットでもなんでも折ってやる!』って。


 その場で本当にラケットを折ったんですから、さすがに私も驚きました。それを退部届けだって突きつけて、唖然としている監督を置いてコートを後にした悠亜ちゃん、すごくかっこよかったです。

 でも、辞めなくちゃいけなくなった理由の発端は私ですから、どうしても止めたくてすぐに説得しようとしました。『今ならまだ間に合うから、髪を元に戻してバド部を続けて欲しい』と。

 自分のせいで悠亜ちゃんからバドミントンが奪われるなんて、どうしても耐えられなかったんです。けれど、あの子は『2人で遊べる時間が増えたよ、ラッキー♪』なんて笑って……。


 悠亜ちゃんのおかげで知名度の上がっていたバド部でしたから、その年も全国に出るだろうと言われていたあの子が抜けたことで、部の評価は大きく下がりました。

 それを知った悠亜ちゃんは、同じ学年の人達をバドミントンに誘っては、遊び感覚の試合をしながらテクニックを教えたり、1年生達への指導も裏でこっそりとやっていました。

 そのおかげか、弱小だったバド部は今年も県大会でいい順位まで勝ち上がれたそうです。

 もちろん監督はそんなこと知りません。悠亜ちゃんが居なくてもやっていけたのだと今でも思っているみたいですし。


 そこまで話すと、御手洗さんはため息をついた。きっとその監督に対してのものだと思う。

「それでも、部員のみんなはあの子に感謝してくれています。今、悠亜ちゃんが使っているラケット……あれはバド部のみんながお礼としてくれたものなんですよ?」

 彼女が指差す先に視線を移すと、点を取ったところなのか、神代さんが嬉しそうにラケットを掲げているのが見えた。

 そのガット《シャトルを打つ網上のやつ》の表面に『神』と言う文字が見える。神代さんの名前から取ったのだろうか。あれじゃ、もはやゴッドだけどな。

「悠亜ちゃんは遊びでもあれ以外のラケットを使おうとしません。ガットにも毎回わざわざ同じ模様を入れてもらうんです。『これは折れないね〜♪』なんて冗談めかして笑ったりもしますけど」

 御手洗さんはそのシーンを思い出したのか、クスクスと楽しそうに笑った。そして俺の方に視線を戻すと、微笑みながら言う。


「悠亜ちゃんは本当にいい子です。私とは比べ物にならないくらい、私と一緒にいてくれるのが勿体なく感じるくらいにいい子なんです」


 まるで自分を卑下しているような、以前ように自分のせいで神代さんに辛い思いをさせているんじゃないかと悩んでいるかのような台詞。

 それでも、その表情と声色だけで、含まれる根本的な何かが違っているのは明らかだった。

「だからこそ、ずっとそばにいて欲しいです!ずっと友達でいたいんです!悠亜ちゃんのことが大好きなんです!」

 あまりに大き過ぎて、声が聞こえていた神代さんが「あんまり褒めないでよ〜♪」とこちらを振り向きながら照れていた。

「関ヶ谷さんに教えてもらったように、私、幸せを見せつけれてますか?」

「…………ああ、完璧だ!」

 むしろ、伝え過ぎて相手を照れさせてしまうくらいに、神代さんの作った『いじめられない世界』の中で幸せを満喫してくれている。

 そう考えると、神代さんは本当に凄い人だ。誰かのために自分を犠牲にできる人なんて、今の世の中にはそうそういない。

 褒められたのが嬉しかったのか、御手洗さんが「えへへ♪」と頬を緩ませていると、ひと試合終えたらしい神代さんが汗を拭きながら歩いてきた。

「リコちゃん、話しちゃった?あちゃ〜♪」

 女の子は秘密がある方が可愛いのに〜♪と笑う神代さん。話の内容が聞こえちゃってたみたいだな。

「聞かれたなら仕方ない!全部ぶっちゃけちゃおう!」

 彼女はそう言って息を吸い込むと、思いっきり叫んだ。

「ユアちゃんはバドミントンがすきだぁ!でも、リコちゃんのことはもっと好きだぁぁぁっ!」

 叫び終わると、神代さんと御手洗さんはお互いに目を合わせて、照れたように笑った。

「だから、ユアちゃんはバドミントンよりリコちゃんを大事にすると決めた!それだけの事だよ〜♪」

 後悔はない!とばかりにドヤ顔をする神代さん。御手洗さんは神代さんに支えられていると言うけれど、きっと神代さんもどこかで御手洗さんに助けられている。その確信が俺を安心させてくれた。


「関ヶ谷さーん!助けてくださいよぉー!」

 その声に振り返ると、汗だくの結城がこちらに走ってきて、目の前でバタンと倒れた。

「み、ミラノさん、化け物ですか!?全然歯が立たないんですけど!?」

「まあ、あいつの運動神経は常人レベルじゃないからな」

 コートの方に目をやれば、涼しい顔でアクウェリアスを飲む彼の姿が見える。そりゃ、結城じゃ勝てるはずないわな。

「2人なら勝てるはずです!復讐しましょう!」

「復讐って物騒だな……」

 まあ、1対1では勝てないかもしれないが、2人ならもしかするとあるかもしれない。面白そうだし乗っかってやるか。

「お兄さん、がんば〜♪」

「関ヶ谷さん、頑張ってください!」

「関ヶ谷先輩も結城先輩もファイトです!」

 3人の声を受け、俺も俄然やる気が湧いてきた。

「未来乃!次は俺たちが相手してやる!」

 意気込んでコートに入り、俺達はそれぞれ配置に着く。脳内でスマッシュを打つイメージをしておいたから、なんとなくいける気がした。

「関ヶ谷さんがサーブとレシーブとショットを担当してください!私は他をやります!」

「……それ、俺が全部やってないか?」


 結局、1点も取れずに負けたことをここに記しておこう。

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