第278話 俺は(男)友達を元気づけたい

 ちょうど食事を終えた頃、真理亜さんが部屋にやってきた。あまりのタイミングの良さに、この部屋に監視カメラでもつけられているのかと思ったが、渡し忘れたものがあったということらしい。

「こちらが施設の利用カードでございます。こちらを読み込んでもらえれば、中に入れる仕組みとなっております」

 まさに図ったかのようなタイミングだ。これから行こうと思っていたのだから。

 俺は真理亜さんにお礼を言うと、運動しやすい服装に着替えてから、千鶴と共に部屋を出た。

 どうやら真理亜さんは、ネズミの間のみんなにも伝えることがあったらしく、ちょうど部屋から出てきたところでばったりと会う。

 服装から俺たちが早速施設に行くことを察したのか、彼女は「いい汗を流してきてくださいね」と言って微笑んでくれた。いい女将さんだな。



 本館から渡り廊下で繋がった別館にある施設。入ってみると、トレーニング施設とスポーツ施設に別れており、俺たちはスポーツ施設の方へと進んだ。

「よし、じゃあ何からやるかな」

 靴を借りて準備万端、あとは何をするかを決めるだけになった。見たところ、バドミントンやミニサッカー、ボルダリングからアーチェリーまで色々なスポーツが楽しめるらしい。

 ちなみにトレーニング施設の方は、ダンベルだとかランニングマシンとか、ジムみたいな感じなんだとか。

「俺……私はなんでもいいよ。碧斗がやりたいことしよ」

 こいつ、『俺』という一人称に、受付のおばちゃんが少し反応したのを見て言い直したな。

 ここなら少しは羽を伸ばせるかと思ったが、やっぱり女装している限りは気を張らないとダメなんだろうか。

 そもそも、千鶴がどっちの姿でいる時の方がリラックス出来てるのかも知らないんだよな……。

「じゃあ、ウォーミングアップにホッケーでもやるか。エアの方だけど」

 俺はそう言って、エアホッケーの台まで歩み寄る。これはスポーツというよりは、どちらかと言うとゲームな気もするが、それくらいが体を温めるには最適だろう。

 千鶴も小さく頷くと、台の前に立ってマレットパックを打つやつを持って構える。

「……って、なんで俺と同じ側なんだよ。普通対面だろ」

「あ、そっか。うっかりしてたよ」

 苦笑いを浮かべて、反対側までトコトコと歩いていく千鶴。こりゃ、相当やられてるな……。

「じゃあ、始めるぞ?」

 彼が構え直したのを確認して、俺は台の側面にあった開始ボタンを押す。すると、2人の間に赤いパックが滑り落ちてきた。

「よし、俺からだ!」

 俺は腕を伸ばすと、パックを向かい側のゴールに向けて弾く。だが、それは呆気なく千鶴の持つマレットに弾かれ、俺の手元に返ってきた。

「やるな!もう1回!」

 今度は壁に跳ねさせて、角度をつけてのシュート。直線だと防がれやすいから、こういう風に打った方がいいとネットで見た気がする。

 しかし、高速で打ったつもりのパックは今度もまた弾かれ、あろうことかそのまま俺側のゴールへと吸い込まれていった。

「まじかぁ!やっちまったなぁ〜!」

「…………」

 俺の大袈裟な身振り手振りにも、千鶴は反応を見せない。なんだか1人でやってるみたいで恥ずかしくなるな。

「今度こそ勝つからな!」

 流れてきた2枚目のパックを一度止め、狙いをつけて打ち込む。それでもやはり弾かれる。返ってきたのをダイレクトで打っても……また弾かれる。

 右に打っても左に打っても、早く打っても遅く打っても、どんなシュートも千鶴がマレットをゴール前で左右にスライドするだけで簡単に返されてしまった。

「お前、やる気なさそうなくせに全部返すのな……」

 相変わらず元気がない千鶴だが、確固としてゴールだけは決めさせてくれない。

 こいつ、途中からパックを目視してすらいなかったし。運動神経がいいにも程があるだろ……。

「ねえ、碧斗……」

 パックをラリーしながら、千鶴がギリギリ耳に届いてくる声で話しかけてくる。

「なんだ?」

「勝ったらお願い、聞いてくれる……?」

 彼の質問に、俺はパックが一往復する間だけ考えてから、見えるようにしっかりと首を縦に振った。その瞬間、千鶴の瞳に光が戻る。そして。

「絶対だよ?約束だからねっ!」

 目視できない速さで、俺のゴールにパックが吸い込まれて行った。



 元気のある千鶴はやっぱりすごかった。試合結果は12対0、俺がどっちかは言わなくてもわかると思うから言わないでおこう。悲しくなるから。

「エアホッケー、楽しかったね!」

 でも、この敗北の痛みと引き換えに彼が元気になってくれたと思えば、まだお釣りが出るくらいだ。せっかくの旅行なのだから、楽しんでもらわないと俺も困るし。

「それで……お願いなんだけどさ」

 休憩がてら椅子に腰かけると、千鶴がタオルで口元を隠しながらチラチラとこちらを見てくる。

 このタイミングでお願いと言うと、やっぱりあれしかないよな。いいぞ、俺は元々OKしてやるつもりだったんだから。

 そう心を決めて、俺は千鶴の方に体を向けた。ほぼ同時に彼の口も開かれる。

「今夜、同じ布団で寝てくれない?」

「もちろんいいぞ。…………って、ちょっと待て」

 OKの返事をもらって、今にも喜びの舞を踊り始めそうな千鶴を一度椅子に座り直させた。

「お前、お願いの内容がおかしくなかったか?」

「そうかな?好きな人とは一緒に寝たいでしょ?」

 まあ、確かにそうだな。寝る時もそばに居てくれると安心するみたいな……って、今はそういう話をしている訳では無い。

「肝試しじゃないのか?」

 UNOでボコボコにされて、その結果一緒に肝試し出来なくなったのだ。それなら、今は肝試しを一緒にしたいと願うべきじゃないのか?

 それなのにどうしてこいつは肝試しが終わったあとの就寝についてお願いしてんだよ。断ってもどうせ無理矢理入り込んでくるくせに。

「肝試し?別にどうでもいいけど?」

 ど、どうでもいいだと?じゃあ、さっきまでのあの暗さはなんだったんだよ……。

 そんな俺の考えを汲み取ったのか、千鶴は「落ち込んでたのは勝てなかったからだよ」とケラケラ笑った。

「連戦を希望したのも勝ちたかったからだし、肝試しは理由付けに過ぎないよ」

「お前なぁ……俺がどれだけ気遣ったか分かってんのか?」

 呆れてため息を着くと、さすがに申し訳なく思ってくれたのか、「ごめん、ありがと」といってくれた。ちゃんと謝ってくれたなら、俺もこれ以上は言うまい。

「でも、私が元気になってくれて嬉しいでしょ?」

「自分で言っちゃうあたりが残念なんだよな」

 いや、本当に嬉しいけどな。けど、そんなことを友達に対して面と向かって言うとか、恥ずかしすぎるにも程があるだろ。

「嬉しすぎて抱きついちゃってもいいよ?そのまま押し倒しちゃう?」

「調子に乗るな」

 変な妄想でもしているのか、鼻息が荒れ始めた千鶴の額に渾身のデコピンを叩き込んで鎮めてやった。アニメだったら、俺の中指から火が出てるくらいだと思う。

殺し屋の指キラーフィンガー】ってか?厨二病が過ぎるか。



 ウォーミングアップも終わったところで、次のスポーツに移ることにする。色々あったが、千鶴は俺が出来そうなものとしてバドミントンを選んでくれた。

 確かにスマッシュなんかを打たれなければ、ある程度は出来そうな気もする。あくまで気がするだけだけど。

「よし、じゃあ始めるよ〜?」

 初手は千鶴がサーブでシャトルをこちらに飛ばしてきた。俺はそれを打ち返し、千鶴がそれをまた打ち返す。この繰り返しだ。

 だが、そんな単純なスポーツだからこそ、少しの変化だけで戦況は大きく変わる。

 俺が少し強めにショットを打つと、珍しく千鶴がバランスを崩してシャトルを打ち上げたのだ。バドミントンでは、相手の打ちやすい返し方をすることは、言うまでもなく自らのピンチに繋がる。

 しかし、それまでに体力を消費していた俺は、頭上を越えようとするシャトルを追いかけようとして足を絡め、その場に尻もちを着いてしまった。

 このままではシャトルが地面に落ちてしまう……と慌てて立ち上がろうとした時、俺は背後から迫る何かの気配を感じて動きを止める。

 直後、その気配は軽々と俺の上を飛び越えながら、振り下ろしたラケットで綺麗な弧を描いた。

「スマッシュ〜♪」

 素早い動きに似合わない間延びした声。彼女の足が地面に着くよりも早く、シャトルはネットの向こう側で地面にバウンドする。


「お兄さん、足元には気をつけないとダメだよ〜?」

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